第8話『調査!調査!調査!』
「ふぅ……。深呼吸……深呼吸……」
お見合いの日から一晩経って朝。
流石に少しは落ち着きましたわね。
あの日の私、少しどうかしてましたわ。
我ながら『つまんねー女』と言われてブチギレるのは意味わかりません。
それにその後の『ひゃい』も。
王子様の顔なんてループ生活で散々見飽きてるって言うのに、あんなに舞い上がっちゃってまぁ……。
そんなことより注目すべきことがあったでしょうに。
そう! それはまた未来が変わったこと!
いつもは自己紹介するだけで『おもしれー』扱いされたのに、今回は『つまんねー』扱いされた!
一語一句、同じ言葉で話したはずなのに!
王子様の反応に大きな違いが現れた!
その理由は……
「いやまぁ、それはまだ分かんないんですけど……」
でも! これからの調査で明らかになっていくはずですわ!
多分!
む? そんなこと考えていたら前から誰かが……。
「はぁ~! クロムウェル様にありがとうって言われちゃったー! これだからこの仕事、辞められないのよねぇ!」
メイドさんですわね。こちらに向かって歩いて来ますわ。紺の長髪を三つ編みに編んだ長身の女性です。
白いワゴンに紅茶用の器具を乗せているのを見ると、クロムウェル様にお紅茶を出しに行かれた所なのでしょうか。
うーむ、先を越されてしまいましたか。
まぁ、だからと言ってこのまま引き下がるわけにも行きませんし、とにかく前に進みますわよ!
同じ型のワゴンを押しながら長髪のメイドさんとすれ違います!
「お疲れ様ですわ~」
「お疲れ様~」
…………。
ふっ。ふふふふふふふっ!
やはり完璧! 完璧すぎてもはや超璧ですわ!!!
超璧な変装ですわぁ!
黒くて長いワンピースに、純白のフリル付きエプロン!
白のヘッドドレスに深紅のリボンタイ!
普段、後頭部で纏めてる髪は三つ編みにして垂らし! 更に変装用の黒縁伊達メガネまで完備!
超璧! 超璧な変装ですわぁ!
今の私は誰がどう見ても、ただの美しすぎるメガネメイドさんにしか見えませんわぁ!
「ふっ、さすが私ですわね……!」
こうしてわざわざ変装しているのには、もちろん理由があります!
それは王子様の調査をより円滑に行うため!
普段着のまま『婚約者』として近づいたら、警戒されて不都合な部分を隠されるかもしれませんからね!
そのための変装! そのための潜入ですわ!
私が知っている王子様の情報は『噂』程度の物ばかり。
曰く『文武両道のカリスマ』
曰く『女性をトリコにする魔性の王子』
曰く『国家の中心たる新鋭』
曰く『一を聞きて百を知る大天才』
王国中に知れ渡っているその風聞。
しかし! 私が知りたいのはそんな表面上の噂ではありません!
もっと奥深い何か! 王子様の内面が知りたいんですの!
過去のループで、私に罵倒されてあのお方は何故かその心を動かされた。
今回にしても、同じように自己紹介したのに『つまんねー』扱いされた!
そして、その後『蹴られそう』になって何故か愉快気な表情をなされた!
それが何故起こったのか!
それこそが私の知りたいこと!
あの方の内面を探ることにより、どうすれば未来を変えられるのか調べること!
それが今回のループの目的ですわ!
だから必ず!!
「ここですわね……」
コンコン。
『入れ』
この私の慧眼で持って、王子様を丸裸にしてやりますわ!!
「失礼いたします!」
――――――
「お紅茶をお持ちしましたわぁ」
「紅茶だぁ? 紅茶ならさっき……」
「あらぁ、なら特製クッキーはいかがですか?」
「………………」
「塩味クッキーで甘い物が苦手な方でもパクパク食べられますわよ?」
「………………」
「あの、王子様? どうかなさいましたか?」
「いや……。フッ……おもしれーじゃねーか。せっかくだから貰おう」
「はい! では、こちらをどうぞ!」
「おう。アムッモグッ……。ほほう、なかなかイケるな。バターの風味が良い。口の中でサラリと溶けてべたつかない。塩味も主張しすぎない程度に纏めてある。ハハッ! 料理が得意なんだな」
「ッ!? オホッ! オホッホホホホッ! 当然ですわぁ! 子供の頃からお菓子作りは得意でしたの! お紅茶もいかかですか!?」
「そうだな……。ついでだ。一杯貰っておこうか」
「はい! 少々お待ちくださいませ!」
「…………お前、紅茶を淹れるのも上手いのか?」
「いや下手くそですわ」
「えっ?」
「だから不味くても我慢して飲んでくださいね?」
「……フフッ。ハハハハハハッ!」
「な、なんですの、急に笑い出されて?」
「いや、フフッ……。まぁ、とにかく一杯貰おう……」
「はぁ……」
「………………。ところで俺はこの後、練兵の視察に行くんだが、お前もついてくるか?」
「えっ! あっ、はい! 願ってもな……あっ! いえ! 私も仕事がありますので、ちょっとご一緒出来ませんわ!」
「……あっそ。つまんねーの」
――――――――
「さぁ! 王子様! かかってらっしゃい!」
「………………」
『おい、誰だあの金髪。うちの隊にあんなのいたっけ?』
『新入りじゃないっすか? 鎧もなんかブカブカですし』
『かなぁ? まぁ、何にしてもあのクロムウェル王子に模擬戦挑むとは肝っ玉の太え野郎だ』
「何してますの、王子様! そんな呆けて! 怪我しても知りませんわよ!」
「おいおいおい……。とんでもねーことになって来たな……。まぁいい。そっちこそ、怪我しても文句は言うなよ!」
「そういうセリフは私に勝ってから言うことですわね!」
「ハハハッ! 生意気なのが口だけじゃないことを祈るぞ! さぁ、行くぞ!!」
「かかってきなさい!」
――――――――
「おう、また会ったな」
「あの……」
「なんだ?」
「王子の癖に、なんであんなに強いんですの?」
「あーん? なんで通りすがりのメガネメイドさんが、急にそんなこと聞いてくるんだ?」
「ッ!? う、噂で凄くお強いって聞きましたので! それで聞いてみただけですわ!!」
「ハハハッ! あっそ。まぁ、しいて言うなら、多少は強くねーと格好がつかないからって所だな」
「ええ? 護衛の方々がいらっしゃるのに、わざわざ強くなる必要がありまして?」
「そりゃあるだろ」
「なぜ?」
「惚れた相手を自分で守れる」
「ホマッ!?!?!?!?!?!?」
「ハハハハハハッ! 冗談だ! マジに取るなよメイドさん!」
「こ、ここここの〇〇王子……!」
「聞かなかったことにしてやる。じゃあな」
「ちょ、どこに行きますの!」
「風呂だ。一緒に入るか?」
「チョアっ!?」
「これも冗談。ハハハハッ!」
「…………このお方はぁ!」
――――――――
「ふぅ、運動後の風呂ってのはいいもんだなぁ……、久しぶりにいい汗かいたし……」
コンコン。
『クロムウェル様、お湯加減はいかかでしょうか?』
「ああ、ちょうどいい。あと15分で上がるから用意しといてくれ」
『承知いたしました』
「はぁ~……。しかし、あの女……まさかいきなり王宮に忍び込んで来るとは……。やはり只者じゃあねーか。まぁ、多少ぶっ飛んでるくらいじゃねーと、こっちとしても――」
コンコン。バタンッ!
「失礼しますわぁ!」
「――あ?」
「お背中流させて頂きます!!」
「いやさすがにぶっ飛び過ぎだよ、お前は!?」
「何言ってますの? まぁ、とにかくお湯から出てお体を」
「流させねぇよっ!?」
「なら目をつぶって頭を」
「洗わせねぇよっ!?」
「それでは湯船で一緒に100を」
「数えさせねぇよっ!?」
「じゃあ、私に何をしろって言うんですの!?」
「何もすんなよ! 平気なツラして入って来てんじゃねーよ! 出てけよ、今すぐ!」
「嫌ですわ! 大変だったんですわよ、ここに忍び込むの!」
「いや、知らねーよ! いいから出てけって!」
『お、王子! 何事ですか!?』
「げぇっ! こ、この声は!? コウ・マクガイン様!?」
「コウか!? ちょ、ちょっと待て、入って来るな!」
『御免! 失礼します、王子!』
バダンッ!
「ッ!」
「どうされましたか!?」
「いや、あの、女が一人……」
「女? 女なんてどこに……」
「ああっ?」
………………。
「あいつ……いつの間に……。ハハハッ。ハハハハハハッ!」
「お、王子?」
「いや、何でもない。なぁ、コウ。こいつはおもしれーことになって来たな!」
「はぁ? いったい何を……?」
「ハハハハハハッ!」