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エピローグ③「あなたの側で」

「はぁ~……」


 今日も一日、いろいろあって疲れましたわねぇ


 でも、結果としてルイーズ様とは友好的な関係を築けましたし、ちゃんとお話しが出来て肩の荷が下りたというか、喉の奥につっかえていた物が取れたような気分ですわ。


 でもまぁ……。


「まだ残ってる『つっかえ』もあるんですけどねぇ……」


 夜、数本のロウソクによって照らされた薄暗く広い部屋の中。


 部屋の中央に置かれている三人掛けの茶色のロングソファ。


 そこに座っている私は伸びをしながら背もたれに背中を預けました。


 ……うーん。


 素晴らしいソファですわ。


 体を預けたら預けた分だけしっかり支えてくれる安心感があります。


 手触りもいいですしやはり超一級品なのでしょうねぇ……。


 そんな事を考えながら、視線をソファの前に置かれた黒のローテーブルへと向けました。


 燭台しょくだいに乗ったロウソクに照らされて、白の花瓶に生けられている2本のお花。


 白と紺の多弁花。


 今日の昼。


 ジョー様がルイーズ様の邸宅で手折たおって来た物ですわ


 それがなんでここにあるのかというと……。



――――――



『ジョー様? それでなんであなた、お花を取ってきましたの? 実はひそかに花を飾る趣味でもあるのですか?』


『そう聞かれるのを待っていた』


『えっ、きゅ、急に何ですの?』


『俺はクロムウェル王子の部下だ』


『は、はい。それが何か?』


『だが、護衛対象であるあんたは王子の婚約者でもあるし、時と場合によってはその指揮下に入る場合もある』


『な、なるほど?』


『それが今だ。だから質問に答える。あとあと面倒ごとになるよりかは、今知って貰った方がいいだろうからな』


『はぁ……』


『実は――』


――――――



 というジョー様との問答のあと、クロムウェル様にこの2本の花を取ってくるように命令されたという話を聞き、ちょっとあのお方とお話をするために今ここで待ってるわけですわ。


 王子様の寝室であるこの部屋で。


 あの事件があってから数週間が経ち、王宮内の調査も終わったので、王子様は今このご自身の部屋で寝泊まりされています。


 私の容態も安定したし、いつまでもワガママを言ってはいられないと言う訳ですわ。


 まぁ……個人的にはちょっとさみしかったりもするわけですけど……。


 でも、その側にいた時の小さな事々が『つっかえ』となっている訳でもあります。


「ん~……?」


 ふと耳を澄ましてみると、部屋の外でコツコツという足音が響いているのが聞こえました。


 そしてそれが消えると、しばらくしてから部屋の扉が内側に開かれます。


 そうして現れたのは――


「レイリィース……。お前なんだって俺の部屋にいるんだ?」


 ――クロムウェル・クォーツライト・アイリス様。


 私の婚約者である王子様がそこに立っていました。


 どうやら湯を浴びていらっしゃったみたいですわね。


 髪は薄く濡れており、普段見ない白い襟付きの長袖に黒いズボンというラフな格好でいらっしゃいます。


 最近熱くなってきたからか、胸元なんて随分大胆に開いていて……。しかも濡れてしっとりした御髪おぐしとか普段とかなり印象が変わって……。


 なんていうかその……み、魅力的過ぎますわね、この王子!?


 えっ! どうしましょう!? ちょっと妙に胸がドキドキするんですけど!?


「お、おい、なに急に鼻息荒くしてんだよ? いいから質問に答えろって……」


「おあっと! ご、ごきげんよう、クロムウェル様!」


「ごきげんようって、お前こんな夜中に……。あぁいや……なるほど……」


 テーブルに置かれた花瓶を見て、クロムウェル様が一つ息をつくと共に扉を閉め、部屋の中へと入って来られました。


「ジョーの奴め……。全部話したのか……?」


「は、はい、まぁ大体は……」


「ふぅ……。まぁ、遅かれ早かれって話ではあったのかもしれないが……」


 そのままテーブルの横を通られると私の左横までいらっしゃって――


「ホマァッ!?」


 ――そのまま私の隣に腰を下ろされました!?


「なに変な声だしてんだよ、お前」


「だだだだだだって!」


 ち、近い!


 近すぎますわ!


 だってこんな距離だと、王子様のお肌のきめ細やかさからまつ毛の長さまで、しっかりはっきり全部分かっちゃいますし!


 下手すれば体温さえ感じられますし!!


 しかも、なんか凄い良い匂いが漂ってきますし!?


 緊張するなって方が無理ですわ!


 そ、そういえば!


 今更ですけど私の身だしなみの方は大丈夫でしょうか!?


 一応、ここに来る前に湯を浴びて香をたきつけて来ましたけど、汗臭かったり、今着ている深紅のドレスがヨレたりしてないでしょうか!?


 あーもう! 大変なことですわよこれは!!


 そうしてアタフタしながら視線をキョロつかせる私を見て、王子様はニヤリと笑いながら告げました。


「ハハッ。なんだ、可愛い所あんじゃねーかよ、お前も」


「ハァアアッ!? 私はいつだって可愛いくて美しいですけどぉお!? 王国随一の端麗たんれい美少女なんですけどぉ!?」


「ハハハッ! 分かった、分かった。落ち着けって」


 そうクツクツと笑いながら花瓶に差された花のうち、白い方を手に取られる王子様。


 その間、私は興奮に上がってしまった息を整え、出来るだけ王子様のお顔を視界に入れないよう、クロムウェル様の手の先、足の先を見るようにしてようやく落ち着きを取り戻せました。


 それを確認してから、王子様が口を開かれます。


「この花の名前はアリタス……。花言葉は知ってるか?」


「い、いえ、存じ上げませんが」


 手に持つ花をゆっくりと指で回転させながら言葉が続きます。


「『あなたを忘れない』だ。紺色の方は『約束』って意味がある」


「それは……つまり……」


 ルイーズ様に対して、この王都から遠く離れていても、その身を案じているという意味の暗喩あんゆであり。


 ……捉えようによっては婚約者がいるのに、他の女性にアプローチをかけているようにも見えますわね。


 それって……なんか……ちょっとモヤモヤするような……。


 そう思い、私が少し渋い顔をしているのに気付かれたのでしょう。


 王子様がどこか気まずそうに口を開かれました。


「そんなつもりはない……って言っても簡単には納得してもらえないだろうな……。悪かったよ。俺が軽率だった」


「い、いえいえいえ! これはむしろ当然というか! 私たちのために行動してくださったルイーズ様の今後を案じられるのは至極しごく当たり前というか!!」


「そう言って貰えると助かるがな……。しかしジョーの奴め、あいつワザとお前に気付かせたんだろ? 目の前でルイーズに花を手折っていいか聞きでもしたか?」


「えぇ、まぁそんなところです……。それで、それに関してはジョー様からも一言ありまして……」


「なんだ?」


「『好き合う二人に隠し事は不要』とのことです」


「グッ! ハハハハハッ! 相変わらずおもしれー奴だな、あいつ!」


 そうして笑われた後、クロムウェル様はヒョイと花瓶に花を戻されました。


 その後、こちらへと視線を向けることなくと問いかけられます。


「それで? その話が聞きたくてこんな夜中まで俺の部屋で待ってたのか?」


「い、いえ……それもありますけど……。それ以外にもちょっとおうかがいしたい事がございまして……」


「なんだ? 言ってみろ」


 ふぅ……。


 ようやく。


 ようやく本題に入れそうですわね。


 ここ数週間で感じていたこと。


 そして今回の一件で明らかになったこと。


 以前から感じていたことではございますが。


 王子様は……。


「……私を怖がっておられませんか、クロムウェル様?」


「………………」


 ピタリと王子様が身動きを止め、こちらをその灰色の瞳で見られました。


 強い意志を感じさせる鋭く輝くクロムウェル様の瞳。


 それを、少し見上げるようにして見返します。


「怖がる? それも『以前のループ』とやらで調べた結果か?」


「いえ、今回のループのあなたを見て感じ取った事です」


 そもそもこれまでのループじゃ、こんなゆっくり王子様と過ごせる所まで行きつけませんでしたしね。


 王子様が怖がっているというのは、今回のループで今の私が感じた最新の情報ですわ。


 そんな私を見て、フゥと王子様が一つ息をつかれますと、視線を前へと向けて答えられました。


「『怖い』ね。まぁ、怖いと言えば怖いのかもしれねーな。なんたってお前はこれまで何度も『死に戻り』して、未来を変えようとしてきたっていう訳分かんねー能力を持ってるみたいだし」


「………………」


「行動力もたまげたもんだし、運動能力も一端いったんの騎士以上。まぁ、怖がる理由にしては少し情けな――」


「――私を愛するのが怖いのですか?」


 また息を詰め、口を開けたままピタリと静止する王子様。


 そして一つ大きく息を吸い、観念したように口を開きました。


「…………すげー女だよ、ほんとに」


 そうしてソファに背を預け、部屋の天井を見上げながら言葉を続けられます。


「ああ、怖いね。怖いよ、レイリィース。突然現れて、突然俺に惚れたと言って、とんでもねー事件を幾つも起こして、その全てを解決して……。色んな人から愛されてて、色んな人を愛してて……。俺とは全然違うお前を、いつの間にか意識している自分がいて……」


「………………」


「初めて会った時からそうだ。お前と話をするたびに、俺はお前に好意を抱いていった。明け透けのない言葉。太陽のような微笑み。目を引くその仕草。お前の鮮やかな『色』で、俺の見る景色が染まって行くような気分だった。悪い気分じゃなかったがな……。そんで、気付けば俺も、お前に惚れていた……。ハハッ……」


 また一つため息をつき。


 クロムウェル様が体を前に倒し、膝の間で両手を組むと、視線を下へと向け、こらえていた物を吐き出すようにして声を出されました。


「でもな……レイリィース。だけどな……レイリィース……。惚れれば惚れるほど……好きになれば好きになるだけ……怖いんだよ……。俺は、お前が怖い……。お前がいなくなっちまうのが怖い……。怖くて怖くてたまらないんだ……」


 そう。


 それが最近感じていたことの正体。


 王子様はここ数週間、私と共にあってもどこかよそよそしかったり、何かを躊躇ためらったり、こちらを見てくれなかったり。


 何か、どこか違和感のある態度を取っていました。


 そしてそれは日がてば経つほど悪化の一途をたどっていたのです。


 そして今回のお花の一件。


 以前までの王子様であれば、ジョー様にこっそりやらせるどころか、ご本人が直接出向く、もしくは私に頼んでいてもおかしくありませんでした。


 ですが、そうはしなかった。


 何故か。


 他の女性との関係を私に勘繰かんぐられたくなかったから。


 その結果として、私がいなくなってしまう事を恐れたから……。


「おばか」


「……なんだよ」


「私があなたの元から離れるなんて、本気で思っていますの? 命を賭けてまで、あなたの側にあろうとしたこの私が」


「……分かんねーよ。絶対に裏切らねーと思ってた奴に裏切られたばっかなんでな」


 コウ・マクガイン様。


 王子様の近衛騎士にして、師匠でもあり、秘書でもあり、同時にかけがえのない友でもあったお方。


 ……少なくとも王子様はそう思われていたお方。


「私が、コウ様みたいにあなたを裏切ると?」


「そんな事しねーだろ、お前は……。でも……怖いもんは怖いんだ……。また裏切られるのが……。また失っちまうのが、どうしようもなく怖い……」


 膝の上に置いた己の右掌みぎてのひらを見ながら、そう告げられる王子様。


 見ればその手は小さく揺れていました。


 その手に未だ血に濡れた剣が握られているかのような。


 その手にまだあの命を奪った時の感覚が残っているかのような。


 そんな険しい表情で、クロムウェル様は己の手を見つめておられます。


 その手に私は――


「…………!」


 ――己の左手を上から重ねました。


 湯を浴びた後だというのに、既に冷たくなってしまっている王子様の右手。


 その手に少しでも自らの熱が伝わるように、指を絡めギュッと握りしめる。


 それを見て、クロムウェル様はこぼすようにして言葉告げました。


「……あったけぇな、お前の手」


「当たり前です。逆にあなたの手が冷たいんですわ」


「…………そうか」


 強張り、震えていた手が、次第に緩み力が抜けていく。


 隣に座る王子様を見ます。


 普段のような威風堂々としたお姿とも違う、背を丸め、眉根を寄せ、寄るのない幼子おさなごのような王子様の姿。


 言うべき事も、すべき事も、己が何をしたいかも、迷いの中で分からなくなってしまっているその姿。


 クロムウェル・クォーツライト・アイリスではなく。


 ただ一人のクロムウェルとしての姿。


 今。


 下手をすれば初めて。


 他人へと晒すその姿。


 そんなクロムウェル様に、私は言葉を告げました。


「誰だって最後は死にますわ……王子様……」


「ッ!」


 私の言葉に思わずと言った具合に、重ねた手をギュッと握り返されるクロムウェル様。


 少しの痛みさえ感じるその手に、私は更に右手を乗せて、下から王子様を見上げるようにして言葉を続けます。


「こんな力を持っている私が最後どうなるかは分かりませんが……。でも、どのような経緯を辿るにしろ、あなたとの別れが避けられないのは事実です……」


 息を詰め、体を震わせ、顔をそらし、私の言葉を聞きたくないかのような素振りをクロムウェル様は見せました。


 ……胸が痛いですわね。


 でも、このままでいい訳ありません。


 いつか来る別れを恐れ。


 裏切られるかもと愛することを躊躇ためらい。


 己の殻に閉じこもり。


 ただ人を見ようとしない。


 それでいい訳ありませんわ。


「クロムウェル様」


「………………」


 黙りこくり、顔をそむける王子様に、それでも言葉を続けます。


「あなたは、このまま己の気持ちを押し殺し、相手が『いつか裏切るかも』と疑い続け、自分自身を縛り上げて……それでいいんですの? それで……本当にいいと思ってますの……?」


「………………ぅ」


「本当は……誰だって怖いんです。誰だって恐ろしいんです。相手を想えば想う程、愛すれば愛する程、いつか来る別れが、いつか裏切られるのが、恐ろしく思える……。それは当たり前のことです。私だってそうです……でも……」


 そう。


 でも!


 例えそうだとしても!


「あなたのお側にいるのに……。その想いを感じられないなんて……私には耐えられませんわ……。あなただって、きっとそうではございませんか……? だから――」


 あなたに届けましょう。


 私の胸にある言葉を。


 そっくりそのまま。


 あなたの元へ。


 伝えましょう!


 この想いを!



「――何度だって言いますわ。クロムウェル様、あなたを愛しております。だからどうか、私と共に生きてください……。あなたの側で……共に生涯を歩ませてください……。私を……信じてください……」



「………………ッ!」


 顔をそむけ、身動きを止め、息を止め。


 それでもなお、重なり合う右手をギュッと握りしめ。


 葛藤かっとうする王子様から、ポツリと一粒のしずくがこぼれ落ちる音がする。


「レイリィース……」


 そして。


 声が響く。


「俺は……。俺は愚かな人間だ……。情けなくて……怖がりで……。そんなたいした男じゃない……。お前を失望させる事も……この先沢山あると思う……」


「はい……」


「それでも、それでもレイリィース……それでもお前は――」


 言葉を躊躇ためらい。


 それでも、胸の奥から溢れる想いに押されるようにして、王子様は告げられました。



「――俺の側にいてくれるか……? 俺を好きでいてくれるか……? 俺が……俺がお前を愛することを許してくれるか……?」



 背中越しに聞く王子様の声に。


 その心の奥底から響いたその音に。


 私は一も二もなく答えました。


「はい……! もちろんです! クロムウェル様!」


 その声を聞き、ビクリと震えた後、王子様はゆっくりと振り返られました。


 そして、涙で濡れたお顔もそのままに、苦笑を漏らすと告げられます。


「ハハッ……。お前まで、なに泣いてんだよ?」


「だって……だって私……もう胸がいっぱいで……」


 私の濡れた瞳からポロリと零れた涙を、王子様が左手でそっと拭われる。


 それだけでどうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく幸せで。


 その気持ちが少しでも伝わる様に、私も王子様のお顔を優しく拭いました。


 そうして泣きながら笑い合う二人の距離は、次第次第に近づいていき。


 手を握り合ったまま。お互いの熱を感じ合いながら。


「「………………」」


 そっと口づけをかわしたのです。


 月光が差し込み、ロウソクで照らされた部屋の中。


 想いを通じ合わせるように唇を重ね合わせ。


 時が過ぎるのを忘れて、愛を伝え合う。


 いつか必ず来る別れの日に。


 怒りと絶望と後悔にまみれた終わり方をするのではなく。


 お互いに胸を張り合って。


 『あんな事もあった』と。


 そう笑い合えるように。


 今この場にある気持ちに、嘘偽りなど一つもないと証明し合うように。


 私たちは長く、長く。


 唇をかわし合いました。


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