エピローグ②「ルイーズ③」
「ルイーズ様……」
はた目から見れば欠点などまるで存在しないように見える完璧な王子様。
そして、その隣にあろうとするのであれば、相応の能力がなければならないと。
そう思ってしまうのは無理からぬことです。
『文武両道のカリスマ』
『一を聞きて百を知る大天才』
知れ渡っている王子様の異名。
そんなお方と並び立つために、いったいどれだけの努力が必要か。
そして、それほどの努力が必要な人間に、クロムウェル様が内心孤独に苦しんでいると知る機会がはたしてありましたでしょうか。
私にしても、四六時中クロムウェル様に張り付いて、ただあのお方の調査のみに没頭していたからこそ気付けたというのに……。
「あの時、私は気付いてしまったのです……。あなたの行動が何のためにあったのか……。そして、私がどれほど至らなかったのか……。レイリィース様、あなたはきっとご存じだったのでしょう……?」
ルイーズ様が再び口を開く。
涙に濡れた声で再び音が響く。
「自らが捕らえられ、そしてその後、クロムウェル様が窮地に立たされることを……全て知っていた……。だからこそ、己の身を、クロムウェル様の身を守るために手段を問わず行動し続けていた……」
「……違います。全てではありません。王子様を取りまく陰謀があるのは知っていましたが……」
「そう……。何にせよ……私はそれを、少しも知らなかった……」
「っ! で、でも! それはむしろ当然というか! 私にしても、陰謀を知ったのはほんと偶然で、たまたまで、天の教えがあっただけというか……!」
「…………謙遜か、はたまた本音か。どちらにしてもあなたは行動し続けた。あのお方を救うために、共にあり続けるために、時には地べたに這いつくばり、時には命を的にかけて……。おかしいわね……」
「なにが……ですか……?」
「私とあなたの願いは同じだった。『クロムウェル様と共にありたい』ただそれだけが願いだった」
「………………」
「その願いのために私は己を磨き続け……。あなたは……クロムウェル様を救おうと動き続けた……。それが……私とあなたの、大きすぎる違いとなった……」
ほう、と天を見上げながら長い息をルイーズ様は吐かれて。
その頬をまた一滴の涙が伝って。
そして儚げな笑みを浮かべ、赤く濡れた瞳で私を見ると告げました。
「レイリィース様、あなたはきっと私の……私たちの知らないクロムウェル様をご存じだったのでしょうね……」
「………………」
「あの会合であなたが告げた言葉……。『私には王族の婚約者としての器はないが、クロムウェル様の婚約者としてなら相応しいのだ』と……『あのお方には私のような人間が必要なのだ』と……。あなたはそう言いましたね?」
「はい」
「お聞かせ願いますでしょうか? あなたから見て、クロムウェル様はどのような人間ですか? 何故に、あなたは王子様に相応しいのですか?」
「それは……あのお方は……クロムウェル様は……」
過去のループで調べに調べ抜いたこと。
調査の最中に知ったあのお方の素顔。
そして月光のもと、あの船の上で感じたこと。
今回のループで、相対する兄君へと口にされたこと。
コウ様との決着で見せていたあの表情。
この結論は。
きっと誰にだって出せたはずの物なのです。
王子様の側に立ち、色眼鏡抜きであのお方を見ることさえ出来れば。
誰にだって出せたはずの答えなのです。
でも、それを誰も出来なかった。
自らと王子様を比べた時に、あまりに距離が離れているように感じてしまうから……。
自らと比べた時に、あまりに釣り合いが取れていないように思ってしまうから……。
しかし、本当はそんなことないのです。
だって王子様は、クロムウェル様だって本当は――
「――ただ一人の人間なのです、ルイーズ様。私やあなたと何も変わらない。孤独を感じれば胸を痛め、人に愛されることを渇望する……ただの人間なのです。それに……誰も気付けなかっただけで……。誰もがみんな、王子様を王子様としか見てないから……。クロムウェル様をただのクロムウェルとは思えないから……」
私の言葉に目を見開かれたルイーズ様が。
一度くしゃりと大きく顔を歪めると。
瞳を閉じると共に息を詰められ。
そして、ポツリと思わずこぼれたような声が響きました。
「そう……。それにもっと早く……もっと早く気付いていれば……。そうすれば……そうすればきっと……」
後悔するような、また聞きようによっては懺悔するようにも聞こえる声。
そんな声が響き。
それを洗い流すように、テラスに緩やかな風が吹き抜けました。
しかし、ルイーズ様は風に髪が揺れるのにも気付かないようなご様子で、ただうつむき、背を曲げ、己の内に閉じこもりきってしまっています。
そんな、かのお方に。
「ルイーズ様」
私は声をかけました。
「…………なんでしょう?」
「そのバスケットをお開けください」
「これを……?」
ゆっくりと視線を左へ向けて、力の抜けた動きでカゴを寄せると、留め具を外し中身をご覧になるルイーズ様。
「これは……」
中に入っているのは、私が捕まった日に贈られた物とほぼ同じ大きさのミニパイです。
太陽をかたどった輪切りのオレンジの入ったパイ。
ただ、以前とは違い格子状に生地は折り重なっていません。
今、空にある太陽と同じように。
遮る物の何もない、純粋な太陽を模したオレンジのミニパイが入っています。
「……『私は自由だ』と、そう言いたいのですか?」
涙を拭い、下から私へと、睨みつけるような視線を向けるルイーズ様を見返して、一つ頷くと共に言葉を返します。
「はい。あなたのお陰です」
「なにを……。私がパイを届けずとも、檄文を書かずとも、あなたはきっと、また空に舞い戻っていたことでしょう。私のしたことなど関係ありません」
「それでも。あなたのお気持ちを私は嬉しく思いました」
「私はあなたを陥れようとした人間ですよ? 場合によっては私が自ら主導してあなたを殺していたでしょう。自らの願いを叶えるために」
「気にしません。結果としてあなたは私を助けようとしてくださいました」
「勘違いをしているようですね。私が助けようとしたのはクロムウェル様です。あなたを助けたのは、あのお方に必要だと思ったからで、物のついでに過ぎません」
「例えそうであったとしても、私のこの想いは変わりません。心の底まで憎んだ人間を、自ら救おうと動かれたあなたに私は尊敬の念さえ覚えています」
「………………」
「どうかそのパイをお受け取りください。そしてどうか、一つ知っておいてください」
「なにを?」
「あなたは私の恩人です。もし今後何か困ることがあれば必ず私にご連絡ください。我が身命を賭して、あなたの力になって見せます」
ピクリと眉が動き、ルイーズ様が私の心底まで見透かそうとするかのごとく、ジっと見つめて来られました。
私はその瞳を正面から見返します。
「口先ばかり……という訳ではないのでしょうね、あなたの場合」
「当然です」
「そう……」
視線がミニパイへと戻ります。
すると、ふとルイーズ様はナイフとフォークを手に取って、パイを皿の上へと取り、それを一口大に切ってパクリと口にされました。
「………………」
モグリと口を動かされ、ゴクリとパイを飲み込んで。
紅茶を一口飲んでからこちらへと告げれます。
「おいしいわね、このパイ」
「そ、そうですか!? よかったぁ! 実はそれ私が作ったんです!」
「へぇ、これをあなたが……」
「はい! これでもお菓子作りとか料理はそれなりに得意でして! クッキーとかケーキとか自分で作ったりするんです!」
「そう……。アムッ……。オレンジの酸味と甘みの加減がちょうどいいわ。紅茶によく合う……」
「そうでしょう!? 実際『今回は結構うまく出来たなぁ』って自分でも思っていましたの!」
「フフッ……。本当においしい……。私も少し暇になりますし、お料理の勉強でもしてみましょうか……」
「そ、それがいいですわ! こう言うのは何ですけども……あのパイははっきり言って……壊滅的なお味でしたし……」
「…………待ちなさい。あなた私が送ったパイを食べたの?」
「えっ? ええ、頂きましたけど?」
「呆れた……。普通どこの誰が作ったか分からないパイを口にしたりはしないでしょう? 毒が入っていたらどうするつもりだったの?」
「い、いや! あの時は私も混乱してまして!」
「混乱してても口になんてしないのよ……。本当に自覚というものが足りないのね、あなたって。これから先が思いやられるわ」
「…………これから先、ですか」
「なに? どうかした?」
これから先。
私は王子様の婚約者となって。
ルイーズ様は王国の片田舎で、下手すれば一生そのままで……。
それは……やはり到底看過できませんわ。
「ルイーズ様。やっぱり私から王子様に一言いって――」
「――馬鹿が馬鹿なことを考えるのはお止めなさい」
「馬鹿って!? 馬鹿ってなんですの! 馬鹿って!」
身を乗り出してそう反論する私に対し、カップを片手に紅茶を飲みながらルイーズ様は告げました。
「今回の一件で、私の父ギルバート・ラング・ローランは政治生命を失いました。その自然な成り行きで私たちは私領へと向かうのです。この流れを歪めれば、多くの淀みが生まれるでしょう。下手をすれば、それがまた国家を揺るがしかねません」
「で、でも……。ルイーズ様は私の恩人で……それに……その……」
「なんです? 歯切れの悪い?」
「おっ! お友達になれればとも、思っていましたのに……」
「はぁ?」
ポカンと口を開けて、見たこともないような表情でルイーズ様が私を見ました。
……えっ? 私なんか変なこと言っちゃいましたでしょうか?
そう疑問に思っていますと、フッと吹き出したルイーズ様が、クスクスと手で口を隠して笑い出されました。
「フフフッ! フフフフフッ! 面白い人ね! 私と友達に? あなたの敵である私と?」
「過去の話です! 今は違うでしょう!?」
「フフフフッ! 冷静に考えてみなさい。人が伴侶にと望んでいた相手を、横からかっさらっておいて、仲良くできると本当に思っているの?」
「うっ! そ、その……やっぱり……難しいでしょうか?」
「そうね。普通なら無理でしょう。でもまぁ――」
ルイーズ様が両手を肩の高さまで上げると笑いながら私へと告げました。
「――私たちも大概、もう普通の関係ではありませんからね」
その後、手を2回叩かれる。
何事かと思っていますと、中庭からローン様がズイと姿を現してルイーズ様の左後ろに控えました。
「『あれ』を取って来なさい」
「……承知いたしました」
巌のような表情を、ピクリと一瞬動かしてからローン様が邸宅の中へと入って行き。
それと前後するようにしてジョー様がこちらへと戻ってきます。
その手にはどこで仕入れたのか、白と紺の美しく咲き誇る2本の多弁花を茎ごと持っていました。
「貰ってもいいか?」
そうまた無遠慮にジョー様がルイーズ様に問いかけられて。
「…………どうぞご随意に。どうせ荒れ果てるだけの庭です」
「そうか」
と、答えると共に黒い軍服の胸ポケットに茎を差し込むジョー様。
その後、私の左横へと戻ってきます。
……メチャクチャ似合いませんわね。
なんだってこの人は花なんて摘んできたんでしょうか。
と、そう訝しんでいますとローン様が戻って来て、何故かルイーズ様ではなく私の右横に片膝をつきました。
「えっ!? い、いや、急に何ですの!?」
「……お受け取りくださいな、レイリィース様」
その言葉と共に、ローン様が黒塗りの箱を両手に乗せて差し出されました。
細長い直方体。横に広げたローン様の大きな両手から少しこぼれる程度の大きさです。
黒く光沢のある表面は顔さえ映るほどに磨き抜かれています。
それを受け取り、取り合えず横向きに机の上へと置いて、ルイーズ様へと問いかけます。
「中身をあらためても?」
「もちろん」
横でジョー様が手を伸ばそうとしているのをけん制しつつ、サクっと箱を上下に空けます。
その中に入っていたのは――
「これは……」
――白絹の緩衝材に包まれた同じく白い扇。
精妙な造りをしており、目立たない程度の彫り物がされています。
これは……この扇は確か……。
「私が愛用していた扇です。受け取って頂けますね?」
そうです! 会合の日にルイーズ様が持たれていた物に違いありません!
あんな大事な日に使うほど特別な品物を私に!?
「こ、こここれほどの品、い、いたいたいただけ――」
「――友情の証として。あなたに受け取って欲しいのです」
「頂きますわ!!」
「フッ! クフフフフッ……!」
右手で口を押さえ、クツクツと笑われるルイーズ様。
それを疑問に思っていますと、こちらを見てまた告げられました。
「お馬鹿。それだけが理由な訳ないでしょう?」
「えぇっ? どういうことです?」
「その扇をもしあなたが用いれば、私との強い繋がりを内外に示すことになります。それは今後私が、ひいてはローラン家が、中央に戻る際の足がかりともなり得るのです」
「ははぁ」
「あの檄文のお陰で、私は父を裏切ってでも不義を正そうとした女傑と思われていますし、クロムウェル様の婚約者であるあなたとの関係を示せれば、ここに戻って来られる日も近づくでしょう。まぁ父が死んでからの話になるでしょうけどね」
「ふむふむ」
「……つまり、私がそれを渡したのはあくまで私の都合であって、友情の証なんてのは、ほんの口先だけのものなのですよ」
「ふ~む……」
とまぁ、ルイーズ様はそう仰っていますが……。
「それで具体的には何割ぐらいが『友情の証』成分なのですか?」
「………………はぁ」
私の問いかけにゲンナリとした表情をされると、ルイーズ様は私から目をそらして答えました。
「2割5分2厘といった所でしょうか……」
「2割も!? ありがとうございます! 大切に使わせて頂きますわ!」
「はぁ……まったく……。あなたとお話ししていると、自分の奥底にある所から言葉を持ってこないといけないので疲れますね……」
「……えっと……お嫌ですか? お疲れなようなら、私そろそろお暇した方が?」
「いえ。それが意外なことにね……」
ふんわりと、今日一番の笑みを浮かべてルイーズ様がこちらを見られます。
「なかなか悪い気分じゃないのよ、レイリィース」




