エピローグ②「ルイーズ②」
ちょっとキリの良い所まで書ききれないので9/8の更新はお休みします。
ご了承ください。
「ルイーズ様」
そう名を呼ぶと共に、机の上に置いていたバスケットをルイーズ様の手に届くよう机の中央、ケーキスタンドの右横に置きます。
チラリとそれを見てから、かのお方は目を細めて私へと問いかけて来ました。
「この小さなバスケットが何か?」
「これは私が捕まった日の朝に、ヴィランガードの邸宅に届いた物です。中にはミニパイが入っていました。具材は輪切りのオレンジ。それを閉じ込めるようとするかの如く、生地が格子状に重なっていたのです」
「………………」
「あれはルイーズ様が作った物なのではございませんか?」
「何を根拠に……」
「まずは一点。あの時、私が捕まえられるという情報を知り得たのは、サイアス様たち以外ではあなたの父君に当たるギルバート様だけだったはずです」
これは確かだと思います。
以前までのループでは感じられなかった裁判所内での混乱。
そしてアヤ様の兄君であるシナノ様が弁護官として潜り込めたこと。
思うに十分な根回しが済んでおらず、見切り発車的な部分が大いにあったのでしょう。
少なくとも今回の陰謀に関しては、依然と違って明らかに拙速に過ぎる部分がありました。
そしてだからこそ、情報を握ってる人物はごく少数に限られたはず。
その中で私にパイを送って来そうな人物考えてみればルイーズ様しか思いつきません。
そしてもう一つ。
「あと一点。パイの入っていたバスケットは、複数人の手を経てから私の元にまで届きましたが、それをさかのぼってみますと大柄な農夫風の格好をした男性に、お金を渡されて頼まれたのが最初とのことです」
チラリと視線を左に投げてみますと、中庭に咲く花を見るジョー様とローン様の後ろ姿が見えました。
執事服に身を包んだ大柄な男性。
ほとんどの使用人に暇を出したというのに、未だこの邸宅に残り、はた目から見てもルイーズ様への深い忠誠心を保っておられるお方。
「ローン様が最初にバスケットを届けるように依頼した大柄な男性だったのでは? そして、私が拘束されると暗喩していたミニパイ、そのパイを作ったのは――」
生焼けで、味付けも酷く、料理などまるでした事のない人間が焼いたとしか思えないあのパイは。
「――ルイーズ様。あなたが作ったのではないですか?」
「………………」
私の声に返事はなく、少しの間、沈黙がその場を支配しました。
その間、かのお方は何かを考え込むかのように瞳を閉じると、一度大きく深呼吸されて。
「ふぅ……」
ゆっくりと目を開かれると共に私に告げられます。
「やはり、存外ただの馬鹿という訳でもないのですね……」
「…………ば、馬鹿って……あの、ちょっと酷くありません?」
「自分のしでかしたことを顧みてごらんなさい。お見合いに参加した貴族令嬢を一挙に集め説得をしようとし。その後は王国の第一王子に喧嘩を売って。愚か者もここに極まれりと言った所でしょう?」
「そ、それはそうですけど……こちらとしても事情が――」
「――そう。事情があったのでしょうね。あなたはきっとその後、何が起こるのか全て分かっていた……。だからこそ、あんな無茶な行動を取り続けていた。そしてその結果として――」
ルイーズ様が机の上に乗った白いカップへと視線を落とされると、こぼすようにして言葉を続けました。
「――その無茶がクロムウェル様を救った……。それが全てなのです……」
「ル、ルイーズ様……?」
低く、どこまでも沈み込んで行くようなその言葉に、私は二の句を告げられなくなって、思わず言葉を探すように右手をワタワタとさせてしまいます。
そんな私を見てフッと小さく笑われると、かのお方は再度口を開きました。
「少し私の話に付き合ってもらえますか?」
「は、話!? と、当然です! 幾らでもお付き合いいたしますとも!」
「そう……。まぁ、そんなに長くはかかりませんわ。ただ少し、私の話を、私がしたいだけですから……」
するとルイーズ様は視線を右に、影になったテラスの中から、光に満ち溢れた中庭へと視線を向けて。
「クロムウェル様の婚約者になるのは……私だと思っていました……」
と、言葉を告げられたのです。
あの会合の日に見た威風堂々としたお姿とも。
先ほどまでの貴族のご令嬢然とした態度とも違う。
ただ一人の、純粋なルイーズ様のお声で、お姿で、言葉が続きます。
「物心ついた時から、私はあのお方とつり合う人間になるために、書を読み、礼儀作法を収め、帝王学を実践し、派閥を作り、政治に耳目を傾け、肌を磨き、ただただ己を鍛え続けて来ました。全ては、あの人と共にあるために……」
「………………」
外を向いていた瞳が私へと帰ってくると、色の見えない表情で問いが飛んできます。
「あなたに分かりますか? 私の気持ちが? やっと願いが叶うと思っていた矢先に、どこの馬の骨とも知れない辺境の貴族令嬢に全てを奪われてしまった時の気持ちが……。そして、その人間から無礼な手紙を受け取った時の気持ちが……」
『心中お察しいたしますわ』
と、そう答えるのは簡単ですが。
ルイーズ様の想いを考えてみれば、そう簡単に言葉に出来るものではありません。
そう思い、結局押し黙るしかない私に向かって言葉が続きます。
「あの日……あの会合の日に……。私はあなたを真っ向から叩き潰すつもりでした。他のご令嬢方と結託して、面白い事が起きるとティアラを呼び寄せ、楽しませることで事後の協力を要請し、婚約者の座を奪おうと、そう考えていました。ですが、その結果……」
嘆息するように息を吐かれるルイーズ様。
「あなたに完敗した……。最後の最後で、盤面をひっくり返された……。あなたに跪かれ、ヒールに口づけされた瞬間、私は例えようもない敗北感を味わっていたのです」
「………………」
「家に戻ってからもずっと考え続けていました。あの時どうしていれば良かったのか。そして、あなたの言っていた『自分のような人間がクロムウェル様には必要なのだ』という言葉がいったいどういう意味なのか……」
その視線が下を向く。
何かをためらうかのように。
口にするのを恐れるかのように。
数度、唇が意味もなく動き。
そしてまた声が続く。
「その意味に……気付いてしまったのです……。あなたを陥れるという話を、父から聞いた瞬間に……」
もう手の届かないと思っていた婚約者の座を、父親から手に入れられると聞かされて。
降って湧いたようなその話を聞き、自らの手を汚すことなくそれが成し遂げられると聞いて。
気付いてしまったと、ルイーズ様が告げられます。
「私は……クロムウェル様と並び立つためにこれまで努力してきましたが……」
ポツリと、心の奥底から言葉がこぼれ落ちました。
「あのお方のために何かをしようとしたことは一度もなかった……。クロムウェル様を支えるためにと努力し続けて、今のあのお方に寄り添おうとすることを、まるでしようとはしなかった……。それを……それを……」
ポトリと、頬を伝った熱い雫が濃紺のドレスに落ちる。
「あの時、あの瞬間に、気付いてしまったのです……」




