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エピローグ②「ルイーズ」

「ごきげんよう、レイリィース様」


「……ごきげんよう、ルイーズ様」


 傷の抜糸も済み、ようやく自由に出歩くことを許された日の翌日。


 私は早速、連絡を取ってとあるご令嬢の家にお邪魔していました。


 王都でも有数の豪華な邸宅。


 その中庭に面した広い屋根付きのテラス。


 そこにこしらえられた白いテーブルに同じ色の椅子が置かれたお茶会の席。


 その近くに立つ公爵家のご令嬢。


 レッドブラウンのウェーブがかった長髪に、鋭く青い瞳。


 私が着る深紅のドレスと対となるような紺色のドレスを身に纏い。


 どこか疲れたような、精彩に欠ける表情をしている女性。


 ルイーズ・トゥアン・ローラン様。


 今回のループでご令嬢方を説得するために開いた会合において、私と正面切って敵対し舌戦をかわしたお相手です。


 私は今日このお方に会うためだけに、ここにやって来たのですわ。


 手に小さなバスケットを携えて……。


「どうぞ。おかけになってください」


「はい」


 その言葉を聞き席の側に立つと、護衛としてついて来ていたジョー様が椅子を引いてくださったので、エスコートに従い席に着きます。


 左手側に庭を、右手側に邸宅への出入り口を見るような位置ですわ。


 そうして座る私の対面に、ルイーズ様は自らの手で椅子を引き座られました。


「………………?」


 その動きを少し奇妙に思っていると、給仕用のワゴンを押して巨漢の男性がテラスに入って来ました。


 茶褐色の髪をオールバックに撫でつけた、筋骨隆々とした執事服のお方。


 見覚えのある人ですわね。


 確か会合の際、ルイーズ様に付き従っていた方のはずです。


 しかし、あの場にいたという事は、給仕などが本業ではなく護衛が職務のお方だと思うのですが……。


 そう疑問に思いながら男性を見ていると、それを気取られたのか私の前に座るルイーズ様から声が飛んできました。


「驚かせてしまいましたか? ほとんどの使用人にいとまを出したものでして、給仕を任せられるのがこのローンしかいないのです。ですが安心してください。一通りの仕事は出来ますから」


「はぁ……」


 見てみれば、確かにローン様はその巨体に似合わぬ器用さで、ティーポットにお湯を淹れ、お菓子の乗せられたスタンドを丁寧に置き、カップの準備をして、見事に給仕としての仕事をこなしていらっしゃいます。


 その動きに感心していると、ズイとテーブルに紅茶が置かれ、私がありがとうとそう告げている間に、


「失礼」


 という言葉と共に、左横からジョー様がそのカップを取り上げました。


「ジョ、ジョー様?」


「仕事だ」


 そう告げると共に、かのお方はまだ熱い紅茶をグイと口にされ、舌の上で転がした後ゴクリと飲み込まれます。


 そして飲み口をハンカチで拭った後、受け皿の上にカップを戻されました。


 それを見て眉根を寄せると共にジョー様へと告げます!


「失礼ではありませんの! 毒見なんてする必要ありませんわ!」


「仕事だと言っただろう。そこのケーキも少しずつ貰おう」


「ジョー様!!」


「いえ、レイリィース様。大丈夫です。どうかお気の済むまでお調べください」


「そうか。助かる」


 ルイーズ様が許可を出し、それをいいことにジョー様はケーキスタンドから私の皿にヒョイヒョイとミニケーキを取り分けられ、懐から出した銀のフォークで少しずつそれらを見分し、実際に食べられました。


「うむ。旨い」


 無表情にそう告げて、少し欠けたケーキを私の前に戻されるジョー様。


 それを下から睨みつけてみます。


 ですが灰色の長い前髪に隠れて、かのお方の表情も、どこを見ているかも全く分かりませんでした。


 なんて慇懃無礼いんぎんぶれい太々(ふてぶて)しい人なんでしょうか……。


 いや、だからこそ私の護衛に選ばれたのかもしれませんが……。


 なんにしてもこれからルイーズ様とお話するのにジョー様の存在は邪魔ですわね。


 この調子で茶々を入れられては、たまったもんじゃありませんわ。


「ジョー様? 私、ルイーズ様と二人っきりでお話したいので、ちょっとどっかに行っていて貰えません?」


「………………」


 その言葉を聞き、灰髪の騎士様は一度小さく鼻を鳴らした後、ゆっくりと周囲を見渡されました。


 長い前髪の下、視線がテラスの隅々から邸宅の内部、中庭まで伸び。


 最終的にローン様へと目を向けると声をかけられます。


「庭を案内して貰おうか」


「………………」


 突然の言葉に身動きを止め、視線だけでルイーズ様へと指示を請うローン様。


 彼女は考え込むように二度ほど机を指で叩いた後、口を開きました。


「行きなさい、ローン」


「……かしこまりました」


 低く渋い声が響き、テラスからお二人が中庭へと消えていきます。


 巨漢の使用人と怪しい風貌の護衛。


 絵になるような、ならないような、奇妙な組み合わせですわね。


「ふぅ……」


 二人の背中を見送って十分に距離が離れたのを確認してから、一つ息をつき私は口を開きました。


「ルイーズ様。本日はありがとうございます。突然のことでしたのに、こうして席までご用意して頂き感謝いたしますわ」


「気にしないでください。むしろ申し訳ないと思っているのです。ろくな出迎えも、もてなしも出来ず……。ホストとして恥ずかしい限りです」


「い、いえ、そんなことは……」


 そう言ってみますが、ルイーズ様の顔に浮かんだ自嘲するような表情は消えようとしませんでした。


 いたたまれなくなり、そのお顔から視線をそらして周囲へと目を向けてみます。


 人の気配のない、シンと静まり返った住居の中。


 王都でも有数の豪邸だと言うのに、そこここにいるはずの使用人さん達の姿はまるで見えず、どこかうすら寒い感覚さえしてしまいます。


 先ほど言われた通り、本当にほとんどの使用人に暇を出してしまったのでしょう。


 だとしたら、あの噂も真実という事になるのでしょうか……。


「でも、いいタイミングで来ていただけました。私たち、ほんの数日後には王都を離れますので、そうなったらもうこうしてお話する機会もなかったでしょうし」


「っ!? で、では、噂は本当ですの?」


「噂?」


 ルイーズ様が目を細め、ティーカップの柄を摘まみながら言葉を続けます。


「私の父親があなたを無実の罪で死刑にしようとした結果失敗して、貴族裁判所長官としての責任能力を問われ、職を辞すると共に当主の座を追われ、逃げるように私領へと引っ越そうとしているって噂なら本当です」


 そこまで一気に口にして、何かを押し込むようにして紅茶を飲み込まれるルイーズ様。


 ……やはり本当でしたか。


 ルイーズ様の父君にして、私を何度も死刑にして来た人物。


 ギルバート・ラング・ローラン公爵。


 その人がこの度の事件を受け責任を問われているというのは、ベッドの上からろくに動かなった私にさえ漏れ伝わって来ている情報です。


 そりゃ、第一王子であるサイアス様の指示とは言え、法の下の平等を体現しなければならない裁判所の長官が、汚職に携わっていたと白日の下に晒されては擁護のしようがありませんわ。


 しかし……。


「……ルイーズ様も、お父上について行かれるのですか?」


「当然でしょう。私は娘ですから。一人ここに残っても後ろ指を刺されるばかりですし」


「ですが、あなたは……」


 ジロリと、ルイーズ様がにらむようにして視線を投げられると口を開かれました。


「勘違いをしているようですね。どうせティアラ辺りが何か吹き込んだのでしょうけど。私があなたを助けるために動いていたとでも言われましたか?」


「うっ!」


 そ、その通りですわ。


 以前、ティアラ様が私のお見舞いに来てくださった時のことですが。


『そうそう。王都にいる貴族たちの私兵を集める時にね。ルイーズが色々と根回しをしてくれていたみたいなの。読んでみる? 見ごたえあるわよ、この手紙』


 そう言って渡された手紙は『げき』の一文から始まるもので。


 サイアス様の無道を糾弾きゅうだんすると共に、国家の未来のために、クロムウェル様のために、今こそ立ち上がらなければならないという内容が、荘厳にして優美にして軽妙洒脱けいみょうしゃだつな筆致で見事に書かれていたのです。


 普段、文学などあまりたしまない私をして『うぅっ』と思わずうなってしまうような素晴らしい名文でした。


 つまり、ルイーズ様はサイアス様の一派である父親を裏切って、私たちの手助けをしてくださっていたのです。


 そこに嘘はないと思うのですけども……。


「あの檄文げきぶんはあなたのために書かれた物ではありません。私たちローラン家のために書かれた物なのです」


「えっ? いやでも……」


「少し考えれば分かるでしょう? 父とその子。双方が同じ派閥に属していれば、負けた時に家が一気に潰れます。あれは保険だったなのですよ。サイアス様が勝っても、クロムウェル様が勝っても、ローラン家が存続出来るようにするための」


「………………」


 確かに。


 あの檄文がなければ今頃ルイーズ様の家は取り潰しとなっていてもおかしくなかったでしょう。


 それは理解出来ます。


 ですが、それだけでは説明出来ない部分もあるのです。


 今回の事件において家の事情だけではなく。


 ルイーズ様の心情によって引き起こされた事象が一つあるはずなのです。


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