第47話「古時計に起こされて」
「う~ん……ムニャムニャ……」
……きもちいーですわー。
なんで目覚める直前ってこんなに気持ちいいんでしょう。
疲れが溜まってれば溜まってるほど、この時間には抗いがたい誘惑を感じますわね~。
このまま二度寝してしまいましょうか。
今回はこれまで以上に大変でしたし。
なんてたって徹夜明けの最悪のコンディションで、連行に裁判に拘束に戦闘に追跡に死闘ですもの。
一生分の死地を経験したような気分ですわぁ~。
さすがに多少寝坊助さんでも許されるんじゃ――
『ゴーン。ゴーン。ゴーン。ゴーン』
――ん?
聞き慣れた、聞き慣れてしまった古時計の音。
な、なぜこの時計の音が……。
ちょ、ちょっと待ってくださいまし。
えっ? えぇっ?
まさか。
まさかなんですけど……。
私、死に戻ってる?
またループしちゃってる?
………………。
いやいやいやいや。
致命傷を受けた記憶はありませんし、死に戻ってるなんてありえませんわ。
右胸の傷もそんなに深くなかったはずですし、あの程度じゃ人間死にません。
…………ってあれ?
でもそういえば。
私に刺さったナイフ、直前でコウ様が弄んでいらっしゃったような……。
まさか、その時に毒でも塗ってた……?
その毒のせいで死に戻った?
これまでの努力が全てなかった事になった?
まさかそんな。
そんなのって。
そんなのって……。
「ありえませんわああああああああああああ!!」
バタリ!と勢いよく体を起こし目を見開きます!
瞬間! 感じる右胸の鈍い痛みに体中の倦怠感。
喉に感じるカサつき張り付くような感覚。
そしてピントが合っていないかのように歪む視界。
「な、なんですのこれ……?」
混乱しながらも左手で頭を押さえ、まばたきを繰り返しながら意識をはっきりさせていきます。
そうしていると、私の右手側から声が飛んできました。
「おいおい、ビビらすんじゃねーよ。とにかくほら、水飲め、水」
「あっ、どうも。ありがとうございます」
「ゆっくり飲めよ。薬草を煮出した水だ。体にいいし痛み止めの効能がある」
「ああ、これはこれはご丁寧に……」
差し出されたガラス製の薬飲みを『左手』で受け取ります。
右腕は何かで固定されていて動かせなかったからですわ。
ぼんやりと見える渡された薬飲みは、飲み口が細く尖っていて、ぱっと見ではジョウロのような形をしています。
中には薄緑色の液体が入っていますわね。
まぁ、何はともあれいただきましょうか。
「んぐっ……んぐっ……うぶぁ……」
紅茶の茶葉を煮詰めたような、複雑な渋みを感じさせるお薬ですわね……。
思わず変な声が出てしまいましたが全て飲み切り、渡してくださった方に容器をお返しします。
「傷はどうだ? 痛むか?」
「ああ、いや……。そうですわね……。少し痛みがあるぐらいでしょうか」
「痺れはどうだ? 腕や手は動くか?」
「ん~……。大丈夫だと思います」
「そうか。そいつは良かった。こっちは心配で夜も眠れなかったからな」
「あらあら、それはどうもご心配をおかけ…………ん?」
ようやくまともに目が見えるようになってきましたが……。
さっきから会話してるこのお方は……。
ベッドの近くの椅子に座り、サイドテーブルに書類を積み上げ、その脇に先ほどの薬飲みを乗せているこの男性は……。
こちらを見る切れ長な灰色の瞳。
銀色の短髪。良く似合う黒を基調とした衣装。
こ、このお方は……。
「……クロムウェル様?」
「おう」
「クロムウェル様って……ど、どのクロムウェル様ですの?」
「ああ? 何言ってんだ? お前の婚約者のクロムウェルだよ。それ以外にいるのか?」
「婚約者のって、それってつまり……それにこの右胸の痛みは……」
死に戻ってない?
ループしてない?
これまでの努力が無に帰していない?
それは……。
それはつまり……。
あの絶望的なループから遂に解放されたってことですの……!?
「シャアアッ!! やってやりましたわよ、こんちくイタタタタタ!!」
「お、おいバカ! 怪我人が暴れるんじゃねぇ! 大人しく寝とけ!」
「うっ、うぐううう……!」
く、くぅ……。
こんな! こんな喜ばしいことがあったってのに、全力で喜べないなんて!
ベッドの上で踊り出したいぐらいの気分ですのにぃ~!
「むぅ~……!」
し、しかしながら。
下手に騒げば傷が開いてしまうのも事実。
仕方がありませんわね……。ここは大人しく寝ときましょうか。
王子様の言う通りゆっくりとベッドに体を横たえ、代わりと言う訳ではありませんが横目で部屋の中や王子様の事を見てみます。
聞き慣れた古時計の音が聞こえたから分かっていましたが、ここは私の私室ですわね。
王子様がいるってこと以外に、特に変わった様子はありません。
……ていうか、なんでこの人ここにいるんでしょうか?
「あの……」
「なんだ?」
「王子様なんでここにいますの?」
私の言葉を聞き、王子様は目を見開かれポカンと口を大きく開けますと、ギリギリとお人形さんのような動きでこちらを見ました。
「お前、マジで言ってんのか……?」
「えっ?」
「お前が心配だからに決まってんだろ! ちょっとは考えろ!」
「えぇ!? ほ、ホントですの? もしかしてこれ! そんな感じのあれなんですの!?」
「そうだよ! そんな感じのあれなんだよ! お前はな。倒れてから丸二日間、目を覚まさなかったんだぞ? そりゃ誰だって心配するだろ!」
「丸二日間も……」
なるほど。寝起きの体調不良はそれが原因ですか。
そりゃ二日間も寝込んでいれば体もどっかおかしくなりますわ。
そう納得しながらも、まだ疑問に思うことがあったのでついでに問いかけてみます。
「でも、なんで『うち』で寝てますの? そんなに心配なら王宮の医務室にでも寝かせておけばいいですのに。そっちの方が安全ではございませんか?」
「近衛騎士から謀反人が出たんだぞ? 王宮にいる方が不安だろ。事実関係の確認が取れるまではって事で、医者と護衛を引き連れてここに移動してきたわけだ。ついでに俺もな」
「あ~なるほど……」
「………………」
そう私が頷いていますと、こちらから顔をそらされた王子様が一つ息をつくと共に言葉を続けました。
「すまん。半分嘘だ」
「えっ?」
「王宮にいたら嫌と言うほど仕事を押し付けられただろうからな。お前の側にいる時間が減る。それが嫌だったからわざわざこっちに移って来た。それがもう半分の狙いだ」
「はえ?」
「……惚れた女の側にいてーから、ここで仕事が出来るようにワガママ言ったって言ってんだ。分かったか?」
「………………ぴゃ」
「分かったなら黙って寝てろ。医者を呼んでくる。大人しくしとけよ」
「ひゃい……」
………………。
なんか……。
なんかすっごい事になってきましたわね……。




