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第46話「決着」


「ングゥッ!」


「チッ!」


 小さく悲鳴を上げ背後へと飛びずさるコウに対して、一歩踏み込み右薙ぎの一閃を更に加えようとするクロムウェル。


 しかし、その斬撃はコウの剣によって防がれ、細かくステップを踏みながら下がる彼を黒衣の王子はひとまず黙って見送った。


 立ち止まるクロムウェルが、チラリと視線だけでレイリィースの事を見る。


「うぐぐっ……」


 血を流してこそいるが、彼女はうつ伏せから体を起こすと、傷をかばいながら体勢を整えようとしている所であった。


「フゥ……」


 一つ、安心して息をつくと、また視線をコウへと戻す。


「ウッ……」


 白衣の元騎士は左胸を押さえ、痛みに顔を歪めていた。


 純白の布地はクロムウェルの斬撃を受け、左肩から腹にかけて浅く切り裂かれており、血がにじみうっすらと汚れ始めている。


 致命傷ではない。


 だが、溢れ出る血液がすぐに止まるほど小さな傷ではなかった。


「王子……」


「………………」


「なぜ、私がここにいると……分かったのですか……」


 痛みに体が慣れるまでの時間稼ぎとして、コウがそう問いかける。


 城壁を乗り越えての逃走劇だ。


 各門を固めていた兵士たちは彼の姿を見ていないし、同じように壁を駆けあがりすぐさま追跡を開始したレイリィース以外に、白衣の元騎士がこの道を進んでいるなど、知る者がいるはずもない。


 しかし、この黒衣の第二王子は他のどの兵士よりも早く、馬も使わずにこの場へと到達していた。


 その理由は――


「俺がなぜ死んだのか考えていた」


「はぁ?」


「監獄の地下にある王族しか知らない抜け道。どうやらそこで、俺は何者かに襲われて毒のせいで死んじまうらしい」


「あなたまで一体なにを……」


 呆然としながらそう告げるコウを無視してクロムウェルが言葉を続ける。


「あそこは入り口の仕掛けが複雑でな。後をついて来た奴がいたとしても、仕掛けを知らないと開ける事なんて出来ないんだよ。兄上が教えたのかとも思ったが、あの人がそんなことするはずがない。ならどうやった? 理由は一つだ」


 灰色の瞳が鋭く光ると、裏切りの白騎士を射抜く。


「既に知ってたんだろ、コウ。監獄の地下道のことを。おそらくは、お前の母親はその道を使って逃げ出したんだ。そして、息子であるお前がアイリス王国に捕まってしまった時のことを考えてその秘密を教えた。少しでも生き残る可能性を高めるために……」


「………………」


「今回もその道を使うと踏んだだけだ。王都の北にある監獄、その地下道をな。そこに至るまでの道のりで、一番可能性が高い路地を追ってきた。そしたら戦闘音が聞こえてきて、ここにいるって訳だ」


「一国の王子が、供の者もつけずにですか?」


 そう言いながら、後ずさりをして隙をうかがうコウ。


 血は流れているが、興奮により痛みはマシになって来ていた。


 逃げるか、それとも戦うか。


 傷を負った自らの体で、何が最善かを考えるその背中で一つ音がする。


 振り返ってみれば、道の脇にある共同墓地からコツリと音をたてて、一人の男が通りへと姿を現していた。


 月光を浴びて白銀に輝く短髪。


 鋭い灰色の瞳。


 薄汚れた黒衣。左腰に黒鞘の剣。


 クロムウェル・クォーツライト・アイリス。


 いや。


「ジョー・ジャック・ジャン・ジョーンズ……」


 苦虫を噛み潰したような声で、コウはその名を呼んだ。


 クロムウェルの影武者として、近衛騎士の抜き打ち訓練に出ていたはずのジョーがそこにいた。


 名を告げられた張本人は、言葉を返す事もなくただジィっと裏切りの白騎士を見ている。


 そのジョーの代わりに、主であるクロムウェルが口を開いた。


「ほんのついさっき帰って来てな。一緒にここまで来たんだ。まぁ、急ぎだったんでな。城壁を登って追跡するのを、付いて来れたのがそいつしかいなかったと言うべきか……」


 その言葉を聞き眉根まゆねを寄せるコウが、苛立いらだたし気に視線をクロムウェルへと戻した。


 傷つき、前後を取られ、逃げ場を失った彼が、最後に取る行動とは何か。


 それを予期する黒衣の王子が、腰を落とし剣を構え、いつでも戦闘に移れるよう備えながら言葉を続ける。


「来いよ、コウ。馬鹿げた企みはしまいにしよう」


「何を……。私の狙いは王子、あなたの命でもあるんですよ? 死にかけの国王、薬漬けの第一王子、腐りかけた貴族……。あなたさえ殺せばこの国の命運を断てます」


「断てねえし、断たせねえよ」


「自分を過信しすぎだと、そう教えたはずですけどね」


「……今回ばかりは過信じゃねー。その傷にこれまでの逃亡劇。普段の半分しか力を出せねーだろ、お前」


「お荷物の世話が必要なかたよりはマシだと思いますけどね……」


「お荷物だぁ? 誰のこと言ってんだか……」


 お互いに隙をうかがうようにそう語り合う二人は、師弟していの関係故だろう、同じ構えを取っていた。


 剣を右手で持ち、右足を前に、体を半身に構える二人。


 鉄を煮詰めたようなドロリとした熱気と緊張感が支配する中。


 クロムウェルの背後で、レイリィースは傷を押さえながら、片膝をついて体を起こした。


 そんな彼女へ、黒衣の王子から小さな声が飛ぶ。


「レイリィース」


「はい」


「勝つぞ」


「はいっ」


 雲が動く。


 これまで宵闇を照らしていた月が、動く雲によってその姿を隠して行く。


 世界が、一切の闇に染まって行く。


 一寸先さえも見えない闇の中に4人の体が溶け。


 復讐鬼コウだけが口を大きく歪ませてその闇の中で笑っていた。


「………………」


 何も見えない暗闇の中。


 風の吹く音。虫の鳴き声。遠くで響く兵たちの足音。


 その全てが侵すことの出来ないその空間で。


「ッ!!」


 勝負は一瞬の内に終わった。


 闇に溶け込んだコウがクロムウェルへと襲い掛かり。


 音だけを頼りにそれを向かえ打った第二王子の剣が、襲い来る復讐鬼の斬撃を弾き。


 複数の火花が散り、薄く辺りを照らし出す中。


 紅の伯爵令嬢が血にまみれたナイフを投げつけ。


 それを予測していたコウが、そのナイフを左手を傷つけながらも受け止め。


 更なる斬撃をクロムウェルへと叩きつけようとして。


 その顔面に小石がぶち当たる。


「…………っ!?」


 衝撃、痛み、困惑。そして思い至る紅の伯爵令嬢の指技しぎ


 一瞬の動揺。


 それでもなお、剣を振るおうとする彼の左脇腹に。


「ッ!!」


 ズブリと音をたてて、懐に潜り込んだクロムウェルの剣が突き刺さった。


「ッ!? ゴホッ! ゴブオッ!」


 衝撃と内臓を傷つけられたが故に、血反吐と呼気をコウが吐き出す。


 クロムウェルの左半身を吐き出した血で汚しながら、裏切りの白騎士は震えながら小さく口を開いた。


「ゴフッ! ググゥッ……! ハァッ! ハァッ! みあ、やまり、ましたか……」


「ああ。すげー女だろ。俺の婚約者は」


「ハッ……。まったく……もったいない……あなたには……」


「……そうだな」


 ガチャリと音をたてて、コウが手にしていた剣が、ナイフが、地面に落ちる。


「ゴフッ! ゴホッ! くそ……」


 血を吐き出しながら、全身に力が入らなくなり己の命が尽きようとしているのを、裏切りの白騎士は自覚していた。


 そしてそれは――


「コウ……」


 ――突き刺した己の剣で、自身の体で、彼の体を支えているクロムウェルもまた感じ取っていた。


 一人の人間の命が尽きようとしているのを、彼らはお互いに感じ合っていた。


「ああ……まったく、あなたには、おどろかされて、ばかりだ……」


「悪かったな」


「あ、あ……ほんとに……おつよくなられた……」


「………………」


「ゴホゴボッ! グゥッ! ハァッ……あ……あ……」


「コウ……?」


「――――――」


「っ!?」


 ガクリと白衣の元騎士から力が完全に抜け、クロムウェルの体に寄り掛かる。


 急激に重くなった体を支えながら、黒衣の王子は膝をつくと、剣を抜き去りコウの体を地面に横たえた。


「………………」


 雲がまた動く。


 隠れていた月が清廉なる光をまた大地へと解き放つ。


「馬鹿やろう……」


 月光に照らされたコウの表情は、先ほどまで狂気に満ちていたのが嘘であったかのように、安らぎに満ちた顔付きであった。


 感じていた全ての重荷から解き放たれたかのようなそんな表情で。


 まるでただ眠りについただけのようにも見える苦悶の欠片もない面持おももちで。


 復讐のために己の半生を全て投げうった男が息絶えていた。


 そしてそれを全て見送ってから――


「うぐぅ……」


 ――レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガードもまた、右胸から血を流しながら意識を失ったのであった。



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