第45話「私の全て②」
「ッ!?」
顔面から落ちるのを避けようと、コウが自ら地面を蹴り、首を丸め半回転して背中から大地に倒れ込み!
その体に組み付くレイリィースが、彼の胸に膝をつくようにして上から覆いかぶさった!
「グゥッ!」
投げ飛ばされた衝撃、全体重を上からぶつけられた痛みに、小さな悲鳴をコウが上げ。
彼の体の上に乗った紅のご令嬢は、左膝で剣を持つコウの右前腕を押さえ込み、腰から最後のナイフを左手で逆手に引き抜くと、それを敵の喉へと躊躇なく振り下ろした!
「お見事……」
「ッ!?」
その切っ先が空中で止まる!
裏切りの白騎士が唯一自由になる己の左手でもってそのナイフを止めたのだ!
ただ三本。親指、人差し指、中指の三指でもって、ナイフの腹を摘まみ、全霊の力で振り下ろされたレイリィースのナイフを喉から数センチの位置でピタリと止めた!
「ッ!!」
焦る伯爵令嬢が固めた左手の上に勢いよく右手を被せ、体重を乗せることでその数センチの距離を埋めようとし!
しかし!
「無理ですよ……」
そうしてもなお、刃がわずかに揺れるばかりで、白銀に輝くその切っ先は先に進もうとしなかった。
目を見開きながらもう一度と、と体重をかけるレイリィースに、コウから声が飛ぶ。
「弓術、剣術、指弾、ナイフ投げに組み技に、この躊躇いのなさ……。貴族のご令嬢とは思えないほどに洗練されていますが……。あくまで『貴族のご令嬢にしては』です」
体重をかけるために一度上体を起こした紅の伯爵令嬢。
その隙を見逃さず両足を蛇のように動かした白衣の元騎士が、足をレイリィースの両脇に差し込み、そのまま彼女を引き倒そうとする!
万力のような力を受け、背後に倒れ込む一瞬前!
レイリィースはナイフを手放し、膝立ちのような状態から足先だけの力で自ら背後に飛び退くことで、そのまま組み伏される状況だけは避けた!
しかし、緊急離脱にも似た無理な回避の仕方であったので、ろくに受け身も取れず、背中から石畳の地面に倒れ込んでしまう。
「グッ!」
それでもすぐに後転して距離を取りながら立ち上がり、コウを見やるとその先で――
「ふんふふ~ん」
――既に立ち上がっていたコウ・マクガインは、鼻歌を歌いながら己に突き刺さろうとしていたナイフを左手で弄んでいた。
それを見ながらも、視界の左端で吹き飛んだ父の剣が道の端で転がっているのをレイリィースは見出して、姿勢も低くその剣へ近づこうとする。
そんな彼女に向かって。
「ふん」
小さく息を吐くと共にコウが手のナイフを投げつけた。
「ッ!?」
目にも止まらぬ速さで飛来したナイフが、ザクリと音をたて紅の狩衣を引き裂き、レイリィースの右胸の肩付近に突き刺さる。
ナイフの飛来を察知して、避けようと身を反らしてなお、結果がそれであった。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
膝を折り、荒い息をつく紅の伯爵令嬢が。
刃の冷たさ、カッと熱くなるような不思議な感覚、そして肉に異物が突き刺さる鋭い痛みを感じつつも。
未だに戦意が滾る紅の瞳でもって裏切りの白騎士のことを見た。
「へぇ、まだそんな顔が出来るんですね……。はっきり言いますけど、あなたじゃ私に勝てませんよ?」
「フゥ……フゥ……!」
「もう手がないのでしょう? まだ何かあるのなら、わざわざ捨てた剣を拾いに行こうとはしませんものね。諦めたらどうですか?」
音もなく月明かりの下、復讐鬼がゆっくりとレイリィースへと歩み寄る。
右手に鈍く輝く剣を煌めかせ。
死への時間を意識させるようにゆっくりと。
コウ・マクガインがレイリィースへと近づいていく。
それを見た紅の伯爵令嬢は一度大きく瞳を見開き、目を閉じると共に深く息を吸い。
「ふんっ!」
またカッと目を見開くと共に、右肩に突き刺さったナイフを左手で乱暴に引き抜いた!
ピシャリとナイフに付いた血が飛び散り音をたて、ドロリと生暖かい血液が紅の狩衣を更に赤く染めていく。
それにも構わずナイフを一振りして血を払うと共に、彼女は切っ先をコウへと突きつけた!
左足を前に出し体を半身に構え。
傷など感じさせない鋭い表情のまま、コウのことを見る。
白衣の元騎士は少しだけ驚いた表情を見せながら、彼女へと問いかけた。
「いい加減、諦めたらいかがですか? そしたら楽に殺してあげますよ?」
一歩、言葉と共に近づくコウへ、紅の伯爵令嬢が言葉を返す。
「諦めませんわ! 私は絶対! 絶対、諦めません!」
キィンと耳が痛くなるような大声であった。
「愚かですわね、コウ・マクガイン様! あなたこそ! 諦めたらどうですか!? 負けるのが怖いのでしょう! だから惨めに頭を下げて『降参してください』と私に請うのですわ!」
「………………」
「諦めて欲しいのでしょう!? そうして頼み込むほどに! そうでしょうとも!! あなたは私に絶対勝てませんからね!! あなたのような卑しい性根の持ち主に、私が負けるはずありませんわ!!」
「もういい。黙れ」
一歩、跳ね飛ぶように踏み込んだコウが剣を振り上げ、それを神速の早さで真っすぐに振り下ろす!
「ッ!!」
その左脇へ! レイリィースは後先考えぬ動きで体を投げ出し、剣戟を辛うじてかわした!
しかし、これは本当にかわしただけの、次を何も考えていない動きだ。
受け身を取るでもなく無様に体を投げるだけの、回避とも言えない逃げの一手。
その動きを一瞬、疑問に思いながらも、振りかえったコウの視線の先に。
「よう」
右肩に担ぐようにして剣を構えたクロムウェルが現れ、白衣の元騎士に向かって斜めに剣を叩きつけた。




