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第42話「ざまぁねぇな」

「やめとけ。この王宮からは逃げらんねぇ。門を守る守備兵を増員して誰も外に通すなと伝えてある。逆らえば斬ってでも止めろともな」


「なるほど。誘い込まれた訳ですか……。内部の兵が少なくて油断していましたね。しかし、私の剣の腕前は王子が一番よくご存じなのでは?」


「ああ。お前は俺の剣の師だ。だが、今となっちゃ俺の方が強い。お前こそ俺に勝てるつもりかよ」


「ええ。無理でしょう。ですが――」


 コウの左腰。


 ジリッと響く小さな音に暗闇に浮く火花!


「――別に勝とうとも思っていません」


 白衣の復讐者は小さな動きで、剣の柄頭つかがしらを外すとそれをクロムウェルへと投げつけた!


 小さな拳大の丸い金具が真っすぐに、黒衣の王子へと飛んでいく!


「ッ!」


 小さく息を詰めると共にそれを鞘に収まった剣で打ち返すクロムウェル!


 上でも下でもなく。


 左でも右でもなく!


 正面に! 飛んできた方向へと! コウに向かって火のついた飾りが打ち返される!


 それを復讐鬼は笑みを浮かべて受け入れた!


 瞬間、ボシュウ!と音を立てて柄頭が破裂し、中から煙が吹き荒れる!


 続いて荒々しい足音と、ガシャンッ!というガラスの割れる音が響き。


 窓が割られたのか、ふき出す煙がクロムウェルから見て左手方向へと流れて行く。


「チッ! ティアラ!」


「はいはい。ちゃんと守ってちょうだいね」


 吹き上がる煙の中、クロムウェルの左後方から顔をハンカチで押さえたティアラが近づき、その背中の服を右手でツイと摘まむ。


「進むぞ」


 言葉と共に、周囲に警戒を払いながらクロムウェルが前へと進み、煙の発生源である金具を乱暴に剣で左方向へと弾いた。


 鋭く飛んだそれは流れる煙の動きに乗って割れた窓から外へと飛び出していく。


 煙の発生源が消え徐々に視界が晴れていく中、クロムウェルは集中を切らさず、周囲の気配を探り続けていた。


 荒々しい足音。窓が割れた音。その後、音は聞こえない。


 それだけで考えるのであれば、かの復讐鬼は既にここから逃げ去ったと想定すべきではあるが。


(あいつならそのフリをしてまだ潜んでいてもおかしくない……。だが、その裏をかいて既に逃げ出した可能性も……。それに俺の大切なものを頂いていくって言葉は……。クソッ! クソクソクソッ!)


 既に逃げ出したか、まだこの場にいるか、それとも『大切なもの』を奪いに行ったのか。


 どの可能性もある。どの可能性も致命の響きを匂わせている。


 だが、せめてこの煙が晴れ、視界が通るまではこの場にいる他ない。


 大声で衛兵を呼び、足音を紛れさすのも得策とは言えない。


 それに、クロムウェルの脳裏には先ほどコウの告げた言葉がへばりついていた。


『それが叶わないのであれば、せめてあの男の血族を皆殺しにする』


 この場にはかの復讐鬼がその対象とする人間が二人もいるのだ。


 やはり容易には動けない。


 ティアラが狙われた場合、今守れるのはクロムウェル以外にいないからだ。


 視界のない状況で、安易な行動を取るわけにはいかない。


 結果、黒衣の王子は窓から離れた壁際にティアラを背中で押し付けるようにして立ち、周囲に気を配る他なかった。


 そうして悶々としながら煙が晴れていくのを見守っていると。


 ふと、キィっとドアの開く音が響き。


「こ、これは何事ですの? いったい何が起きてますの!?」


 客室の一つが開くと、とぼけた女性の声が響き。


 左方向へと視線を向けたクロムウェルの視界に。


 その音に紛れるようにして遥か廊下の先で影が揺れるのが見えた。


「ッ!!」


 瞬間!


 背後のティアラを捨て置き、クロムウェルは影に向かって駆けだした!


 右手に持っていた燭台を投げ捨て、鞘から剣を抜き放つと、ママリィース伯爵夫人の横を通り抜け!


 その先にある部屋のドアを無理やり蹴り破り!


 灰色の眼光を鋭く光らせて、黒衣の王子が部屋の中へと一歩踏み入る!


 かくして、視線の先にその男はいた。


「王子、あなたは自分を過信しすぎだ」


 あけ放たれた窓枠に腰をかけ、怪しい笑みを浮かべる白い影。


 復讐鬼コウがそこにいた。


「私程度、己一人で押さえ込めると思っていたのでしょう? 無駄に兵を置けばいぶかしんだ私が逃げ出すかもしれませし、一人で何とか出来ると。まぁ、実際あなたには勝てませんから、それは正しいお考えなんですけど。でも――」


 これまで見せたことのないような暗い笑みを浮かべたコウが、腕を広げながら元主へと告げる。


「――だからこそ、こんな目に合うのです。自分を過信しすぎるが故に、こんな目にあうのですよ、クロムウェル・クォーツライト・アイリス……」


 一歩! 


 飛ぶようにして踏み込んだクロムウェルが、右手に持った剣を右から左に敵の胴を横薙ぎにしようと振り抜いた!


 しかし、その動きを見透かしていたかのように、コウは窓の向こう側へと身を躍らせ皮一枚の差でその斬撃を避けると、王宮の外へ向かって落ちて行く。


「ざまぁねぇな、クロムウェル」


 暗闇に響く声をかき消すように、クロムウェルは窓から身を乗り出すと、王宮中に響かせんとばかりに声を飛ばした!


「クロムウェル・クォーツライト・アイリスが命じる! コウ・マクガインが裏切った! 全衛兵、門を固めろ! 無理に戦おうとしなくていい! とにかく足止めと追跡に徹し俺の到着を待て!!」


 それを聞いてか、各地で鎧を着た兵が動く金属質な音が響き始め、クロムウェルもまたコウの後を追おうと窓から飛び出そうとして。


『ざまぁねぇな、クロムウェル』


 その声を思い出し、黒衣の王子は部屋の中へと視線を戻した。


 彼から見て左後方。


 その先にあるもの。


 大きな天蓋付きのベッド。


 うっすらと透ける薄絹の向こう側。


 人形ひとがたに盛り上がったそこに。


 一本のナイフが突き立てられていた。


「レイリィース……」


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