第41話「復讐鬼」
「ハハッ、ハハハハッ……。そりゃ、動揺するに決まってるじゃないですか。私が国王陛下の第二子? クロムウェル様の兄弟? そんな突拍子もない話をいきなりされたら、動揺の一つや二つしますよ」
「だそうだが、ティアラ?」
声だけでクロムウェルに問いかけられ、銀髪の公爵令嬢は右人差し指を立て、それを振りながら言葉を続けた。
「強がってるだけよ。そうでしょう、コウ・レーラリー?」
「何を……。私はコウ・マクガインです。マーロン王国、マクガイン男爵家の――」
「――養子、でしょう? 貧乏一代貴族の養子。あなたの本当の生まれは、どことも知れない下町の共同住居じゃない。嘘をつかなくていいのよ?」
「…………」
「マクガイン家は子宝に恵まれなかったそうね。だから養子を取った。よくある話じゃない。別に悪い事じゃないわ」
「…………それぐらいは既に調べが付いていた事でしょう。今更、何を言いたいのです?」
「そうね。ここまでは、あなたが近衛騎士として取り立てられるにあたり、調査した結果分かっていた事よ。それで、ここからが私が調査結果なのだけど……」
ニンマリと口を大きく歪めて、上目遣いにティアラがコウへと告げる。
「あなたのお母様の名前、ルクレツィア・レーラリーと言うそうね。いいお名前じゃない」
「聞き覚えのない名前ですね。母の名前はマリア・デジーリアです。ルクレツィアとはいったい誰の事ですか?」
「あらあら、お母さんの本当のお名前にそんな態度をとってはダメよ、コウ。フフフッ」
クツクツと笑いながら、銀髪の公爵令嬢が言葉を続ける。
「ルクレツィア・レーラリー。26年程前にこの王宮でメイドをしていた女性よ。濃紺の長髪に少し垂れた目付きをした、包容力のある優し気な人だったんですって。魅力的な女性だったんでしょうね。現国王陛下が密通してしまう程ですもの……」
「………………」
「そしてそれがバレて、時の王妃、サイアスの母の怒りを買い諸々の根回しの末、死刑となった。裁判に一日、死刑執行はその翌日。とんでもないスピード判決ね。ちゃんと記録を消してなかったら、王国の汚点になっていた事でしょう」
「そこで死んだ人間がどうやって私の母親になったと?」
「その時、死ななかったからよ。ルクレツィアを逃がした者がいたの。それが国王陛下。それがあなたの父親。それがリブデン・テンレス・アイリス。この事件の全ての元凶……」
「また馬鹿な話を……。荒唐無稽に過ぎます。それに結局証拠がないでしょう。私がそのルクレツィアさんの息子だという証拠が」
「それならあるわよ」
一瞬、コウの目がビクリと揺れ、ティアラのことを見た。
それを愉快気に見返しながら、銀髪の公爵令嬢が懐から青い宝石を取り出してみせる。
「物事を調べる時は、まずお金の流れを調べるようにしているの。クロムウェルの味方をすると決めた時、私はこの子の周囲にいる人間のお金の流れをまずは調べたわ。結果、あなた個人には不明なお金の流れはない」
「………………」
「でもねぇ、調査の手をマクガイン家にまで広げてみると話が変わるのよ。あなたを養子に取ってから羽振りが妙に良くなったの」
「商売が上手くいったのでしょう」
「フフフッ。マクガイン男爵は盗賊討伐の功により爵位を賜った武辺者よ。商才なんて欠片もなかった事は確認済み。それが何故か唐突に金回りが良くなった」
月明かりに宝石をキラめかせながら、ティアラが更に言葉を続けた。
「これがその答えの一つ。これね、記録では26年前にこの王宮から消えたとされる宝石なの。それが何故か、マクガイン家の名前で売りに出されていた。麗しき愛だとは思わない? 陛下にしてもほんのお遊びのつもりだったでしょうに、これほど上等な宝石を、しかも複数個も持たして逃がすなんて。フフフフフッ!」
心の底からおかしそうにそう笑い、白銀の伯爵令嬢がコウの事を見る。
「あなたのお母様が真相を明かしたのは何時なのかしら? きっと亡くなる直前でしょうね。それまで、宝石のことは一言も喋らなかった。そりゃそうよね。こんな高価な宝石をいきなり庶民が売りに出したら色々疑われちゃいますもの」
「………………」
「そして今際のきわに事情を話して宝石を与えた。そしてあなたはそれらを使ってマクガイン家に入り込んだ。そこで剣の腕を磨き、クロムウェルに見出され今ここにいる。まぁ、これは偶然でしょうけどね」
白衣の近衛騎士は何の言葉も返さない。
それ自体が一つの答えである事に気付いてはいたが。
断定口調で続くティアラの言葉に、全ては見透かされているのだと気付き。
そのふざけた口調に身を焦がすがゆえに。
彼は何も言えなかった。
「ねぇ、ルクレツィアさんって流行り病で死んだのでしょう? 一日に桶一杯の血反吐を吐いて大変だったそうじゃない。ねぇ、コウ・マクガイン。ねぇ、コウ・デジーリア。ねぇ、コウ・レーラリー」
黄金の瞳をギラリと輝かせながら、口元に笑みを浮かべて言葉が続く。
「ねぇ、コウ・アイリス。教えてちょうだい。興味があるの。情を交わした相手に捨てられて、息子をただ一人残して、あなたのお母様はどんな惨めな表情で死んでいったの? どんなお姿で血反吐の底に沈んで行ったの? フフフッ……フフフフフフッ!」
一瞬。
コウ・マクガインは息を止め。
そして次の瞬間!
白銀にきらめくナイフを懐から右手でティアラへと投げつけた!
その後、キィン!と軽い音が響く。
ティアラの隣に立つクロムウェルが握った黒鞘の剣でナイフをはじいたのだ。
「素敵よ、コウ」
突然の凶行に驚いた様子さえ見せず、白銀の公爵令嬢が告げる。
「あなたの今の表情。ようやくその素顔を見れた。これで最後の幕が開かれる。さぁ、コウ。あなたにも一役演じてもらうわよ? 舞台の袖ではなく、この舞台の上で……」
そうして続く幼げな笑みを睨みつける白衣の近衛騎士。
その表情。
暗く。深く。おぞましく。
恨み。憎しみ。怒り。憤り。
それが形となって浮かぶ恐ろしい表情。
普段の優し気な好青年の顔は消え失せ。
復讐のみに寄って立つ男が、そこにはいた。
一人の復讐鬼を前に一歩、クロムウェルが前に出る。
「コウ。一つだけ聞かせろ。このナイフ、こいつを持ってお前は今日何をするつもりだったんだ?」
「……決まってるでしょう? 殺すんですよ」
「誰を?」
「レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガードを」
「なぜ?」
「あなたが苦しむから」
「ッ! なぜ!? なぜだ!? 俺たちに何の関係がある? お前は何を考えているんだ!?」
「………………」
そう問われてコウは更に表情を憎々し気に歪めた。
罪なき母は陰謀の標的となり。
多くの貴族たちに追い込まれ死刑を求刑され。
世間を知らぬ王は容易く換金できない高価な宝石を、愛の証明と思い込み与えて逃がし。
苦しみ傷つきながらの生活の果てに
母は死んだ。
なぜ。
なぜ美しく、優しかった母が。
なぜ血反吐と汚物をまき散らしながら死なねばならなかったのか。
メイドに手を出した王が悪い。妬みから行動を起こした王妃が悪い。罪を被せて死刑にした貴族共が悪い。
そしてその犠牲を知らず、のうのうと生きている者たちが悪い。
この国が悪い。アイリス王国に与する全ての人間が悪い。
憎い。
憎い憎い憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!
憎くて憎くてたまらない!
この国が! アイリス王国という国が!!
自分たち親子を捨てたこの国が!!
憎い!!
ドロリとした感情に、ボウと火が付くのを自覚しながら、コウはクロムウェルへと告げた。
「復讐ですよ、王子。私の体は血の一滴に至るまで、この国への復讐のためにあるのです。あなたに取り入り、サイアス様に近づき、国家を混乱させ、亡国への道を歩ませる。それが叶わないのであれば、せめてあの男の血族を皆殺しにする。出来るだけむごたらしく、出来るだけ無様に……」
「あら、あなたもその血族の一人……。って、あーなるほど。そもそも生き残る気がないのね、あなた」
「生きる気はありますよ。全てが終わるまではね……」
言葉と共に、左腰に差した剣の柄へと手を伸ばすコウ。
クロムウェルもそれに対応するように腰を落とした。
そんな『元』主へと、復讐鬼の声が飛ぶ。
「さようなら。王子」
「コウ……」
「付き合う気はありませんよ。流石にこの王宮であなたの相手をするのは骨が折れる。ただ……」
「………………」
「あなたの大切なものを頂いていく」




