第30話「留置所内にて」
「早すぎる……早すぎますわ……。幾らなんでもこんなの無茶苦茶です……」
あれから一時間ほど後。
貴族裁判所の留置所内にて。
石造りの部屋の中、等間隔に並んだ鉄格子によって廊下と区切られたその場所で。
私はベッドに座ってモンモンとしていました。
服装は起きたと時と同じ。淡いブルーのワンピース型の寝間着です。
髪も同じく寝起きのまま、自慢の金髪を深紅のリボンで右サイドに纏めた状態。
そんな姿で薄暗い部屋の中、今の状況についてここ数十分ほど考え続けていました。
……これまでのループでは、私が告発されるまでお見合いから10日間の日数がかかっていました。
それでも一人の人間を貶めるには早すぎる程だったというのに、今回はたったの7日間。
いつもは夜なのに朝一番にコウ様がやって来た。
未来が変わっているってのは分かっていましたけど、これほど性急な変化をするとは……。
「今回の告発はこれまでとは、何かが違いますわね……」
そう。
以前のループまでの告発では、ご令嬢方の嫉妬心と憎しみが、大人達を、ひいては国家を動かし、私を陥れていましたが。
今回はその方々は関与していないはずです。
お見合いの日の翌日に開いたあの『会合』。
あれによってほぼ全てのご令嬢方は戦意を失い、私と敵対しようという考えを失われたはず。
これは才女と名高い、公爵家のご令嬢ティアラ・エルモンド・ディスパーション様が仰ったことですし。
実際その後、子爵家のご令嬢、アヤ・マリンフォード様の謝罪もあったことから考えても、真実味のある話ですわ。
しかし、そうなると今回の告発は一体誰によって引き起こされたのか……。
いや、もはや誰がしたかなんて、たった一人しか思い浮かびませんわね
「サイアス・ウルニム・アイリス第一王子……」
そして、コウ・マクガイン様……。
もしかしたならば、今朝ベッドの上で考えていたように、以前のループでの告発にもあの方達は一枚噛まれていたのかもしれません。
これだけ未来が変わっていながら。
『証拠は既にあがっています! あなたの筆跡の密書も、暗殺用の毒薬も、スパイと密会した目撃証言もあるんですよ! 逃げられると思わないでください!』
コウ様が私を捕まえる時に言ったセリフが全く同じだったのです。
状況が変わっていながら、そこだけが変わっていない。
違和感ありまくりですわ。
これまでのループにおいても、実は裏でサイアス様が全てを操っていらっしゃって。
自分の立場をより強固にされるために事件を起こした。もしくはそうなる様に全てを導いた。
そう考えるのがもはや自然なのかもしれません……。
そして今回の告発。
ご令嬢方が動かず、痺れを切らしたサイアス様が自ら強権を振りかざして陰謀を打ち立てられた。
今私はあのお方と敵対関係にありますし、私を追い込もうとするのは納得できます。
ですが、しかし……。
「何でしょう……この変な感じ……」
今。
この状況で。
私を殺す事にどんな意味がありますの?
自ら陰謀を企てて、表立って動くのはリスクが高すぎませんこと?
大貴族たちの不正の証拠を握り、己の権力を増強させようとしていると言うよりはむしろ。
自らの弱みを貴族たちに晒しているだけのような気が……。
いったい……サイアス様にどんなお考えが……。
ガチャンッ! コツコツコツコツッ!
そう考え込んでいると、ふと留置所の扉が開く音がして、数人の足音が聞こえてきました。
誰が来たのかと顔を上げて見てみると、鉄格子の向こう側に見知った顔が一つ、見知らぬ顔が一つ見えました。
「レイリィース様! なんとおいたわしや! このような場所に閉じ込められるなんて……!」
そう口にしながら鉄格子に張り付き、眉根を寄せるボーイッシュなご令嬢!
白い男性用の衣服に身を包んだアヤ・マリンフォード様です!
私は思わず立ち上がり、鉄格子に近づきながら声をかけました!
「ア、アヤ様!? どうしたんですの、突然このような場所に!?」
「はい! それが風の噂でレイリィース様が捕まったと聞きまして! しかも国王陛下暗殺未遂の容疑をかけられたとか! それで居ても立ってもおられずここに来たのです!」
「なんとまぁ! ありがとうございます! 嬉しいですわ!」
「いえいえ、私とあなたの仲ではございませんか。当然のことです!」
「うぅ……!」
やば、マジで泣きそうですわ……。
この繰り返されるループの中。
私ってばほとんどの時間をたった一人で戦ってきましたから、こういう人情に触れる展開にメチャクチャ弱くなってますわね……。
「うぐぐぅ……」
「あぁ、泣かないでください、レイリィース様。どうか涙を拭いて」
鉄格子のこちら側に右手を伸ばされ私の目の下を優しく拭われるアヤ様。
その指先の暖かさは春先の木漏れ日のように、私の心をふんわりと包み込みました。
……そうですわね。
私も泣いてばかりもいられませんわ。
まだ、まだ何も終わっていないのですから!
「ゴホン……」
決意を新たに目を拭う私の前、アヤ様の左隣に立たれた男性の方が一つ咳をして、私たちの注意を集めると口を開かれました。
「お初にお目にかかります、レイリィース様。私はアヤの兄、シナノ・マリンフォードと申します。よろしくお見知りおきを……」
シナノ様。
アヤ様と同じ濃紺の髪をオールバックに流した殿方で、白くゆったりとした衣服を身に付けていらっしゃいます。
身長は低く、女性にしては背の高いアヤ様より下、私と同じくらいでしょうか。
しかし体格は良く、ぱっと見では花崗岩のような風格を感じさせるダンディなお方ですわ。
「兄上はマリンフォード家の長男なんです。これでもまだ27歳なんですよ」
「アヤ……」
たしなめるように名前を呼ぶシナノ様に対し、首をすくめて苦笑いを浮かべるアヤ様。
……凄く自然な会話ですわね。本当に仲のいいお二人なのでしょう。
私には兄弟がいないので、こういう関係ちょっと憧れますわ。
そう思いながら見ていると、シナノ様が一つ息をつきながらこちらを見て告げられました。
「レイリィース様、一つお伺いしたい事がございますが、よろしいでしょうか?」
「は、はい。なんなりと」
「国王陛下暗殺未遂の容疑。証拠も全て揃っており、現状だけではあなたが本当に暗殺を企てたと、そう思わざるを得ません」
「………………」
「そこで一つ聞かせてください。あなたは本当に陰謀を企んだのですか?」
「企んでいませんわ」
そう言い切った私を、身動き一つせずジロリと見つめられるシナノ様。
心の奥底にある全てを見透かそうとするかの如く、アヤ様と同じ青い瞳で私のことを見ておられます。
私はただただ、それを見返し続けました。
この身には何ら恥じ入る部分もございません。
見たくば見ればいいでしょう! この私の立ち姿を!
「………………」
……でも今、私寝間着なのでそんなジロジロと見るのはご遠慮願いたいですわね……。
そんな事を考えていると、シナノ様がフゥと息を漏らし、口を開かれました。
「信じましょう。事態はどうにも複雑怪奇極まっているようだ……」
「シ、シナノ様……」
「そしてお許しを頂けるのであれば、どうか私にあなたの弁護をさせてください」
「えぇ!? よ、よろしいのですか!? 私は国王陛下暗殺未遂の容疑者ですわよ! そんな人間の弁護をするなど……」
「これでも私は弁護人の端くれです。真実を究明し、全てを明らかにするのが我が使命……。あなたが無実だと訴えるのであれば、その使命に従うまでです」
「おおっ! ……で、でももう既に私の弁護人って決まってるんじゃ!」
私を死刑にしたいのであれば、弁護人、検察官、裁判員全てを抱き込んでいてもおかしくありません。
てか実際に今までのループでは抱き込まれていたっぽいですし。
別の弁護人を今から立てるなんて、それを許してくれるようなお相手だとは……。
「いや、今ならまだ何とかねじ込めるでしょう」
「ほ、ほんとですの?」
「ええ。どうにも、ここも随分と混乱しているようですので……」
そう言いながら、視線をさまよわせるシナノ様。
言われてみれば留置所内にあっても、辺りをせわしなく行きかっている人々の足音と何かを言い合っている声が聞こえます。
仰る通り、随分と裁判所内も混乱しているようですわね。
まぁ、国王暗殺を目論んだご令嬢が捕まったとなれば、そうなるのも当然でしょうけど。
でも、これまでのループではもっと静かだったような……。
そう考えていると、ひとしきり沈黙されていたシナノ様が改めて私を見ると告げました。
「しかし、まずは時間稼ぎが精一杯と、そうご理解ください。あなたの無実を証明するには、現状証拠があまりに乏しい。今回は相手の不備を突き、判決を長らえさせることに注力いたします」
「は、はい」
「それでは手続きをしてまいります。次お会い出来るのは法廷の場になるやもしれません。4時間後です。お心のご用意だけでもお願いします」
「はい……」
って、ん?
4時間後? 法廷の場?
「ちょ、あの? 数時間後ってどういう意味ですの?」
私の言葉に、シナノ様は固い顔を更に固くしながら言いました。
「ご存じなかったのですか? あなたの裁判が始まるのは今日の13時。今からほんの4時間後ですよ?」
………………。
「ファアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?!?!?」




