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第29話「裏切りの人」

 コウ・マクガイン様。


 濃紺の短髪に温和な表情。


 白い衣装を身に付けた、貴公子然きこうしぜんとした物腰の柔らかな殿方。


 そして今、クロムウェル様付き近衛騎士の中で『筆頭ひっとう』とも称されるお方です。


 王子様のご信任も厚く、秘書官のような働きさえしておりますわ。


 噂でしか知りませんが、生まれは他国の一代貴族のご子息であり。


 8年ほど前に剣の腕と実務能力を見込まれて王子様にスカウトされたとか。


 そこからメキメキと頭角を現して今は近衛騎士だってんだから、凄い成り上がり物語ですわね。


 前回のループで拝見したところ、クロムウェル様からは友人、もしくは年の離れた兄のような慕われ方をしており。


 本人もそれを自覚していますが、臣下として一歩引いた立ち位置を取っておられます。


 見る限りでは忠義に厚く、時に諫言かんげんも出来る、有能な補佐官と言う雰囲気の方だったのですが……。


 そんなコウ様が、クロムウェル様の命を狙っているであろうサイアス様と深夜密会されていた……。


「…………うかつでしたわね」


 昨日の『盗み見』から一夜明けて。


 本日はお見合いの日から7日目の朝です。


 あのあと、王宮からほうほうのていで戻り、誰にもバレない様にベッドに潜り込んだものの、コウ様とサイアス様の密会という衝撃的な場面が脳裏から離れず、全然眠れずモンモンとしていた所です。


 なんにしても、うかつでしたわ。


 なんで私はもっとコウ様を警戒していなかったのでしょうか。


 あのお方はこれまでのループで私を毎回捕つかまえて来た方です。


 てっきり、命令が下されたからそれに従っているだけだと思っていましたが。


 もしかしたら、違うのかもしれません。


 もしかしたならば、コウ様もまた陰謀に加担している人間の一人なのかもしれません。


「となると……これは……どうなりますの……」


 疑念と考察が脳裏で揺れ動きます。


 私はこれまで2つの陰謀が、私とクロムウェル様をそれぞれ別個べっこに狙っていると思っていました。


 ご令嬢方の嫉妬心から起こる陰謀により私が殺されて。


 サイアス様の陰謀により王子様が殺される。


 しかし、もしかしたならば……。


 もしかしたならば、これらは全て一つに繋がっているのかもしれません。


 私が無実の罪で死刑に処されるという事は、多くの大貴族が不正に加担するという事であり。


 もし、その不正の証拠を掴めていれば、各貴族の大きな弱みを握った事になります。


 それは政治的に大きな影響力となるでしょう。


 それに王子様の死も。


 既に国家の新鋭として名高い王子様。


 あのお方が死んで最も得をし、最も権力に近づく人間は。


「……サイアス・ウルニム・アイリス第一王子」


 全てがただ一人の人物の元に繋がっていく……。


 そんな不気味な感覚がありますわ……。


 ご令嬢方の嫉妬心も、それにつられて動いた大貴族の方々も。


 孤独に生き、それに耐えきれず、伴侶を求めてお見合いを開かれた王子様でさえ。


 もしかしたら、一人の人物の手のひらの上で、転がされていたのに過ぎないのでは……。


「………………」


 ブルリと思わず背筋が震え、布団の中で体を丸めます。


 い、いや。さすがにそれはあり得ませんわよね?


 いくらなんでも、仮にそうだとしたら遠大えんだい過ぎる計画ですわ。


 たまたま上手くいっただけで、全てが計画通りだったなんてあり得ません。


 石につまづいてこけてしまった時に、誰かが石を置いたのだ、と言うような物です。


 そこまで考え過ぎるのはもはや病気ですわ。


『ゴーン。ゴーン。ゴーン。ゴーン』


 そう震えていると、聞き慣れた古時計の音が響きます。


 それが鳴り終わると同時に、ノックの音が響きました。


「……お入りなさい」


 布団から体を起こし、衣服を整えてからそう声をかけます。


 扉から入って来たのは、いつもの執事服に身を包んだ爺や、セバスチャンでした。


 何やら手に小さな茶色い蓋つきのバスケットをたずさえています。


 一人分のお弁当が入るサイズのごく小さい物ですわ。


 それを片手に抱えた爺やが、私の右手側、ベッドの側まで近づいてきて、少し困った顔を見せながら私に声をかけて来ました。


「おはようございます、お嬢様。……どうにも顔色が悪いようですが、お体の調子はいかかでしょうか?」


「ああ、大丈夫。少し寝不足なだけですわ。それより、その手のかごはどうしましたの?」


「ああ、これなんですが……お嬢様宛てのお荷物でして……」


私宛ての? どなたから?」


「それが差出人が不明なのです。どこぞの小間使いが小銭を握らされて持って来たそうで、それを頼んだ人間も別の誰かから頼まれたとか……」


「別の誰かから……随分と手間をかけてますのね……。それで中身は? あらためたのでしょう?」


「はい。危険物が入っていないのは確認しております。ですが……なんとも判断に困りまして、お嬢様に確認してもらおうとここまで持って来たのです」


「なるほど……」


 爺やからバスケットを受け取ります。


 軽いですわね。ほとんど中身の重さを感じません。


 一体何が入っているのでしょうか。


 そう思いながら、留め具を外し、蓋を開けると中身へと目を向けます。


 そこにあったのは――


「ん~……?」


 ――パイ、ですわね


 小麦粉とバターで作る、手のひら大で円形の小さなミニパイですわ。


 具材として輪切りにしたオレンジが入っており、それを上から蓋するように格子状の生地が等間隔に並んでいます。


 上から見ると、まるで太陽を閉じ込めたかのようにも見える――――



『レイリィース。あなたのお名前はね。皆を照らす暖かな光となるようにって、太陽の女神様からお名前を頂きましたのよ。だからどうか、いつまでも笑顔の絶えないい子でいてちょうだいね』



 ――――ふと思い出されるお母様の言葉。


 私の名前、レイリィース。


 このミニパイ。


 輪切りのオレンジ。


 格子状の生地。


 太陽の女神。


 閉じ込める。


「………………」


「お嬢様?」


「い、いやいやいやいやいやいや。考え過ぎ! 考え過ぎですわ! こんなもん、たまたまに決まってます! 石につまづいて転んでしまうのは、それが元々あったからで! 誰かが置いたと思うのは病気ですわ!」


「お、お嬢様!?」


「ほら! もうこんなパイなんてペロリです!」


「ちょ! それまだ毒味しておりませ――!」


「モグモグモゴゴクリ……」


「お、お嬢様! 大丈夫ですか!? 異変がありましたらすぐに吐き出してください! まったくもう! どこの誰が作ったか分からない物を躊躇ちゅうちょせず、お口に入れるなんて信じられません!」


「………………」


「お、お嬢様? ま、まさか本当に!?」


「じ、爺や……」


「な、なんでしょう!? 解毒薬が必要ですか!?」


「このパイすっごく不味いですわ……」


「えぇぇ……」


 本当に美味しくありません……。


 生地は生焼けですし、オレンジは酸っぱすぎますし、砂糖が少なすぎてお菓子っぽさが欠片もありませんわ。


 パイの魅力って『サクッモリッ!』って感じの食感がだと思うんですけど、これは『ベチョッベベタァ……』って感じです。


 致命的なミスはしていませんが、小さなミスが積もり積もって、どうしようもない不味さをかもし出していますわ。


 お菓子作りなんてろくにした事のない人が、見よう見まねで作った。


 そんな感じですわね……。


「………………ん?」


 普段作らない人がこのパイを作った……?


 そんな立場の人間が。


 何かを知り。


 それを伝えるためだけに。


 パイを焼いて送って来た。


 誰にもバレないように手間暇てまひまをかけて……。


「………………」


 これ……もしかして……。


 本当に今、もの凄くマズイ状況なんじゃ……。


「じ、爺や……着替えの準備を」


「は、はぁ……」


「それと……それとジョー様を――」


 思わずクロムウェル様が私につけてくれた護衛のジョー様を呼び出そうとして、はたと気付きます。


 側近の近衛騎士であるコウ様でさえ裏切っているというのに、ただの騎士に過ぎないジョー様がいったいどれほど信用出来るって言うのでしょうか。


 もしかしたら、ジョー様も。


 裏切っている可能性を否定できません。


 ならば今……。


 私はどうすれば……。


 そう悩み、息を止め考えていますと。


 ふと屋敷内で複数の人間が走り回る乱雑な音が響き。


 それが徐々に近づいてくると、バタン!と音を立てて扉が開かれました。


「レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガード! あなた、王子の婚約者でありながら外国と通じて国王陛下の暗殺を企てましたね!」


 もう何度も聞いたその声。


 濃紺の短髪を揺らしながら。


 コウ・マクガイン様が。


 普段優し気な表情をきつく引き締めて。


 私の部屋に押し入ってきたのです。


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