第28話「深夜の王宮」
深夜。
王宮にて。
「………………フゥ」
その最上階にあるバルコニーから鍵を開け、王宮内の一室へと侵入します。
さすがに疲れましたわね……。
多少の道具を使ったとはいえ、ほぼ垂直の壁を地上から3階の位置にあるこの部屋まで登り切るのは骨が折れましたわ。
まぁ、何にせよ。
ここ3日間ほどろくに進展がございませんでしたが、今度こそ何か情報を掴んでみせますわ!
昼間はジョー様が付きっきりで周囲を固めてますし、何かと話しかけて来ますし、サイアス様との接触も避けるように動かれてますので、何も知る事が出来ませんでしたが。
今こそ巻き返しの時ですわ!
現在、私は顔の目の部分以外を窮屈な黒い衣装の下に隠した隠密スタイルで王宮内に忍び込んでいます。
これまでのループで、ご令嬢方の情報を漁るときによく着ていた服ですわ。
そんな服を着て、ワザワザ危険を冒してまで王宮に忍び込んでいるのにはもちろん理由があります。
と言っても、単純に昼間は警備が厳しすぎる上に目立って仕方ないから夜に忍び込んでるってだけなんですけど。
こんな所、忍び込みでもしないと来れるはずがありませんもの。
「……スゥー……スゥー……」
国王陛下の寝室なんて、いち貴族令嬢が入れる場所ではございませんわ。
バルコニーから忍び込んだ私の左前方、広い部屋の一番奥で天蓋付きのベッドに横たわり静かに眠る男性。
アイリス王国の現国王陛下、リブデン・テンレス・アイリス様。
静かに近づいてみれば、薄っすらとした天蓋越しに、白くなった髪の毛に蓄えられたおヒゲ、深くシワの入ったお顔が拝見出来ます。
以前チラリと見た時よりも随分とやせておられますわね。
胸の前で組まれた手には張りがなく、まるで鳥肉の皮のような質感です。
頬もこけ、目も落ちくぼんでいますわ。
御年52歳ほどの年齢だったと思いますが、このお姿を見る限り、そんな感じは全然しませんわね。
もはや弱り果て、最後の瞬間を待つのみのご様子に見えます。
おいたわしい事ですわ……。
一瞬、瞳を閉じ小さく祈りを捧げた後、背後へと向き直りバルコニーへと戻ろうと足を踏み出します。
前回のループにおいて。
王族しか知らない秘密の地下通路で襲撃された私達。
その襲撃を命じた第一候補はサイアス様ですが。
第二候補は今ここで寝ていらっしゃる国王陛下でした。
まぁ、クロムウェル様が『父上は最近、寝たきりだから』と仰ってましたので、可能性としてはごく低い物だとは思っていましたが、それでも外堀を埋めるためにも一度確認しておきたかったのですわ。
そして、間違いなく陛下は関係ないと確信出来ました。
恐らくは、もはや立つこともままならないようなご体調なのでしょう。
こんな状況で息子を殺すように命じられるとは思えませんわ。
まぁ何にせよ、メインディッシュはこれからですわね。
この王宮の3階にはサイアス様の私室もあります。
そして外から見たところ、今の時間になってもその部屋にはうっすらと明かりが灯っていました。
もしかしたら、何らかの密会が行われているのかもしれません。
そしてそれが一連の陰謀に関係するものかもしれない。
そう思えば、のぞき見しに行かない手はございませんわ。
「……すま……ない……」
そう思いつつ『よし!』と意気込みながら再度バルコニーへと向かう私の背後。
うっすらと声が響きます。
「……すま、ない……ルクレ、ツィア……すまな……い……」
しわがれた国王陛下の声。
起きられたのかと思い、しばらく息を止めて身動きを止めていましたが。
その後、規則正しい寝息が続いたのでただの寝言のようですわね。
しかし、ルクレツィア……?
いったいどこのどなたなのでしょうか?
女性の名前みたいですが、私の知る限りではそう言った名前のお方は存じ上げません。
サイアス様とクロムウェル様は異母兄弟で、そのどちらのご母堂も既に亡くなられていますが、その方々ともお名前が一致しませんし。
ごく個人的なお知り合いなのでしょうか?
それに『すまない』とはいったい……。
寝言で思わず口にしてしまうほどの何かがあったのでしょうか……?
それとも夢の中で何か……。
「………………」
いえ、考えていても仕方ありませんわね。
とりあえず、サイアス様の方に向かいましょう。
なにか分かればいいですけど……。
そう思いながらバルコニーに出て、右手側にある同じ造りのバルコニーに目を向けます。
……やはりわずかに灯りが漏れてますわね。
隣のバルコニーまでは走ってジャンプすれば届く程度の距離ですが、そんな派手な音立てたら気付かれちゃいますわ。
ここは大人しく壁を伝っていきますか。
わずかに雲がありますが、月が出ているので視界は十分に取れます。
漆喰のわずかなデコボコに、そして石造りの部分に手をかけ指をかけ。
時に小さなナイフで傷をつけ、それを手がかり足がかりとしながら進んで行き。
バルコニーの柵に手をついて、静かに降り立ちます。
そのまま音を立てないように壁に耳を寄せ、何か聞こえないかと耳を澄ませてみますが……。
「――――――」
話し声は聞こえますが、内容までは聞き取れませんわね……。
さてどうするか……。
ここまで来て、何の成果も得られませんでした、では済みませんよね……。
私は少しの逡巡の後、灯りの漏れるバルコニーの出入り口、掃き出し窓へと近づき始めました。
中から私の存在が分からないように床に体をピタリとつけて、匍匐前進のような姿で、ウネウネと動きながら近づいて。
そして窓の下から、わずかなカーテンの隙間を通して部屋の中をのぞき見ます。
少しだけ映る執務机、そこに座っているサイアス様。
そしてこちらに後ろ姿を見せているもう一人の人物。
あのお方は――
「…………ッ!?」
――なんで、なんで!?
なんでこの人が!?
なんでコウ・マクガイン様がここにいますの!?
その私の動揺が床越しに伝わってしまったのでしょうか。
ふと、何かに気が付いたかのようにコウ様が顔を上げられると、こちらへ振り返ろうとされて。
そのお顔がこちらに向くより前に、私は体を窓から離すと、バルコニーから壁沿いに身を投げ出していました!
以前、別邸で爺やから逃げた時と同じです。
壁にあるわずかな突起や窓枠、そこに手をかけ足をかけ勢いを殺しながら地面へと近づいていき。
「…………ッ!!」
そして大地に両足を着くと同時に前転して衝撃を受け流す。
しかし、以前とは違い完全に殺しきる事が出来ず、全身に鈍い痛みが響きましたわ。
それでも宵闇の中、無理を押して王宮の外へ向かって走り出しました。
今は少しでもその場から離れるために。
何としても生き残り、この情報を持ち帰るために。
私は走り続けました。
――――――
「………………」
「突然バルコニーに出て、どうかしましたか、コウ?」
「……いえ。何か物音がしたように思ったのですが、どうやら気のせいだったみたいです」
「物音? 私は全然気づきませんでしたが……」
「たぶん虫か何かでしょう。最近、温かくなってきましたから」
「虫……虫ですか……。虫は嫌いです。どこにでも入り込んで……気味の悪い……」
「………………」
「ああ、もちろん。お前の事は好きですよ、コウ・マクガイン。クロムウェルに取りついた、我が獅子身中の虫よ……」
「フフフッ……。光栄です、サイアス王子……」
「クハハハハッ。さぁ、そろそろ始めましょうか。アイツから全てを奪ってやりましょう……。そう、全てを……! クハハハハハッ!」
「フフフッ。フフフフフフッ……」




