第26話「キス」
……ほんと、何やってんでしょうね私。
あんなこと言ってしまってはもう調査どころの話じゃありませんわ。
サイアス様との敵対路線が確定してしまったような物です。
警戒されてしまうでしょうし、これからの動きが大幅に制限されてしまいましたわ……。
「はぁ~……」
でも、分かったこともありますわね。
それは『サイアス様がやはりクロムウェル様を嫌っている』という点です。
いや、下手すれば憎んでいる可能性さえあります。
現に今、お二人は久しぶりに顔を合わされたと言うのに。
にこやかなクロムウェル様とは対照的に、サイアス様は笑顔の一つも見せず、視線さえ向けられませんでした。
加えて私にしたあの挑発的な発言。
クロムウェル様の内面を悪しざまに仰るあの口振り。
とても良好なご関係とは思えませんわ。
やはり、暗殺を命じた犯人として最も怪しいのは――
「おいおい、無視すんなよ……」
「あっ! ご、ごめんなさいまし! ちょっと考え事を……」
「はぁ……。いいから答えろよ。俺がたまたま通りがかったからいいような物の、一体なにしたらあんな状況になるんだ?」
「それは……」
さて、どう答えましょうか……。
『私が婚約者として選ばれたのは王子様の孤独を癒すためだ』ってネタばらしされたと素直に言いましょうか……。
いやいや。
そんな繊細な話いきなりぶっこむのは考え物ですわ……。
それにここでの話は内密に、とサイアス様と約束したばかりで……。
あ~~~~~……。
『お嬢様、挑戦なくして成功はなしですぞ?』
…………そうですわね、爺や。
どうせ考えたってろくな案は出てこないんですから、全部素直に話しちゃいましょうか。
そう心に決めると、私は一度大きく深呼吸してから王子様に言いました。
「王子様が私を選んだ理由を言われましたの。曰く、あなたが感じている深い孤独感、それを癒すためだけに私は選ばれたのだと」
「それは……」
驚きに息を止め、目を見開くクロムウェル様を前に、その目を見つめながら言葉を続けます。
「ですから『恥を知れ』と言ってやったのですわ。例えそれが事実だとしても、婚約ホヤホヤの私にそんな告げ口するなんて、性格が悪すぎると」
「お、おいおい……」
「そしたら逆ギレされてあの様ですわ。実際、来ていただいて助かりました。あともうちょっとで大騒ぎになっていましたもの」
「………………」
そう吐き捨てるように告げた私を前に、王子様が眉根を寄せ視線を逸らされると、しばらく口を閉ざされました。
まぁ、自分の内面を実の兄によって暴露されたと言われればそんな反応にもなりますか。
何をお考えになられているのか、身動き一つせずそうして黙っておられましたが、不意にこちらを見ると告げられて。
「すまない……」
「えっ? 何を謝られてますの?」
「兄上が言ったことは本当だ。俺がお前を選んだ理由は俺個人の……ごく身勝手な感情が理由だ。軽蔑してくれてもいい」
「いや、別にこの程度で軽蔑しませんけど」
「えっ?」
また呆けた顔で驚かれる王子様に言葉を続けます。
「だって私達、まだろくに会話もしたことがないじゃありませんの? それなのに愛し愛される仲になってる方がおかしいですわ。そうじゃございませんこと?」
「それはまぁ……そうだが……」
「それにですね」
「?」
「将来あなたは私に惚れるので、今どう思われていようと私まったく気にしませんわ」
私の言葉に目をまんまるにしてこちらを見る王子様。
そうそう。
本当に驚いた時、この方こういう顔をされるんでしたわね。
普段の凛々しい表情とも違い、感情が表に出てる時は年相応な、まだ幼いお顔をされるのです。
はぁ~なんか癒されますわぁ~!
蛇みたいなサイアス様とはやっぱり違いますわねぇ!
そう思わず笑みをこぼしていると、また眉根を寄せられた王子様が私に問いかけて来ました。
「何故だ、レイリィース?」
「何がでしょう?」
「お前は以前、俺に惚れたと言ったな。だが、俺はどうにも違和感を感じている。お前の言葉に一切の嘘を感じない事にだ」
「と言いますと?」
「お前、俺とお見合いした令嬢連中を集めて、何やら派手な事をしでかしたらしいじゃないか」
……さすがに知られてますか。
まぁ、口止めした覚えもないですし当然ですわね。
「全部で23人。家格が上の奴もいた。それでもそいつら全員集めて、そんで皆に納得させちまった。俺とお前との婚約を……」
「実感ないですけど、どうにもそうらしいですわね」
「その上、今度は兄上を罵倒したとか言う」
「まぁ、それはその場の流れで……」
私の声を聞き、王子様がジロリとこちらを見られます。
「俺にそれほど入れ込む理由が分からねー。ろくに会った事もない、話した事もない相手にだ。例え王子である俺との婚約関係を守るためだとしても、お前の行動は行き過ぎてる部分がある。なぜだ? 何がお前をそこまで動かす?」
その瞳に映っているのは私ではなく、私が放つ『謎』でしょうか。
そりゃまぁ、ろくに関係性のない婦女子が自分との婚約関係のために死力を尽くしていたら疑問の一つも覚えますわ。
実際、そんな深い理由はないんですけど。
死ぬ気で愛されたから死ぬ気で愛し返しているだけです。
いや、でも――
「そうですわね……」
――いい機会かもしれません。
今まで誰にも言った事ありませんでしたが。
私の『ループ能力』についてお話してみましょうか。
ここまでしている理由を説明しようとしたら、話さずにはおけない内容ですし。
まぁ、絶対危ない薬をやってると思われちゃうでしょうけど……。
でも、もしかしたら納得してお力を貸してくださるかもしれません。
いやでも……。
ええい、女は度胸です!
言うだけ言ってみましょう!
「実はですね」
「おう」
「私には『死に戻り』の能力がありまして、お見合いの日からここ十数日間を行ったり来たりしてますの。死ぬ理由はご令嬢方の嫉妬心が原因で、国王陛下暗殺の嫌疑をかけられて死刑にされてしまうのですわ。これをもう数十回は繰り返しているのですが、前回のループで王子様の調査をしていた所、何やらあなたが私に惚れまして、死刑になりそうな所を救け出され、秘密の地下道で一緒に逃げ出したのですわ。でも道中、暗殺者の襲撃にあい私をかばった王子様が毒によって死んでしまいますの」
「………………」
「それで私も思った訳ですわ。『この人と一緒に生きたい』『共に未来を歩みたい』って。だからその場で死に戻りして、今回のループで必死こいて色々してますの。私の行動に行き過ぎた部分なんて一つもありません。ただ、あなたが私のために命を懸けられたから、私も命懸けで事に及んでいるだけです。ただそれだけなのですわ」
「……………………フゥ~」
私の話を聞いて、薄く息を吐かれる王子様。
瞳を閉じ、大きく息を吸い、また吐き出して。
こちらを見ると口を開かれる。
「クスリでもやってんのか、お前」
………………。
「だーから言いたくなかったんですわ、こんな話! 絶対信じて貰えないって思ってましたもの!」
「たりめーだろ。『死に戻り』の能力とか誰が信じるんだよ、そんなファンタジーな設定」
「ムキー! 何ですのその態度! 監獄にある秘密の地下道も私は知ってますのよ! 少しは信じてくださいまし!? その後、港町で使う合言葉も知っています! ステイル村の古くからのーー」
「地下道? 合言葉ぁ? 妄想も大概にしろっての」
あっ! この人、王家の秘密だからって認めないおつもりですわ!
確かに私が適当言ってて偶然当たっただけの可能性もゼロじゃありませんから、そのお気持ちは分かりますけど!
もしくはサイアス様が、私を使って揺さぶりをかけてるだけの可能性もありますから、知らんぷりされる気持ちも分かりますけども!
でもっ! でもっ!!
ちょっとぐらい信じてくれてもいいじゃありませんの!!
こんなに頑張ってるんですから私!!
行動で見てくださいまし、行動で!
これぐらいの理由がないと、ここまで普通出来ませんわよ!?
「だがまぁ……」
モンモンとする私を前に、王子様が再度口を開かれます。
「俺がお前に惚れたら信じてやってもいい」
「えっ?」
………………。
「オーッホッホッホッホッ! 言いましたわねぇ! 前回のループで私はあなたのツボを調べつくしてますのよ! 王子様を落とすことぐらい朝飯前ですわ! クロムウェル、敗れたり!ですわぁ!」
「……じゃ、俺の好きな食べ物は?」
「私の焼いたクッキー」
「…………俺の趣味はなんだ?」
「休みの日に仕事をすること」
「………………」
な、なんでしょう。
すっごくうさん臭そうな顔を王子様がされていらっしゃるんですけど……。
「まぁいいか……。そろそろ俺も仕事に戻るわ。お前も今日の所は家に戻れ。なんかあったらすぐに連絡しろ。いいな」
「ちょちょ! ちょっと待ってくださいまし! 早くないですか!? もっと! もっとお話しましょうよ! もっと好感度稼ぎさせてくださいまし!」
「口にするなよ、そんな事……」
はぁ、とため息をつきながら王子様が席を立たれて。
同じく、席を立とうと腰を上げる私に告げました。
「今日は俺もこの後忙しい。そんな状況で今みたいにあーだこーだ言われたら逆に嫌いになっちまいそうだ。それでも付いてくるか?」
「ぐっ!!」
そう言われるとこっちは弱いですわ……。
王子様に嫌われる訳にはいきませんし……。
でも……でもぉ……。
しかれどもぉ……。
「せっかくこうやってお会いできたのに……。もうお別れなんて寂しいじゃございませんの……」
「………………」
私のその言葉に、ふと王子様が無言で近づいてくると、私のすぐ側にまでいらっしゃいまして。
そして――
「…………」
――私の左肩に左手を置かれると、おでこの辺りに唇を薄く押し当てられました――
って!?!?
「ワヒャアッ!?」
と、突然!? こ、このお方、今何を!?
体をビクリと震わせ驚く私から離れ、王子様が背中越しに右手を振りながら告げられます!?
「アッハッハッハッハッ! じゃあな、レイリィース!」
その背中を、頬を赤く染めた私はただただ放心して見送る事しか出来ませんでした。
――――――
「ジョーは今日にも帰ってくるか。ハハハッ。面白くなってきたな。ジョー・ジャック・ジャン・ジョーンズはどう動くかな? フフフッ」




