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第25話「闖入者」

「い、今なんと? 私に、この私に恥を知れと?」


「ええ。恥知らずに恥を知れと言ったのです。聞こえませんでしたか?」


「クハハハッ! なるほど! なるほど!?」


 大きく口を歪めて笑いつつ、サイアス様が右手を上げ、指をクイと動かされる。


 すると、周囲を見張っていた黒服さん達が揃ってこちらに向かって来られました。


 総勢6人。


 東屋の入り口から中に入ると、サイアス様が更に指を動かされ、その動きに合わせて私達を取り囲んでいく。


 私の後方に横並びで2人。右と左に1人ずつ。サイアス様の背後に2人。


 逃げ場を完全にふさがれた形ですわね。


「それで――」


 自分に有利な状況を作ってから、サイアス様が再度口を開かれます。


「――もう一度、今の言葉を言えますか? この私に対して」


「恥知らずの小心者と、そんなに言って欲しいのですか?」


 瞬間!


 私を取り囲む黒服さん達が、腰に下げた剣に手を伸ばし、一息に引き抜こうとされる!


 しかし、サイアス様がまた右手を上げ、それをおさえられました。


 余裕の笑みを残したまま、王国の第一王子が告げられます。


「失敬。私の護衛はどうにも気が荒くて、主人を侮辱する人間を許さないのですよ」


「ははぁ。指摘を侮辱と捉えるお利口りこうさん達の集まりなのですね」


「…………ふぅ。どうやら、ご自身の立場がよく分かっていないようだ」


 ピクリと苛立いらだちを抑えるように頬を動かしつつ、サイアス様が言葉を続けられます。


「私がこの手を振り下ろせば、彼らはあなたを容赦なく斬りつけます。素直に謝るなら今のうちですよ?」


「なんと謝れば? 『実の弟をそしり、婚約を嘲笑あざわられたサイアス様。事実を言って申し訳ございませんでした』と。そういえば満足ですの?」


「ふん。私はただ、本当の所を言っただけです。実際あいつは――」


「――私が気にいらないのは」


 サイアス様の言葉をさえぎり言葉を発します。


「あなたの悪意ですわ、サイアス様」


「悪意?」


「ええ。例えそれが事実であったとしても、今この場でそれを口になさるのは、私共の婚約を揶揄やゆしたいというあなたのみにくい自意識、そのあらわれではありませんこと?」


「クフフフフッ。なるほど。私は親切心から言ったつもりでしたが、先ほどの言葉に悪意がひとかけらもなかったと言えば嘘になるかもしれませんね」


「………………」


「ですが、恥知らずとまで言われるのは気に入りません。謝罪と訂正を」


「いやです」


「…………ただの脅しと思っていますか? 私が本当に右手を振り下ろすはずがないと」


「いいえ。ですがやるなら覚悟してやる事です」


 机の上に載った紅茶を皿ごと手に取って、その香りを嗅ぎつつ言葉を続けます。


「この方々6人では私を押さえきれませんから」


「…………ッ!? クハハハハハッ! なるほど! その考えはなかった! 6人では足りませんか!! クハハハハハハハハッ! そうですか、そうですか!!」


 おっしゃりながら、お腹を抱えて笑うサイアス様。


 背中を曲げ机に顔を寄せ、大きな声で笑われて。


 しかし、それでもなお右手は掲げたままですわ。


 側に立つ黒服さん達も身動き一つせず、剣のつかに手をかけたまま静止されています。


 素晴らしい忠誠心。いや、異常とも言える立ち姿ですわね。


 笑う王子とお茶を飲むご令嬢、立ち並ぶ黒服。


 そんな異様な集団が占拠する東屋あずまやの中。


 ひとしきり笑われたサイアス様が、笑顔の残滓を顔に残したまま、椅子の背もたれに体を預けると長い吐息をはかれて。


 こちらをチラリと見た後。


 視線を右手へ移されて。


 そしてそれを――


「おっと。今中庭で一番景色の良い東屋を、誰が占拠してるのかと見に来てみれば、見知った顔が並んでるじゃねーか?」


 瞬間、響く声。


 この声は。


 この甘くハスキーな、聞きなじみのあるお声は。


 この喋り方は!


「兄上にレイリィース。二人っきりでお茶会か? 婚約者の俺だってまだそんな事した覚えがないんだがな?」


 クロムウェル・クォーツライト・アイリス様!


 私の、私の……。


 私の愛するお方!


「邪魔するぞ」


 王子様が言葉と共に東屋の中に入って来られて。


 その一瞬前に、サイアス様が指を振られて護衛の方々を脇に散らされました。


 黒服の間を歩いてクロムウェル様が茶会の席に近づくと、サイアス様の左横に立たれ笑いながら声をかけられます。


「実際に合うのは久しぶりだな、兄上。元気にしていたか?」


「……ああ、健康にやってるよ。本当に久しぶりだ。書面では何度かやり取りしていたが、こうして実際に会うのはな。お前に避けられてるんじゃないかと、そう思っていた所だよ」


「ハハハッ。そんな訳ないだろ? たった二人っきりの兄弟なんだ。仕事の都合でたまたまさ」


「そうか。そうだな。お互いに忙しい身の上だ。しかも、これからもっと忙しくなる」


「…………そうかもな」


 そこで一度会話が途切れ。


 クロムウェル様がこちらを見ると左手で私を指し示しながら口を開かれました。


「まだ紹介してなかったな。俺の婚約者のレイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガードだ。まぁ、もう知ってると思うが」


「ああ。お前が来るまで楽しく会話をしていた所だ」


「おっと、そいつは一歩リードされたな。実のところ、俺はまだこいつとろくに会話したことがなくてね。どうだった、話してみて?」


「実に――」


 一度そこで言葉を切り。


 カップに残った紅茶を一息に飲み干されると、サイアス様が私を睨みながら言葉を続けられました。


「――実にいい子だった。クロムウェル、お前は人を見る目があるな」


「……そうだろ? 自慢の一つなんだ」


「ああ。その調子でこれからも国家のために働いてくれ。それではな。私は仕事に戻るとしよう」


 そう言いつつ立ち上り、またこちらへと視線を向けられるサイアス様。


 その顔が先ほどまで見せていたうさん臭い笑顔に変わると。


「レイリィース嬢、ここであった事はお互い内密にしておきましょう。その方がよろしいかと」


 と、告げられて、私もそれに笑顔を返しながら答えました。


「分かりましたわ。……あっ、それとサイアス様」


「なにか?」


「色々と申し訳ございませんでした。それだけはお伝えしておきますわ」


「なるほど『謝罪』だけですか……。クフフフフフッ……。なるほど……なるほどね……」


 暗い笑みを浮かべながら黒服を引き連れて東屋から出て行ってしまうサイアス様。


 その背を見送って、ようやく気を抜く事が出来ました。


 調査したかっただけですのに、なんだってこんな喧嘩を売るような事態になってしまったのでしょうか……。


 もう本当に疲れましたわ……。


「それで――」


 すると、クロムウェル様が先ほどまでサイアス様が座っていた席に座られて、私へと話しかけて来ました。


「――なにやってんだ、お前?」


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