第24話「サイアス王子」
王宮の中庭。
その一角には石造りの東屋があります。
その中央に設えられたお茶会の席。
そこからは中庭に広がる花壇が良く見え、赤白黄青紫、色とりどりに咲くかぐわしき花々を存分に堪能することが出来るのです。
まぁ花々だけでなく、黒服に身を包んだサイアス様の護衛の方々が5、6人ほどグルリと周囲を囲っていらっしゃるので。
景色は花半分、筋肉半分と言った所なのが残念な所でしょうか。
「ふぅ……」
あの後、人のいない倉庫でメイド服からいつもの深紅のドレスに着替えてからこの場に参上し。
急遽始まったサイアス様とのお茶会も、既に20分近い時間が経っています。
白いテーブルを間に挟み、椅子に座って紅茶とお菓子を嗜む、二人っきりのお茶会ですわ。
内容に関しては当たり障りのない会話ばかりが続いていますわね。
天候に関してだの、好きなお茶の銘柄についてだの、私の父母についてだの、ヴィランガード領についてだの。
こちらが答えやすい内容についてサイアス様が話題を振られ、私がそれに答えるような形で話をしています。
「なるほど。そちらではそのような行事が……」
「ええ。おかしいでしょう? 皆で水をかけ合うだけのお祭りなんて」
「フフフッ。涼し気でよろしいではないですか。私もヴィランガード領までは行った事がないので大変興味深く思います」
「そうですか? それなら私も嬉しいですわ。オホホホホッ」
…………って、なんか普通に会話しちゃってますわね、私達。
もうちょっとなんかこう、一瞬即発な雰囲気になるかと思っていたのですが……。
まぁ、現状お互いに出方をうかがっているような感じですわね。
あまり会話などしたこともない仲なので、いきなり思い切ったことは聞きづらいですわ。
しかし、めったにない機会なのは間違いありません。
そろそろ調査のため、こちらからも話題を振ってみましょうか。
と、口を開きかけた私に対し、サイアス様が懐に右手を入れられると、手のひら大の細長い白銀のケースを取り出されました。
「失礼。薬を飲ませていただきます」
「……ええ、どうぞ」
私の言葉を受け、ケースの先をスライドさせると、黒い丸薬を二つ左手に取り出し、それを一息に飲み込んでしまうサイアス様。
その後、カップを手に取り紅茶を口に含まれます。
「……フゥ。いや、失敬。昼に飲むのを忘れていましてね」
「はあ……」
そう気のない返事をしながらも、私の脳裏には思い出される噂がありました。
『才気に溢れる弟君に比べて、兄君の方は体も弱くどこか頼りない』
体が弱い。
確かに、サイアス様は御年28歳になられますが、外見だけを見ればとてもそうとは思えません。
三十代後半と言っても過言ではないお姿ですわ。
やせ細ったお体に、白い顔色。
肌ツヤも悪く、髪も軋んだようにゴワついていらっしゃいますし。
ぱっと見では不健康としか言いようがないお姿です。
しかも今飲まれたお薬。
もしかして、やはりお体のどこかが……。
そう眉根を寄せて考えていると、クツクツとサイアス様が笑いだされ、私は疑問に思いつつ問いかけました。
「な、なにを笑われているのです?」
「いえ、ただ素直な人なのだなと、そう思っただけですよ。フフフッ」
そう言いながらカシャカシャと白銀のケースを振られるサイアス様。
「これはただの栄養剤です。体が弱く食が細いので、こういったもので補っているのですよ」
「ははぁ、栄養剤……。ならご病気などでは……」
「もちろん違いますとも。これでもすこぶる健康体なのです」
そう口にしながら目を細め笑われて。
それにホッと一つ胸をなでおろします。
人間健康が一番ですからね。
私も子供の頃から両親に『もうこの際どれだけ無茶をしてもいいから、怪我と病気にだけは気を付けておくれ!』と泣いて頼まれてましたから、その大切さは身に染みて分かっています。
しかし、食が細いって大変ですわねぇ~。
せっかく王子に産まれたのに美味しい物いっぱい食べれないなんて……。
…………って、ハッ!?
ま、また普通にお茶会っぽい会話をしてましたわ!
と、とにかく何か情報を得な――
「あなたは――」
「っ!?」
「――ご自身がなぜクロムウェルに選ばれたか理解していますか?」
グッ。また口を開こうとした所に先手を打たれましたわね。
いや、でも今回の質問は結構問題の本質に迫っている物じゃありませんこと?
この流れは悪くありませんわ。
このままの上手くサイアス様の情報を――
「顔が極端に優れている訳でもない。体付きもいたって普通。深い見識や学識があるわけでもない。そんなあなたを、あのクロムウェルがわざわざ選んだ。何故か」
な、なんですの、この人!
こちらの言葉を待たず、一方的に喋られる所か、急にメチャクチャ失礼なこと言いまくりやがりまして!?
もう! それならこっちだって容赦しませんわよ!
今度は遮られないように、語気も強くサイアス様のお言葉に答えます!
「私が必要な人間だからでしょう? 違いますか?」
「必要? フックックックッ! ある意味ではそうかもしれませんね」
二ヤついた笑みを隠そうともせずに、机に両手を付き、ズイとこちらへと顔を寄せてくるサイアス様。
先ほどまでとは、まるでお人が変わったようです。
いや、これが素で先ほどまでのが演技だったのでしょうか。
病的にやせたお顔の中、クロムウェル様と同じ灰色の瞳だけをギラつかせ。
サイアス様が口を開かれる。
「あなたはただの花なのですよ」
「花?」
「ええ。ここに咲く花々と同じです。ただ見る人の目を楽しませるだけの存在。綺麗なうちは丁寧に世話され整えられますが、散ってしまえばゴミとして捨てられる。そんな花とあなたは同じです」
「はあ」
「あなたは我が弟の無聊を慰めるための、一時の花として選ばれたのですよ。あれの孤独を癒すための花としてね。どういう意味か分かりますか?」
「まぁ大体は」
「だから、せいぜい浮気には注意することですね。あなたが枯れ始めた時、クロムウェルはもう目も向けやしないでしょうから。フックックック……!」
「なるほど?」
「………………。今の話を聞いて何も思われないのですか?」
「何もとは?」
「それはその……。私は花じゃないとか。クロムウェル様を悪く言うなとか。浮気などするわけないとか……」
なーに言ってんでしょう、この人。
今更、私がクロムウェル様のことを疑ったりするとでも?
始まりは確かに、己の孤独を癒すためと言う自己満足的な理由であったとしても。
その先は、過程も結果も違います。
あのお方が私に惚れ、そしてそのために命を投げ出された。
愛する人のために文字通り命をかけられた。
それほどの男を前にして文句などあるはずもないでしょう。
出会いがどうのなんて、あまりに矮小な問題ですわ。
それよりも。
先ほどのサイアス様のお言葉には私も思う所があります。
いえ、はっきり言って怒りを感じています!
「サイアス様、私も一つお伺いしてよろしいでしょうか?」
「……ええ、どうぞ」
「あなた様はどうも、随分とクロムウェル様についてお詳しいみたいですわね」
「クハハッ。それはもちろん。私はあいつの兄ですから。最も女性の趣味までは――」
ドゴンッ!!
と音を立てて机を右拳で殴り、小うるさい言葉を止めます。
「失礼、虫がいたもので」
「………………」
サイアス様が信じられない物を見るような目で私を見ます。
その目を真正面から見返しました。
このお方は。
王子様の兄君でありながら。
その深い孤独を知りながら。
ただ黙って見ているだけならいざ知らず。
婚約者となった者に対して、このような煽り言葉を口にされる。
人の上に立つべき人間が。
人心を惑わすような言葉で。
弟を誹り。
その婚約を祝福する所か貶される。
そんな人間を前に言うべき言葉とは何か。
ただ一つしかないでしょう。
「恥を知りなさい」
「は……?」
「恥を知れと言ったのです!!」




