第21話「出会い」
「ごきげんよう、クロムウェル」
「…………何の用だ?」
「あら、ご挨拶ね。二人きりの時ぐらいティアラお姉ちゃんと呼んでくれてもいいのに」
「遠慮させてもらおう。それより、わざわざ俺の執務室まで来てなんだ? 要件があるなら早く言ってくれ」
「はぁ、生意気な子になっちゃったわね。昔はもっと――」
「昔話をしに来たのか? こっちはそんなに暇じゃないんだがな」
「嘘つき。お姉ちゃん悲しいわ。暇を持て余しそうになってる癖に」
「何を……。それより早く要件を――」
「ああ、なるほど。私との関係をサイアスに勘繰られたくないのね? あの人ったら心配性だから」
「……それが分かってるんならさっさと帰ってくれ」
「それは無理。私も今回の公演に一枚噛ませて貰おうと思ってますもの」
「………………」
「疑問には思ってるのでしょう? 婚約者を決めたのに、その文句を言いに来るはずのご令嬢方が一向に来ない。仕事が捗って仕方ないんじゃない? 予定に大きな穴が出来る程度には……」
「……あんたが何かしたのか?」
「いいえ。でも誰が何をしたかは知ってるわ」
「誰だ?」
「レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガード。あなたの婚約者。あなたの未来の妻。あなたを今最も愛する人」
「……あいつが何したってんだよ?」
「自分で調べなさい。私はただ、あの子にあなたの力になってくれと頼まれただけよ。今日はその報告に来たの」
「あんたが俺の? しかも人に頼まれて? らしくもない」
「そうね。全くもってその通り。でもね――」
「?」
「――あの子との舞台はきっと楽しいわ。だから私も久しぶりに一役演じる気になった。あの子のために、あなたのためにね。それを伝えたかったの」
「………………」
「それではね、クロムウェル。私は勝手に動くけど、もし何かあったらティアラお姉ちゃんを頼りなさい」
「……あんたを頼ると後が怖い」
「フフフッ、なら頼らないで済むように動くのね。フフフフフッ」
コツコツコツ……ガチャリ、パタン……。
「…………まったく、ほんとおもしれー女だ。ジョーを呼び戻すか。俺も動くとしよう」
――――――
会合の日から明けて翌日。朝一番。
身支度を整えて食事に向かおうとしていたところ、一つの報告が爺やから舞い込みました。
「えぇ? 門の前で座り込んでる人がいる?」
「は、はい。しかも、それがその……。レイリィース様に謝罪したいと仰っておりまして、今現在、地面に跪いて待たれております」
「はぁ!? ちょっと爺や! そういうのはもっと早く言いなさい! 行きますわよ!」
「は、はい! 申し訳ございません! 私もつい先ほど報告を受けた物で!」
「それってお父様とお母様には伝えてますの!?」
「まだお伝えしていないはずです。その、男性のようなのですが、恐らく昨日の会合の関係者と思われますので、まずはお嬢様にご報告をと、私の一存で止めております」
「そう。とにかく急ぎますわよ」
「ハハッ!」
男性……。
王都に男性の知り合いなんてほとんどいませんから、ほぼ間違いなく昨日の会合関係の方でしょう。
しかし一体誰が……。
そう考えながら早足に家の中を、そして庭を駆け抜け門へとひた走ります。
途中で息の切れた爺やを置いてけぼりにしながら、石畳で舗装された道を走り抜け、開いていた門を超えて視線を振ってみれば。
「………………」
『彼女』はそこにいました。
私から見て右手側。門前の道の端に。
彼女はいました。
見覚えのある藍色の短髪。
ボーイッシュな顔立ちにスレンダーな体つき。
今日は白を基調とした青色の入ったパンツルックを身に纏い。
両膝をつき、瞳を閉じ、微動だにせず、そこに座しています。
名前は……。そうお名前は確か……。
アヤ・マリンフォード様!
マリンフォード子爵家のご令嬢で、昨日の会合中、私に跪くのをやめるよう進言されたお方ですわ!
な、何だってアヤ様がこんな所でこんな事を!?
って、そんなこと考えてる場合じゃございませんわ!
「ア、アヤさま!? 何をしていらっしゃいますの!? ほらお立ちになって!」
「レイリィース様……」
アヤ様が目を開かれると、おもむろに言葉を発されました。
「どうかおみ足を……」
「えぇ!? い、いきなりなにを!?」
慌てふためく私を前に、アヤ様が続けられます。
「私は……私は愚かな人間です。あなたの事をクロムウェル様を誑かした悪女であると、心の底からそう思い込んでいました……。高名なヴィランガードの名を汚す最低なご令嬢だと、そう思っていました……。しかしそうではなかった。あれからずっと、そんな己の不明を恥じていたのです」
こちらを見上げると、そのブルーの瞳で私を見て、アヤ様が仰ります。
「どうかおみ足を! その靴に接吻させてください! これぐらいしなければ気持ちが収まりません! どうか! どうかおみ足を!!」
そう告げ、頭を下げられるアヤ様!
えぇ!? こ、これどうすればいいんですの!?
な、なんて言うか、自分でやる分にはいいですけど、これ人にやられるとメチャクチャ威圧感ありますわね!?
跪かれてるのに責められてる気分になると言うか!?
なんか『ここまでさせてる自分が悪いんじゃないか』って気分にさえなってきますわ!?
な、何とか、何とか穏便に……!
門番さんも見ておりますし、こんな所で靴に接吻なんてさせる訳にはいきませんわ!
「ア、アヤ様! とにかく! とにかく一度お立ちになってください!」
「いえ、出来ませぬ! それでは私が私を許せません!」
ああもう!
何を言っても聞かない人ですわね!
ていうか、今の状況がよろしくないですわ!
こっちは突っ立ってるのに相手は跪いてるなんて、こんなの対等じゃありません!
座ってる方が有利じゃありませんの!!
こんな事されたら、こっちは心理的に追い詰められっぱなしです!
となればもう、こちらが取るべき手段はただ一つ!
「レ、レイリィース様!? な、なにを!?」
アヤ様の前に同じく跪き、そのお顔を正面に捉え、そして言い放ちます!
「残念ですが! もう立っていられませんわ! ここまで走って来て足が疲れてしまいましたもの!」
「えっ!? いや、そんな!?」
「立っていられませんから当然、靴にキスなどさせられません!」
「いいぃっ!? し、しかしそれでは、私はどうすれば!」
「ならばこうしましょう!」
前のめりになりながら反論するアヤ様へと右手の甲を差し出す。
「こちらにキスを。それでもう私達の間のわだかまりはなしです」
「!?」
「どうしましたか? 靴にキスをする覚悟はあっても、手にする覚悟はありませんでしたか?」
「い、いえ! そんなことはありません!」
「ならばこちらに」
「は、はい! 失礼します!」
アヤ様が私の手を両手で取られると、顔を近づけ、そっと唇を押し当てられました。
……冷え切っていますわね。
唇も手も冷え、潤いを失ってしまっているように感じられます。
いったい何時からここにいらっしゃられたのか……。
昨日の件に関しては、私が私の都合でやった事なので、気にする必要などありませんのに……。
どうも真面目が過ぎるお方の様ですわ。
「アヤ様、お顔を上げてください」
「………………」
私の言葉を受け、顔を離されるアヤ様。
ゆっくりとその手を放されますと、両膝の上でギュッと握られます。
しかし、その凛々しいお顔は未だに晴れていません。
自らの罪の意識に未だに苛まれていらっしゃるようです。
このままじゃいけませんわね。
「アヤ様、どうかお手を」
「っ!? な、なにを!?」
そんなお顔で戻られる訳にはいきませんわ。
「私、あなたを尊敬いたしますわ」
「えぇっ!?」
「だってそうでしょう? ただ私に謝罪するためだけに、たった一人でこの邸宅まで来て、そしてずっとここで待たれていた。中々出来ることではございませんわ」
「そ、そんな事はありません! 誰だって出来ます!」
「そんな事ありませんわ! どうかお手を! 私の尊敬の念と! 親愛の情ををどうかお受け取りください!」
「うっ……うぅっ……!」
顔を赤く染めながら右手をそっと差し出されるアヤ様。
その手を取り、両手で包み込む。
少しでも私の熱が冷え切った体に届くように、想いを乗せて。
私は彼女の手に接吻をしました。
「………………」
そのまま唇を押し当て、アヤ様の手がジンワリ温かくなり始めたのを確認してから顔を離します。
そっと見上げてみれば、どこか泣きそうな表情で顔を赤められているアヤ様のお顔が映りました。
それを見て、微笑みながら口を開きます。
「どうか、もうお気になさらないでくださいまし。私達の間に、もはや、わだかまりはございませんわ。どうかこれから仲良くしてくださいましね」
「うっ……うぅっ……私は……私は……」
「ああもう! ほらお立ちください、アヤ様。朝食がまだでしょう。良ければご一緒にいかがですか?」
「そ、そんな、恐れ多いです!」
「いいから! ほら立って!」
アヤ様の手を取ったまま腕を引き立ち上がらせ、ふらつくその体を支えます。
するとようやく爺やが追い付いて来ました。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! お、お嬢様!? だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、爺や。今、万事解決したところです。屋敷に戻りますわよ」
「えぇっ!? も、戻るぅ!? 今からですかぁ!?」
「そうです! さぁアヤ様、行きましょう?」
「うぅっ……。レイリィース様、私は……私はぁ……!」
「大丈夫ですって。ほらこちらに……」
「うぅぅ……!」
膝に手を置き、息を荒げる爺やを捨て置き、私とアヤ様は邸宅へと戻り始めました。
「尊ぇ……尊ぇよぉ……俺この家の門番やってて良かったぁ……」
なんか変な声聞こえますけど気のせいですわね、きっと……。




