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第18話「会合⑤」

「え――」


 驚かれるルイーズ様の前。


 私は一歩後ろに引きさがるとそのまま両膝をつき。


 両手を床につけ、体を前に倒し。


「――――――」


 その靴先にキスをする。


 瞳を閉じ、数秒間そのまま冷えたヒールに唇を落とし。


 またゆっくりと立ち上がると、頭を下げると同時に告げる。


「どうか私とクロムウェル様の婚約をお許しください」


「――――――」


 ルイーズ様から返答はありません。


 いや、今はそれでも構いませんわ。


 次の方に参りましょう。


 顔を上げ、視線を左へと逸らし、別のご令嬢へと目を向けます。


 視線を向けられたお方が一人、一歩後ろに引き下がるのを見て。


「失礼いたしますわ」


 私はその方に近づきますと、眼前に跪き、また体を前に倒し靴先にキスをしました。


「――――――」


 先ほどまで響いていた舌戦の声も消え。


 まるでその場にいるご令嬢方全員が、息を止めてしまったかのように物音のしない会場の中。


 唇を靴から離し、立ち上がる共に頭を下げて口を開きます。


「どうか私とクロムウェル様の婚約をお許しください」


「えっ、えあぅ……」


 口を開き、それでも何も返せない、言葉にならない声を聞き。


 もう一度、目礼をした後、その隣に立つお方へと視線を向け。


 その足元に再度膝をつきます。


「どうか、おみ足を」


「―――――――」


「足を前に出してください。スカートの中に潜り込む訳には行きませんので……」


「えっ……あっ……うっ……」


 私の言葉に押されるようにして、差し出される白いヒール。


 私は躊躇う事もなく、ゆっくりとその靴先に唇を落としました。


 数秒そうして唇を押し当てて。


 そしてまた、立ち上がり頭を下げると共に告げます。


「どうか私とクロムウェル様の婚約をお許しください」


「っ……うっ……」


 ……やはり回答はありませんのね。


 かまいませんわ。


 これで3人。まだ20人います。


 次の方に参りましょう。


 顔を上げ、隣に立つご令嬢へとまた視線を向けると、


「レ、レレレ、レイリィース様! おやめください!!」


 藍色の短髪の、背の高いボーイッシュなご令嬢が、ハスキーな声で私へと声をかけてきました。


 髪と同じ色の、装飾の少ない細身のドレスを身に纏っていらっしゃいます。


 確か子爵家の……。


 名前をなんと言ったでしょうか。ほとんど会った事もないお方だったと思いますが……。


 そんな事を考えていると、少し離れた所に立っていたそのご令嬢が、取り乱したかのように近づいて来て、私の肩を掴み制止されました。


「か、仮にも伯爵家のご息女ともあろう方がなされる事ですか!?」


「それが今関係ありまして?」


「えっ!?」


「家格が今、関係あるのかと聞いたのです」


 肩に置かれた手をそっと引きはがし、また両膝をつく。


「おみ足を」


「っ!? で、出来ません!!」


「……気にすることはございません。さぁ、足を前に出してください」


「わた、わわたしは……」


 瞬間。


 バシリッ!と。


 大きな音が会場に響きました。


 これまで何度も聞いてきた音。


 ルイーズ様がおうぎで自らの手の平を叩いた音ですわ。


 音から察するに、かのお方は今私の背後に立ち、随分と心を乱されているご様子です。


 苛立っているかのように、かすかに震えた声がその場に響きます。


「見え透いた演技をするのですね、レイリィース様」


 演技。


 私が今しているこの行動が、クロムウェル様と婚約するための、見せかけだけの物だとおっしゃりたいのでしょう。


 許しを請うのが目的ではなく。


 ただ『婚約』と言う実利を得るために、心にもない行動を取っているにすぎないと。


 そう仰りたいのでしょう。


 その側面は確かにあります。


 ですが、それだけではありません。


 今、それ以上にこの胸に溢れかえっている物。


 熱く燃えもえたぎっている熱情。


 それこそが私をひざまずかせているのです。


 そしてこうする以上に、私の覚悟と想いをご令嬢方に示す方法は存在しないでしょう。


 この胸にある、確かな想いを。


 あのお方への揺るぎないこの感情を。


 示す手段はこれ以上に存在しないでしょう。


「おみ足を、どうか」


「だ、だから! おやめくださいと言っているのです! な、なぜ!? なぜそこまでして!?」


「なぜ?」


 そんなもの、決まり切っています。


 聞かれるまでもなく。


 言うまでもなく。


 この場にいる多くのご令嬢方と同じように。


 ただ。


 ただ私は。


「私は――」



「――クロムウェル様と、共に生きたいだけなのです……」



 ポタリと、意図せずこぼれた熱いしずくが、頬を伝いドレスに染みを作りました。


 それに気づいた瞬間、せきを切ったかのように流れる涙を止めることも出来ず。


 私はうつむき、ただただそこに座り続けました。


 情けないと言う気持ちもあります。


 伯爵家の令嬢がする行為でないと言うのは最もです。


 ですが、私には。


 今私には。


 あのお方の側にいたいと言う気持ちを示すのに、これ以上の行動が分かりません……。


 ただ。


 ただ……。


 ただもう一度。


 もう一度、あのお方の側にありたい……。


 もう一度、あのお方の腕で抱きしめられたい。


 ただ。


 ただそれだけなのです……。


「…………今度は泣き落としですか。見苦し過ぎて見てられませんわね」


 背後で響くルイーズ様の声。


 それに反論することも出来ず、ただこらえるように背中を丸め、涙をこぼし。


 それを見てか、呆れたようなため息とともにかのお方は仰りました。


「失礼いたしますわ。時間の無駄でしたわね。皆様方も参りましょう」


 そう告げて、私の横を通り抜け会場を去って行ってしまう。


 そして、それにつられる様にして他のご令嬢方も、ゾロゾロとその場を後にして。


「あのっ……その……わたしも、失礼、いたします……」


 最後まで残っていた藍髪のご令嬢も小さく呟いて、私の前から消えてしまう。


 しばらくの間、ただ一人、その場に私だけが取り残されて。


「うぅっ…………」


 流れる涙は止めどなく。


 引き裂かれるような胸の痛みは張り裂けそうで。


「うううっ……ううううううっ……!」


 それでも。


 ああ、それでも。


「うううううううううううっ!!」


 涙を拭い、頬をパシリと叩いて立ち上がります。


 緩む視界で前を向き。


 大きく胸に息を吸い込んで。


 長く深く息を吐く。


 こんな所で……。


 こんな所で諦らめられませんわ。


「ううううううううっ! よっし!!」


 諦められる訳がございませんわ!


 やはりダメですわ! 下手に頭を使おうとするから揚げ足を取られて論破されてしまうのです!


 そうです! 楽をしようとせずに、足を使って信頼を稼ぐべきでした!


 ご令嬢方全員を集めて一気に説得しようとするのではなく、一人一人の邸宅に出向いて説得するべきだったのです!


 時間制限、10日間以内にそれが出来るのかという問題は……。


 いやもう! 知ったこっちゃありませんわ!


 どうせやり直せるんだから、当たって砕けろ!


 まずは何事も挑戦です!!


 今からでも遅くないからご令嬢方のお宅に突撃しますわよ!!


「うおおおおおおっ! よーしっ! やってやりますわあああ!!」


 誰もいなくなった会場の中、半分ヤケクソ気味に気炎を吐き、やる気を溢れさす私の耳に、パチパチと言う拍手の音が届きました。


「んっ?」


 音のした方向へと視線を向けてみると会場の隅、軽食や飲み物が置かれているクロスの引かれた机の側で、一人の少女が拍手をしながら私に向かって微笑みかけているのが見えます。


 白銀のウェーブがかった長髪に、銀に輝く髪飾り。


 純白のドレスからのぞく、透き通るような白磁の肌に小柄な体躯。


 そして、その幼い見目とは釣り合わない、強い意志を秘めた鋭い黄金の瞳。


 あれは……あのお方は確か……。


「素晴らしい上演でしたわ。何はともあれ、おめでとうレイリィース」


 ティアラ・エルモンド・ディスパーション様!?


 公爵家のご令嬢にしてクロムウェル様の従姉いとこにあたるお方がなぜここに!?


 そう思い驚き目を見開く私に対して、大きく笑みを浮かべられると、ティアラ様は口を開かれました。


「あなたの勝利ね。見事だったわ。あのルイーズを前にしてあれほど立派に立ち回るなんて、想像もしていませんでした」


「えっ……? えぇっ? か、勝ちぃ?」


 な、なにを仰っているのでしょうか……。


 私は今、完膚かんぷなきまでに論破されて、敗北感に打ちひしがれていた所なんですけど……。


「あら、自覚がないのね。まぁいいわ。紅茶でも飲みながらゆっくり話しましょう。わたくし、あなたに興味が湧きましたもの。これから仲良くしましょうね?」


「えっ、ええ~?」


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