第18話「会合④」
「レイリィース様、あなたは許しを請うためにこの会合を開かれたと、先ほどそう仰りましたわね?」
パチリと、右手に持つ閉じた扇を弄びながらルイーズ様がそう告げられる。
「………………」
その質問になんの意図があるのか分かりませんが、答えぬわけにもいかないでしょう。
私は一つ頷くと共に、声を返しました。
「はい。その通りですわ」
「しかし、あの手紙の目的はそれだけではなかった……。違いますか?」
「…………?」
「手紙の最後に書かれていた文章……。『お腹の調子が悪い人用にお薬を用意しております。具合が悪くなりましたら、いつでもお声かけくださいまし』と言う一文……。これが、あなたの本心でしょう?」
「何を……」
「つまり――」
パシリと音を立て扇で手を打つと、それをそのまま私へと向け、ルイーズ様は言い放ちました。
「――あなたは私達のことを、これっぽっちも信用していない」
「――――――」
「『お腹の調子が悪い人』、これ即ち陰謀を成そうとする人間を指し。『薬を用意してある』、これ即ちそれに対応する備えがあると読み解けます」
ルイーズ様の目が細められる。
まるで標的を前に、品定めするかのような目で私を見て。
そして言葉を告げられる。
「つまりあなたは、私達の中に陰謀を企む者がいると断定し、機先を制すために手紙を書いた。それこそが本当の目的なのでしょう? 誰とまでは記されていませんが、いやむしろ誰もがそうする可能性があると考えて……。違いますか、レイリィース様?」
「………………」
一部、頷かざるを得ない部分もあります。
てか実際にあなた方、後日陰謀を企てますので、疑うも何もないんですけど……。
でも、現時点では推定無罪の人達を、悪人と断じて書かれた文章なのは間違いありません。
痛い所を突かれましたわね。
出来るだけ早急にご令嬢方を集めるためとはいえ、尖り過ぎた文章になっていましたか……。
しかし手紙の目的を『陰謀に機先を制す』ためだけと思われては困ります。
私の主目的は『婚約を認めてもらうこと』。ただそれだけですもの。
それだけは正しておかないと!
「ルイーズ様、そして皆様方。あの手紙にそういった側面がないとは反論しませんわ」
私の声にザワリと空気が揺れます。
感情を逆なでられて、怒りをあらわにしようとするご令嬢方を前に、それでも私は言葉を続けました。
「ただ、それが主目的ではございません。初めに言いましたように、この会合を開いたのは皆様方に集まって頂き、婚約の許しを請うのが目的なのです」
「フフフフフフッ……」
白い扇を開き口元を隠されたルイーズ様が、小馬鹿にするような笑みを浮かべて私へと言葉を返されました。
「素晴らしい二枚舌ですわね。片方では疑い、脅しつけながら、もう片方では下手に出て許しを請う……。それがあなた流の処世術なのですか?」
処世術……。
そんなもの考えた事もございませんが『これがそうだ』とは自分でも思いません。
らしくもない事をしている自覚はあります。
ただ、その『らしくもない事』をしてでも掴みたい未来がある。
そのためなら、どのような誹りも、どのような苦難も厭う気はありません。
ただそれだけです!
「そう思われるのは心外ですわ。本当に、私の目的はただ皆様方に認めてもらう事だけですもの」
「フフフフフフッ……。そうは言われますが、このような真似をしてどうして私達が認めようと思うのです?」
ルイーズ様がまた笑みをこぼしながら言葉を続けます。
「私は、この場にいるあなた以外のご令嬢が婚約者に選ばれたのであれば、心の底から祝福しますわ。家を上げて祝賀の会を開き、その前途を祈りましょうとも。ですが――」
パシリと扇をたたみ、手のひらに打ち付け音を鳴らし、ルイーズ様が笑みを消しこちらを見ました。
その表情に見える物。激情とは違う、ただただ冷徹な怒り。
青い炎を纏いながら、ルイーズ様が告げられます。
「――あなただけは許せません。理由は二つございます」
朗々とした声で、ルイーズ様は続けられました。
「一つに、あなたは信じるよりも前に、まず私達を疑った。猜疑心の塊のような人間であり、到底王子様の婚約者に相応しくありません」
パシリと、また扇の音が鳴る。
「二つに、あなたは私達を脅し、一方でそれは偽装だと宥め、人の心を弄び自らの利益を成そうとした。薄汚い邪心の持ち主です。これもまた到底王子様の婚約者に相応しくありません」
三度、扇で手の平を叩き、その先を私に向けるとルイーズ様が宣言されました。
「結論。あなたはクロムウェル様の、ひいては王族の婚約者に相応しい人間ではありません。速やかに婚約の破棄を申し出ると共に、大人しく領地に引きこもっていなさい。それが私達からの通告です」
そう高らかに言い放ち薄っすらと笑みを浮かべられる、ルイーズ様。
他のご令嬢方もその姿に心服しきり、うっとりとした表情をしていらっしゃるか。
言葉に同調して、頷きながら私を睨みつけるお方に二極化しています。
……まるで針のむしろですわね。
この場に24人もの人間がいて、私の味方は私以外、ただの一人も存在しない。
ただただ、私を認めない人間ばかりがいる。
全くの暗闇の中、四方八方から攻められているような気分です。
「………………」
ですが。
それに屈してしまうほど、やわな覚悟でこの場に立ってはいませんわ。
私は未来を。
クロムウェル様との未来を掴むためにこの場にいるのですから!
「申し訳ございませんがその申し出、お断りさせていただきます」
ビシリと空気にヒビが入り。
ピクリと、ルイーズ様の表情が動きました。
そして、その動揺を隠すかのように扇を広げ、自らをゆっくり扇ぎながら言葉を返されました。
「あなた、この状況でまだ自分が婚約者に相応しいと、そう思っていらっしゃるの? あなたでも分かるように、もっと丁寧に説明いたしましょうか?」
侮蔑の感情さえ籠った顔つきで、そう告げるルイーズ様に私は首を振って答えました。
「いいえ、結構ですわ。あなた様のお言葉は、理論整然としており、言われている私からしても否定の余地のない素晴らしいお言葉です。ですがただ一点、間違っている点がございます」
「……なるほど。何が間違っているとお考えなのですか?」
「私がクロムウェル様に相応しくないと仰った点です」
また空気がざわめく。
そのざわめきに負けないように、もしくはそれを制するかのように、ルイーズ様は声を上げられました。
「何が。何が間違っているのですか? あなたの心の奥底に根付いているのは疑心であり、王道とは真逆を行く悪徳です。クロムウェル様の婚約者としては全く持って相応しくない。この言葉になんの間違いがありましょうか?」
「……確かに。私は皆様を半分脅すようにしてこの会合に呼び集めました。説得するにしてもより良い方法があったかと思います。王族の婚約者として相応しくないと言うお言葉には頷くほかありません。ですが――」
「――『クロムウェル様の婚約者』としては、私は自分を相応しくないとは思いません」
「なっ! 何をっ!」「ふざけた事をっ!」「増長するにも程が!」
反論しようと口を開くご令嬢方。
ルイーズ様だけではなく、居並ぶ全てのご令嬢方が口を開き、私を罵倒しようとしてくる。
その前に一歩。
『………………っ!』
舞台の上から足を踏み出し、会場へと降り立ちます。
カツンと音を鳴らしながら地面に降り。
背筋を伸ばし、お腹の下で両手を組み、一歩、一歩と進んで行く。
ルイーズ様へと。
今、最も私を目の敵にされている方へと突き進んで行きます。
「確かに、私は愚かです。良い考えが思い浮かばず、このような手段で皆様方を呼び集め、その結果このように苛立たせる状況となっております」
顔を伏し、ただ内心を音に乗せながら進み。
そして――
「それに間違いはありません。私は愚かで、下劣で、考えなしで、向こう見ずで、能天気で、本来であれば王族の婚約者に選ばれるような器のある人間ではございません。ですが、クロムウェル様には。あのお方には私のような人間が必要なのです」
――ルイーズ様の前に立つ。
顔を上げる。
先ほどとは違い、私より身長の高いかのお方を少し見上げるような形となります。
それでも、その青い瞳を真っすぐに見つめ、もう一度口を開きました。
「そして、それを認めてもらうためにこの会合を開きました。認めてもらうためであれば、どのような事でもいたします。その覚悟でもってここにいます」
「…………そのような口先ばかりの――」
「――口先ばかりではございません。本当に何でもいたします」
「フッ。フフフフフッ……」
嘲るような笑みと共にルイーズ様が一歩、右足を踏み出されました。
スカートの端から、精巧な作りの紺のヒールが姿を見せ。
それを見せつけながら、言葉を告げられます。
「ならば、この場にいる全員の靴にキスをして許しを請うことが出来ますか? 膝をつき、誇りを捨て去り、それでもなお許しを請えますか? あなたにそれほどの覚悟がありますか?」
「ありますわ」




