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第17話「無茶をしますわよ②」

 なんにしろ、あまり思い出させるようなことは言わないで欲しいですわ!


 ふさがりかけの傷をえぐられるようなものです!


 そう思いながら爺やが持って来た便箋を受け取り、机の上に置き、先ほどの考えを再度思い返してみます。


 ご令嬢方を呼び集めて一気に説得するって言うのは悪い考えじゃないとは思いますわ……。


 不公平感もないですし、時間もかかりません。


 いやしかし無理がある気も……。


 でも他にいい案なんて……。


 そもそもなんと言って説得するか……。


「むむむむむぅ……」


 そうして思い悩む私の姿を見て、後ろから爺やが声をかけて来ました。


「どうやら、柄にもない事をしていらっしゃるようですな」


「うぐっ……。爺や、人が悩んでる所を見てなんて事を言いますの」


「ハハハッ。いやいや、成長なされたと感心していたのです」


「そういう人間は『柄にもない事』なんて言いませんわ、まったくもう!」


「いえ、本当ですとも。先ほどのエントランスでのお言葉もそうですが、このセバスチャン、お嬢様の成長っぷりには目を疑うばかりです」


「で・す・か・ら。一々言葉が刺々しいって言ってるんですわ!」


「ハハハハハッ! いやー、こうしてお話しするのも今後少なくなるかと思うと、少々寂しく感じまして……」


 ふと、爺やが私の後ろに立つと両肩に手を置き、優しくもみほぐし始めました。


 白の手袋に包まれた大きな手が肩を覆い、その親指が背中を押していく。


 そうしながらセバスチャンが言葉を続けます。


「何があったかは知りませんが、もう少し肩の力を抜いてもよろしいのでは?」


「…………肩の力を抜くだけで上手く行くなら幾らでも抜きますわ」


 ですが、現実はそう上手くいきません。


 考えて考えて考え抜いて、少しでも良い結果を目指さなければ……。


 そうしなければ、そうしなければ……。


 私はまた失ってしまう。


 何時までっても未来に進むことが出来ない。


 そしてそれは、どんなに王子様との関係を深めても、最終的にはなかった事になるのを意味します。


 こんなに大好きなあのお方と。


 何時まで経っても一緒になれないことを意味します。


 もしも、もしも成功しなければ……。


 だからもっと、もっともっともっともっと。


 よく考えなければ、最良の方法を見つけ出さなければ……。


 もっと、もっともっと……。


「またらしくもない……。考える前に即行動がお嬢様の行動原理でしたでしょう?」


「そこまで向こう見ずじゃありませんわ……。精々、少し考えたらすぐ行動って所です」


「付き合わされる身からすれば、どちらも似たようなものですよ」


「もう……。爺や、愚痴を言いたいだけなら、マッサージなんてもういいから仕事に戻りなさい」


「ハハハッ、これは手厳しい」


 爺やの両手が肩からゆっくりと離れました。


 ジンワリと広がっていた温かさが消え、少しの寒ささえ覚えてしまいます。


 その喪失感を誤魔化すように便箋を一枚取りペンを構えました。


 何を書くかは決まっていませんけど、宛名あてなだけなら書けますからね。


 先にそれだけ書いておいて、そうしながら内容を煮詰めていきましょう。


 そう考えていると、未だに背後にいる爺やが再度口を開きました。


 先ほどまでとは違う口調。


 好々爺(こうこうや)としていた声から、どこか真剣みを帯びた口調へと変化した爺やの声が響きます。


「お嬢様、挑戦なくして成功はなしですぞ?」


「………………」


 眉根まゆねを寄せ、背後を振り向きセバスチャンを見ます。


 爺やはいつも通り、背筋をピンと伸ばし、薄っすらと笑みを浮かべてこちらを向いて立っていました。


 その姿から目を逸らし、机へと向き直ると言葉を返します。


「それで失敗したらどうしますの?」


 間髪入れずに答えが来ます。


「諦めずにまた挑戦したらよろしい」


「それでもまた失敗したら?」


「それでもなお、挑戦したらよろしいでしょう」


「挑戦しても挑戦しても上手くいかなくて、そのまま死んでしまったら? もしかしたら何もかもが全て手遅れで、私の行動に一つの意味もないとしたら? 全てが終わってしまっている中、無意味に足掻あがき続けているとしたら一体どうしますの……?」


 そこまで言い切り、思わず顔を歪めて内省ないせいしてしまいます……。


 なんて情けない事を言ってしまったのでしょうか。


 このレイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガードともあろう者が。


 まるで、ホントにただの子供みたいな言い草を……。


「それでも諦めずに挑戦したらよろしい」


 爺やの言葉が響く。


 私はそれを背中で聞いて、また眉間にシワを寄せました。


「お嬢様、あなたは今恐れています。あれほど無鉄砲だったあなたが、いつの間にやら恐れを知り、挑戦し結果が伴わない事を恐れている。何があったか、とは問いますまい。ただ一つ、これだけは知っておいてください」


「………………」


「このセバスチャン・ロードレイク。この命が尽き果てるまで、お嬢様が私に暇を出されるまで、必ず御身おんみの側にはべり、必ずそのお役に立って見せます」


 背中にその声を受け、眉間のシワがほどけていくのを感じます。


「例えどれほどの艱難辛苦かんなんしんくが襲い掛かろうと、必ずお助けいたします。例えどれほどの無理難題を与えられようと、必ずお役に立って見せます」


 声が胸の奥底に染み渡り、ジンワリとした暖かさが心の奥底から湧き上がって来ました。


 迷い、萎えた心が勇気の力を取り戻そうとしているのを感じます。


 前を見ると、机の上に約30枚の上質な便箋があり。


 後ろを振り返れば。


 ヴィランガード家に仕える老執事、セバスチャン・ロードレイクがそこに立っています。


 私が産まれた時から側にいて、成長を見守り続けてくれた人がそこにいて。


 どれほど私が無茶をしても、逃げずに支え続けてくれた人がそこにいて。


 そしてその人が、また口を開く。


「この気持ちは旦那様も奥方様も同じです。お二人もまたあなた様のために動き始めました。レイリィース様は我々の大事な大事なお嬢様です。だからどうか、お頼りください。それこそが、私共わたくしどもの幸せなのですから……」


 その言葉に、ジワリと浮かんが涙を瞳の裏に隠します。


 ……思えば両親にも、ヴィランガード家の皆にも迷惑ばかりかけて来たような気がしますわね。


 子供の頃からあっちに行ったりこっちに行ったり、面倒事ばかり起こしていましたし。


 その後始末に付き合わせたことも一度や二度ではございません。


 その度に心配ばかりかけて来た記憶があります。


 そう、今までずっと私は私の『家族』たちに……。


 ずっとずっと支えられてきた。


 数十回に及ぶループの中。


 私は勘違いしていました。


 一人で全てをどうにかしなければならないと。


 誰の力も頼ることは出来ないと。


 そう思い込んでしまっていました。


「ねぇ、セバスチャン……」


「なんでしょう、お嬢様?」


「もし私がどこかに捕まって、そのまま処刑されるとしたらどうします?」


「何をおっしゃる! そうなったらもちろん! ヴィランガード領中の兵を集め! 必ず救い出してみせますとも!」


「フフッ、そうですのね……」


 それでは駄目。


 それでは間に合わない。


 捕まって二日後には死刑になる私を救い出せはしない。


 ですが――


「爺や、ありがとう。あなたに仕えられている事は、ヴィランガード家に産まれた事は、私の誇りであり喜びですわ」


 ――私が愛し、私を愛してくれる人たちを、そのような修羅の道に追い込む訳にはいきませんわ。


 私には『死に戻り』の能力がある。


 ですがこれは『望む未来を手に入れる能力』ではありません。


 努力してもどうにもならない事はきっとあります。


 変えようと思っても変えようがない未来はきっとあります。


 どんなに頑張ってみても、私と王子様は結婚出来ない運命なのかもしれない。


 それを考えると怖くて怖くてたまりません。


 行動しなければならないと分かっていても、行動して結果を見てしまうのが怖い。


 自分の道は自分で切り開くと大見得おおみえ切っておきながら情けないことです。


 ですが――


「爺や」


「はい、お嬢様」


 瞳を開きます。


 視線の先に爺やがいます。


 私のめいを待ち、両足を揃えてそこに立っています。


「付いて来てくれますわね、爺や?」


「はい。もちろんでございます」


 笑顔と共にそう言い切ったセバスチャンを前に私も心を決めました。


 らしくもない事をしていたようですわ。


 結果を恐れて何もしない。


 そんなの私の、レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガードの生き方ではございませんわ。


 まずは進む。


 後のことは進んだ先で考える。


 弱気になってたら出来ることも出来なくなります。


 今はただ進み続ける。


 ただ、諦めることだけは絶対にしない!


 私を想い、側で支えてくれる人たちのためにも!


 必ず突き進み! 必ず未来を切り開いて見せます!


「爺や、はっきり言って今回の無茶は半端じゃありません。間違いなく王国の歴史書に記録が残るでしょう。それでも付いて来てくれますか?」


「当然でございます、お嬢様。それにですね……」


「?」


「あなたの名が今まで歴史書にっていなかった事の方が奇跡なのです。遅かれ早かれと言うものですよ」


「フフフッ。言ってくれますわね……!」


 フウ、と一つ息をつき。


 大きく空気を吸い込んで。


 爺やに向かって声を解き放ちます!


 未来に進むための第一歩を!


 今こそ一歩、前へと踏み出す!


「それでは爺や! これより命を下します! 私は明日10時より、お見合いに参加したご令嬢方全員をこの別宅に呼びつけ! 私の婚約を認めさせようと思っています! あなたはその準備の全てを万端に整え、ヴィランガードの名に恥じない立派な会合を企画なさい! いいですわね!!」


「はいっ! かしこまりましてございます! ………………」




「え? いや今なんと?」


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