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第2話『逃げる』

「ま、また、この見慣れた部屋に戻ってきましたのね……」


 ベッドから体を起こし自らの体を確認したあと周囲を見渡します。


 着慣れたワンピース型の寝間着。色は淡いブルー。


 シーツの乱れた大きなベッド。あまり使った覚えのない本棚付きの勉強机。座り心地の良いお気に入りのソファ。その前にあるローテーブル。衣服のぎっしり詰まったクローゼット。


 間違いない。


 ここは王都にあるヴィランガード家の別宅。


 『お見合い』のために宿泊しているそこに間違いありませんわ。


 そして、何故あの薄汚れた牢屋ではなくこの別宅にいるのか。


 その理由は――。


 コンコン。


『お嬢様、お目覚めでしょうか』


 ドアから響く声。


 昔から我が家に仕えている爺や――セバスチャンの声ですわ。


「……お入りなさい」


「失礼いたします」


 ベッドの上に座ったまま、右手側にあるドアへと視線を向ける。


 音もなく部屋の中に入って来たのはセバスチャン・ロードレイク。


 総白髪の短髪を丁寧に撫でつけ、シワ一つない執事服を身にまとった老紳士ですわ。


 私が生まれる前からヴィランガード家に仕えている最古参の使用人。


 そして私の推理が正しければ、爺やは部屋に入ってからこう告げるはず。


『「おはようございます、お嬢様。本日は大事な、大事な『お見合い』の日でございます。よく眠られましたでしょうか?」』


 一語一句同じ!!


 やはりそういう事なのですわね!


「あの、お嬢様? どうかなさ――」


「静かに爺や!」


「は、はぁ……」


 段々と分かってまいりましたわ。


 この私の『能力』が。


 神の祝福か、精霊の加護か、はたまた悪魔の悪戯か分かりませんが。


 私には特殊な能力が!


 『死に戻り』の能力がある!!


 死んだ後! 今日この日! 王子様とのお見合いの日に!


 記憶を引き継いで戻ってくる能力が私にはある!!


 ………………。


「フッ……」


 さすが私ですわね。


 天に二物も三物も与えらている。


 自分と言う人間が恐ろしいですわ!


「お、お嬢様?」


「静かに!」


「は、はい……」


 こうやって目覚めるのも既に6度目。


 時間がかかりましたが、私が死に至るまでの流れも段々と分かってまいりましたわね。


 まずは今日、この後王宮で行われる王子様とのお見合い。


 これが最大のポイントですわ!!




――――――




 本日、行われる王子様の婚約者を決めるためのお見合い。


 お相手はクロムウェル・クォーツライト・アイリス第二王子。


 アイリス王国に生まれた二人の王子のうちの一人。弟御おとうとごの方。


 切れ長な灰色の瞳、クールなマスクにハスキーな声。


 文武両道で才色兼備な素晴らしい殿方!


 貴族令嬢であれば誰もが結婚を望む最高のお相手!


 かの御方も御年17歳。


 婚約者を決めるには遅いくらいですが、あの方ほどの器量の持ち主はそうそういませんからね。


 貴族同士でけん制し合って、今の今まで決まらなかったのを、王子様の鶴の一声が状況を一変させたのですわ!


『この俺の結婚相手だぁ? フン、なりてー奴はみんな王宮に来な! そんなもん一人一人とお見合いして、それで決めればいいじゃねーかよ!』


 おふところがお深すぎますわ!!


 この前代未聞の一言に光明を見出して、それまで諦めていた弱小貴族の末娘までもが殺到し、十数日にも及ぶお見合いが開かれ!


 そして今日! 最終日! 最後の最後に!


 ついに私の番がやってきた!!


 過去、以前のループで私は、お見合いの席にてこう告げる!


『オーホッホッホッホッ! この私こそが! レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガード! ヴィランガード伯爵家の一人娘ですわぁ!』


『…………。この俺を前にしてそのどでけぇ態度に、どでけぇ声……。はっきり言ってありえねー。だが、ありえねーが故に……』




『おもしれー女じゃねーか! 気に入ったぜ! お前、俺の婚約者になれよ!』




『やりましたわぁ! 当然、お受けいたしますわぁ!』


 これがダメ!!


 これがそもそもの間違い!!


 このせいで私は死ぬことになる!!


 クロムウェル様の人気は国内でもナンバーワン!!


 王国のありとあらゆるご令嬢に好かれている至高の存在!


 そんな人と婚約者になったらどうなるか!



――――――



『あんな人が婚約者?』『田舎の伯爵家の令嬢ごときが』『なんであんなのが選ばれるのよ』『私の方がクロム様を』『私がどれほどあの人を』『ふざけないでよ』『憎たらしい小娘め』『報いを受けさせてやる』


 憎い


 憎い憎い憎い


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 憎い!!


 絶対に


 許さない。



――――――



 そう。


 これが今までのループで分かった真実。


 私だって何もせず死にまくってた訳ではありませんわ。


 破滅する理由を綿密めんみつに調査していましたの。


 そして、ついに明らかになった理由が『これ』なのですわ!


 私が王子様と結婚することへのご令嬢方の嫉妬心!


 この行き過ぎた嫉妬心が、彼女たちの親を動かし、引いては司法を動かし!


 様々な思惑を巻き込みながら大きなうねりとなって!


 国王陛下の暗殺だとか、ありもしない罪をでっち上げ!


 私にあの毒入りワインを飲み干させる!!


 そう! つまり!!


 王子様の婚約者となることが、私が死ぬ理由なのですわ!!


 …………。


「フッ……。たった5度のループでここまで調べつくすとは、さすが私ですわね。王国の歴史を紐解いても、これほどの才女はいらっしゃらないでしょう」


「あ、あの、お嬢様?」


「あら爺や、何かしら?」


「あら爺やではございません! すぐにご用意をお願いします! 本日は大切な『お見合い』の日なのですから!」


「…………」


「お、お嬢様?」


 お見合い。


 そう『お見合い』ですわ。


 私の破滅への第一歩は、このお見合いで自己紹介をして王子様に気に入られること。


 逆を言えば、気に入られなければ破滅から逃れることが出来る。


 だから一つ前のループでは、それまでとは違い、お見合いの席で一言も喋らなかったのですが――。


『この俺を前にして一言も喋らないとは……その豪胆ごうたんさ、その太々ふてぶてしい態度……。おもしれー女じゃねぇか! 気に入ったぜ!』



『お前、俺の婚約者になれよ!』



 ――まさか黙ってるだけでも婚約者になれるとは……。


 自己紹介をしただけで婚約者になれた時も思いましたが……。


「フフフッ……!」


 私の魅力ってば凄すぎますわね!


 怖い! 怖いですわぁ!


 一国の王子を一瞬で魅了し尽してしまう自分と言う人間が恐ろし過ぎますわ!


 間違いなく王国一番のご令嬢ですわぁ~!


 でも……。


「それじゃダメなんですわぁ~……」


 そう……。


 私の目標は生き残ること。


 確かに王子様と婚約者になれるのは魅力的なお話です。


 でも! 死んでしまうのでは意味がありませんわ!


 命が一番大事! 生きていればこそです!!


 そして喋っても黙っても王子様の婚約者になってしまう以上……。


「あの、お嬢様?」


 最も今後の生活に影響を残さず生き残る方法は……。


「聞こえておりますか?」


 お見合いの席で断る? いえ、前のループじゃしっかり断っても逃げきれなかったではありませんの。


 仮病でサボる? ダメ。日程がズレるだけですわ。


 ならば取りうる手段はもはや一つ。


「爺や」


「なんですか、お嬢様! そろそろご用意して頂かないと本当に――」


「私、家出しますわ」


「――時間がなくなっ……。えっ? 今なんと?」


「家出すると言いましたの。だから追って来ないでくださいましね」


「はぁ!? な、なななな何を!?」


「それでは爺や!」


「ちょっお待――!」


 呼び止める爺やに向かって布団を投げ捨てると、ベッドの左側から足を下ろし、サイドテーブルの引き出しから小銭袋を手に取り!


 そのままの勢いで窓を押し開けると、背後へと振り返る!


「お、おじょうさまぁ!」


 布団からもがき出た爺やが情けない顔で私を見て。


 それに笑顔を返すとこう告げましたの。


「ごめんですわ、爺や! お父様たちによろしく!!」


「ままままっ、ここ二階――!?」


 背後に声を聞きながら、窓から身を投げ出します!


 瞬時に感じる重力と下から吹き上げる風!


 しかし――!


「よっと!」


 ――ここは勝手知ったる王都の別宅ですわ!


 抜け出す時にどこから逃げるかは予習済み!


 外壁の飛び出た部分に手をかけ足をかけ!


 地面に着いたら前転して受け身!


 そのまま立ち上がって逃亡開始!


「お嬢様ああああああ!」


 背後から聞こえるセバスチャンの声。


 許してくださいまし、爺や。


 私だって好きで逃げてるわけではありませんの。


 しかし、このままでは待っているのは確実な破滅のみ!


 私の満ち溢れる魅力のせいで王子様に出会った瞬間、私は婚約者になってしまう!


 なら、生き残るためには意地でも出会わないしかありませんわ!


 地の果てまでだって、王子様が別の婚約者を指名するまで逃げきって見せます!


「まずは着替えと食事ですわねぇ! 忙しくなってきましたわ~!」


 興奮でにやけてしまう顔を抑えきれずに、私は屋敷から抜け出し王都の街並みの中へと駆け込んでいきました。



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