第16話『これから』
「ママママ、ママッ! こいつは大変なことになったよ! どうしよう!?」
「パパッ! 本当ですわ、もう! どうしましょうったら、どうしましょう! まぁまぁまぁ!!」
別宅のエントランスで、両手を取り合った両親がクルクルと回っています。
時刻は12時を過ぎた頃。
お見合いを終え、詳しい事はまた後日に、との言葉を受け、王都の外れにあるこの別宅に戻って来たところです。
そうして馬車から降り、家の中に入った途端このざまですわ。
戻ってくる途中からずっとそうでしたけど、この人たちってばもう……。
口では『ママママ、まぁまぁ』言い合っておりますが、顔はニヤケ面を通り越してトロケ面をしており、私が王子様の婚約者になれた事を、心の底から喜んでいるのが見て取れます。
確かに、王都から遠く離れ、王家との繋がりが薄くなっている我がヴィランガード家において。
王族と婚姻関係を持てるなんてのは、まさしく慶事としか言いようがありませんし。
不安だった一人娘の『お相手』が一国の王子だって言うんですから、そら踊って喜びもしようってもんですが。
しかし、そうしてばかりもいられないのが現状ですわ!
なんてたって! このままでは本日から10日後に!
私は捕縛され、そのまま薬殺刑に処されるのですから!
今、こんな呑気にしてる時間はありませんわ!
しかし、そんな私の事情も知らずに、両親はクルクルと回転しながら楽しそうに話し合っています。
「とにかく! 今夜はパーティーだ! セバスチャン! 今すぐシェフと使用人たちに準備させてくれ! 今日の所は内輪だけで! 君たちも参加していいぞ!」
「ワインも豪勢に開けちゃいましょう! とびっきりのラノワールも出しちゃいますわよぉ! ボトルが足りるかしら!? オーホッホッホッホッ!」
「ハハァッ! かしこまりましてございます!」
入り口近くに立つ私の左横、別宅で待機していた爺やも、顔に深いシワを浮かべながら嬉しそうに声を返しています。
こういう場に水を差すのは気が引けますが、それでも言わなければならないでしょうね……。
「お父様、お母様。私、今日のパーティーは欠席いたしますわ」
ピタリと回っていた両親の動きが止まります。
その後、ギリギリと人形のような動きで固まったままこちらを向くと、問いただしてきました。
「レ、レイリィース!? 何を言ってるんだい!? パーティーだよ!? ごちそう山盛りなんだよ!?」
「そうですわよ、レイ! あなたの好きなラノワールの83年物だって開けますわ! 皆でどんちゃん騒ぎして楽しみましょう!?」
うぐぅっ、そう言われると少し心が揺れますわね。
ご馳走……ラノワールの83……どんちゃん騒ぎ……。
うぬぬ……すっごく楽しそう……。
参加しないのは……なんだか凄く損な気が……。
そう……ですわね……今日だけ……。今日一日ぐらい休んでも……罰は当たらない気が……。
私、ずっと頑張ってますし、むしろ休んで明日から動いた方が逆に効率よく……。
『だからレイリィース……だからもういちど……』
……いや、ダメですわ。
遊ぶのなんて生き残った後にいくらでも出来ます。
ですが、生きる努力は今しか出来ません。
ギュッと手を握り、前を向き、お父様とお母様を見返して口を開きます。
「いえ、私にはやるべきことがあります。例え私自身のお祝いだとしても、パーティーには参加出来ませんわ」
「やるべきことだって?」
お父様が首を傾げて問いかけて来ます。
「それは一体なんだい、レイリィース? 今、パーティー以上にやるべきことなんてあるかい?」
「他のご令嬢方に手紙を書きます。おそらく今回の件で恨みを買うでしょうし、少しでも心証をよくする必要がありますから」
「それは……」
一瞬、お父様の顔が親から『伯爵』のそれへと変わります。
しかし、それは本当に一瞬だけのことで、また次の瞬間には緩んだいつもの通りのお顔で私に告げられました。
「そんなこと、お前が心配することじゃないよ、レイリィース。そう言うのは親の仕事さ。第一に、お前がまずしなければならないのは礼儀作法の勉強だよ! 今のままじゃ、とうてい王子様の所には嫁にやれないからね!」
「そうですわ、レイリィース! でもまぁ、それは明日からでいいでしょう? 今日はパーティー! あなたのこれからを盛大にお祝いしませんと!」
「そうだね、ママ!」
「そうですわぁ、パパ!」
と、笑い合いまた回り始める両親。
それを見て、思わず目を細め軽くため息をついてしまいます。
言ってることは正論です。
張本人の私が出張るより、両親が間接的に動いた方がスムーズに行くことも多いでしょう。
しかし、それではダメなんです。
これまでのループで散々体験してきました。
お父様方に頼りっぱなしでは、ご令嬢方の恨みは収まらず、多くの大人を巻き込んで、私は死刑になる。
それが確定した未来なのですわ。
前回のループにおいて、私はお父様が、クロムウェル様の兄君、サイアス第一王子と一緒にいる所を何度か拝見しました。
おそらく、あれがお父様のおっしゃる『親の仕事』の一環なのでしょう。
サイアス様は国内外において、アイリス王国の次期国王と目されている大人物です。
当然、各貴族とのつながりも深く、あのお方と良い関係を維持し、各貴族との仲介役になってもらうことは、ヴィランガード家の、ひいては私の安定に繋がります。
しかし……。
「申し訳ございません。やはり出席出来ませんわ」
「「なななぁ!?」」
お二人が声を合わせて驚き、手を取り合ったまま動きを止めます。
その声を半分無視するようにして、私はセバスチャンへと告げました。
「私は部屋に下がります。爺や、後で上等な便箋を30枚ほど持って来なさい」
「は、はぁ……」
経験則的に、サイアス様を頼っても意味はありません。
むしろ今回の事件において、あのお方は私たちの敵と見た方がいいでしょう。
あの地下道。
王族でも一部の人間しか存在を知らないあの道で、私と王子様は刺客に襲われた。
いや正確には『クロムウェル様が狙われた』
猛毒を使った武器を、あんな暗闇の中振り回すなんて、王子様を殺そうとしたか、もしくは王子様『諸共』私を殺そうとしたか、どちらかとしか思えません。
となれば王子様の暗殺を指示した誰かがいるはず。
そう考えてみると、一番怪しいのはサイアス様です。
理由も『次期国王の座を脅かしかねないから』『軍部での人気が高すぎて今逃がすと後々脅威となるから』『自分よりモテて悔しいから』など幾らでも思い浮かびます。
それに、頼っても何もしてくれないのは――少なくとも私が告発されるのを止めようともしないのは確かなのです。
お父様の言う『大人の仕事』では、未来は変わらない。
私たちの未来は、私のこの手で掴み取るしかない。
それが結論ですわ。
「お父様、お母様。お気持ち、大変うれしく存じます。ですが、このレイリィース、もはやあなた方の庇護のもと、ただ震えて待つばかりの雛鳥ではございません!」
瞳に力を込め、腹に喝を入れて、腕を横に振り!
両親に向かって宣言します!
「私の道は、私自身で切り開きます! どうか、ご容赦くださいませ!」
「「………………」」
ポカンと口を開け、呆けた表情を見せるお父様とお母様。
そのお二人の横を抜け、私は自室に向かって歩き始めました。
――――――
「き、聞いたかい、ママ……」
「え、ええ、パパ……」
「あの子が、あの小さかったレイリィースが……。あのお転婆娘が……。自分の将来を考え、あんな立派なことを……」
「自分の手で自分の道を切り開くって……。フフッ……あの子は何時だって、私たちを驚かせますわね……」
「「………………」」
「ああっママ!!」
「パパァッ!」
ヒシィッ!
「「おーいおいおいおいおい……!」」
「ぐすっ……。これは、僕たちもウカウカしてられないね……!」
「ええっ! あの子のために! 立派になったあの子に負けないように! やはり出来る限りのことをしなければ!」
「その通りだよ、ママ! セバスチャン! パーティーは中止! 僕はこれからもう一度外に出る! とりあえず王都の商店に行って袖の下を買えるだけ買ってくるよ!」
「私は手紙を書きます! 古い伝手を頼って更に親交を深め、媚びを売っておきますわ!」
「ああっ! ママッ! お互い忙しくなりそうだね!」
「ええっ! パパッ! お体に気をつけて!」
「僕なら大丈夫! 君のキスさえあれば、どんなことだってやり遂げて見せるよ!」
「まぁ! この人ったら相変わらずお上手なんだから! チュッ!」
「アハハハハッ! ムチュ~!」
「キャアッ! やりましたわねぇ!」
「アハハハハッ!」
「…………このお二人はまったくもう。まぁ、とりあえず、便箋を用意しますか、それも大量に」




