第15話『未来を求めて』
「おはようございます、お嬢様。本日は大事な、大事な『お見合い』の日でございます。よく眠られましたでしょうか?」
「ええ、爺や。それよりさっそく準備を……」
「………………?」
「爺や?」
「あっ、はい。それではこちらに……」
爺やと会話しながら、ゆっくりと実感します。
戻って来た。
戻ってきましたのね。
またあの日に。
あのお見合いの日に。
悲惨な一夜から……今日この日に……。
「お嬢様?」
「…………なに、爺や?」
「何やら、ぼうっとしておられますが、お体の具合でも悪いのですか? 何かお薬をお持ちいたしましょうか?」
「……いえ、大丈夫。少し寝ぼけていただけですわ」
「左様でございますか……。いやしかし……」
「大丈夫、大丈夫ですから。ご飯を食べたら元気になりますから……」
「……そう、ですか。分かりました」
そのまま爺やに促されて、ベッドの右手側から体を下ろす。
体の調子は言葉の通り悪くありません。
ただ、心の調子は最低です。
自分が死ぬのには慣れてきましたけど。
自分の大切な人が死ぬのには慣れていませんから。
いや、慣れようがありませんわ。
こんなの慣れたくもありません。
もう二度と、もう二度とゴメンです。
そう思いながら、一歩、二歩と部屋の中を歩く途中。
ふいに腰から力が抜けて、ガクリと膝をつきそうになる。
「お、お嬢様!?」
「だ、大丈夫……。大丈夫ですわ……。ちょっと寝ぼけただけです……」
「し、しかし!?」
「いいから……。いいから、爺や、この事は内密に。食事は部屋まで持ってきてください。その間、少し休みます」
「ですが!?」
「今日はお見合いの日です。延期には出来ません。そうでしょう、爺や?」
「それは……その通りではありますが……」
「とにかく今言った通りになさい。食後は紅茶ではなく、コーヒーがいいですわ」
「……はい。かしこまりました」
爺やが一礼して、部屋から出て行くのを見送って。
震える体に鞭を打って、私室のソファに体を投げ渡します。
「ふぅ~……。しっかり……しっかりなさい、レイリィース……。あなたは、この程度で、全てを諦めてしまうほど、いい子ちゃんじゃ、ないんでしょう?」
その言葉を強く胸に刻み込みながら、私は爺やが食事を運んで来るまで、今しばらくの眠りに落ちて行きました。
――――――
王宮内、第二応接室、お見合いの席にて。
「………………」
「レ、レイ、何か喋ったらどうだい……?」
「そうですわ……。あなた朝から様子が変ですわよ? 大丈夫ですの?」
左右に座る両親の声を聞きながら、椅子に座り、瞳を閉じ、膝の上に手を重ね、心を落ち着かせます。
『死に戻り』して約3時間。
体の方は万全ですが、心の方は弱り果てたままです。
瞳の裏にまだあの光景が残っています。
耳にまだあの時の声が響いています。
体にまだ、王子様の熱の残滓が感じられます。
それを思うたびに、心が震え瞳から涙がこぼれ落ちようとしてしまいます。
それでも――
「……………」
――瞳を開きます。
長机の向こう側。
目の前に王子様がいる。
クロムウェル様が、私に惚れたと言ってくれたあのお方が座っている。
己の全てを、私に捧げてくださったお方がそこにいる。
だから、己を奮い立たせ。
そして――
「私の名前はレイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガード。ヴィランガード伯爵家の一人娘です」
――伝えましょう。
あの時、口にできなかったことを。
あなたに伝えなければならなかった事を。
今、打ちひしがれ、弱り果て、震える身を引きずって。
それでも前を向き、先へと進み、戦い抜くために。
あなたに伝えましょう。
私のこの想いを。
そっくりそのまま、あなたに伝えましょう。
「クロムウェル様、あなたに一つ、聞いて欲しいことがございます」
「ああ? なんだ? 言ってみろ?」
「あなたに惚れました。ぞっこんです。どうかこの度のお見合い、この私をお選びください」
シン、とその場が静まり返りました。
私以外の全員、クロムウェル様もお父様もお母様も。
全員が息を止めて私のことを見つめているようです。
そんな中、私は王子様のことだけを見つめていました。
一瞬目を見開き、その後眉根を寄せ、右指で顎をなで。
「ひとつ聞かせろ、レイリィース」
私を見返してそう告げられる、あのお方のことだけを。
「お前、俺に惚れたと言ったな。だが俺たちはろくに会話したこともない。ほとんど見ず知らずの関係だ。何故だ? 何時からだ? いったい俺のどこに惚れた?」
当然の疑問でしょう。
今の王子様からしてみれば、私はただの美人過ぎる田舎のご令嬢でしかありません。
そんな人間から惚れたと言われても、喜びより疑問や困惑が勝ってしまうのは仕方のないことです。
しかし、何と言うべきでしょうか。
『一目惚れ』『恋に時間など関係ない』『まさに今、好きだと気付いた』
『昔からずっと好きだった』『密かにお慕い申し上げていた』『この機会を絶対に逃したくない』
……言い繕う言葉は幾らでも思いつきますが。
どれもこれも口にした瞬間、空気に霧散して消えてしまうような薄い言葉ばかりですわね。
やはり、このお方に嘘はつけません。
いや、嘘をつきたくないと言った方が正しいでしょうか。
なら、私が今口にすべきなのは、本当にただの本音だけでいいはずです。
「私はあなたの『全て』に惚れました。つい最近のことです」
「全てに……? 最近……?」
また王子様の眉が寄る。
それでも構いません。
それでもきっと通じるはずです。
ただ信じたい。
ただひたすらに。
あの時感じた王子様との絆が、時を遡っても消えていないと。
ほんのわずかでも、この時に繋がっていると。
そう信じたいのです。
「クロムウェル様……。あなたは公人としても、私人としても、己の全てを投げ出していらっしゃるお方。全ての人のために、自己の犠牲を全くいとわないお方。はっきり言っておバカですわ」
「「レレレレレイ!?」」
両親から非難するような声が飛んで来ます。
しかし、それをクロムウェル様が片手を上げて制止されました。
その瞳が私を見ます。
強い意志と大きな自信に満ちた、輝く灰色の瞳。
でも、私は知っています。
その瞳の奥に、どれほどの孤独が潜んでいるか。
その瞳の奥に、どれほどの渇望が潜んでいるか。
私はもう知っているのです。
「ですが、王子様。そんなおバカさんなあなただからこそ、私は惚れましたの。どこまでも愚直で、どこまでも真摯な王子様だからこそ、私の全てを捧げても構わないと、そう思いましたの」
「………………」
「もう一度言います。あなたの全てに惚れました。どうか私と生涯を共に歩んでください」
頭を下げ、そう告げて。
しばらくそのまま時が流れ。
一つ息をつくと、王子様は口を開かれました。
「顔を上げろ、レイリィース」
「はい」
言われるままに顔を上げます。
王子様は鋭い視線で私を見つめながら、言葉を続けました。
「お前、どうやら俺のことを、随分よく調べたようだな。しかも人のことを馬鹿だの愚直だのと、好き放題言ってくれたもんじゃねーか。まったく色んな意味で驚きだ……」
ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえます。
両隣の両親が顔を真っ青にして震えているようです。
まぁ、お見合いの席で自分の娘が、王族を侮辱したような発言をしたんですから、そりゃ震えもしますわって感じですが。
でも、大丈夫です。
王子様なら。
私の知っているあのお方なら。
きっとこの後、こう告げるはず。
『「フッ! おもしれー女じゃねーか! 気に入ったぜ! お前、俺の婚約者になれよ!」』
そう、そう言って笑ってくださる。
例えそれが自らの孤独を埋めるために出た言葉であっても今は構いません。
ですが、いつか。
いつか必ず。
「はい。これからよろしくお願いいたしますわ、王子様」
必ずあなたと共に。
どんな困難も、どんな陰謀も、どんな障害も乗り越えて!
必ず幸せな未来を掴んで見せますわ!




