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第13話「彼方を高く飛ぶ鳥よ①」

「は~~えんや~こらやっとどっこいせ~……」


 宵闇の中、船の後部に立ち、を左右に振りながら、船を前へと進めて行きます。


 今日が月夜で助かりましたわ。


 雲も少なく、少しだけ欠けたお月様が闇を照らしているので、灯りがなくても進行方向が良く見えます。


 ここはルービン川。


 王都近郊を流れる川で、川幅は広く、水量も豊か。


 水流は穏やかなもので、乗ってる船も非常に安定していますわ。


 日中などは輸送船が行きかう騒がしい場所ですが、今のような深夜の時間帯は静かな物で、吹く風の音、水の波立つ音、虫やカエルの鳴き声くらいしか聞こえません。


 私たちが今乗っている船は、5・6人が乗れる程度のごく小さな細長い木造船です。


 闇に溶け込む黒色の塗料が塗られていて隠密性抜群な仕様ですわ。


 逆に昼間なんかは目立ってしょうがないでしょうけど。


 その船の上、私は最後部に立って船を漕ぎ、王子様は前部に座って体を休めています。


 手負いの王子様に船まで任せる訳にはいきませんからね。


 今、かのお方はこちらを向いて船に座り、薄く瞳を閉じ、体を丸めて、休息に専念していらっしゃいます。


 船を漕ぎ始めて既に30分ほど。


 あの地下道から抜け出して既に1時間は経ったでしょうか。


 今の所、追手の気配はありません。


 まぁ、私たちのように少数で行動するならともかく、兵士の方々が派遣されるなら、松明たいまつを手に持ち馬に乗り、大勢で行動するはず。


 そうなれば、ここら一体は物々しく、騒々しい雰囲気に包まれているはずです。


 ですが、少なくとも今のところは、馬の気配も掲げられた松明の火も見えませんから、追跡の手はこの近辺まで及んでないと見ていいでしょう。


「むむっ……?」


 …………そう考えてみると、地下道での襲撃には違和感を感じますわね。


 私たちを追いかけて来るのであれば、もっと大人数で、もっと火などを掲げて追って来てもおかしくありません。


 だと言うのに、あの刺客は火もつけず、足音を殺して、迷うことなく命を取りに来ました。


 しかも王族でも一部の人間しか知らない秘密の通路の中で……。


 これはむしろ、追手と言うよりは暗殺者のような……。


「レイリィース……」


「っ! は、はい。なんでしょう?」


 考え込んでいたところに王子様から声がかかり、驚きながら前を見ます。


 すると月明かりに照らされて、薄く輝いて見えるクロムウェル様が瞳を閉じたまま私へと告げました。


「いいか。もう一度確認するぞ。このまま川を下り港まで出たら、町の北端にある黒い屋根の小屋に向かい――」


「それもう5回は聞きましたわ……。大丈夫です。しっかり覚えました」


「…………そうか」


 私の声を聞き、一つ息をつくと王子様はまた黙り込んでしまいました。


 普段から激務に追われているお方ですし、脱出からここまで戦闘続きでしたから、かなり疲労が溜まっていらっしゃるご様子ですわね。


 それに右腕の怪我もあります。


 既に血は止まっているみたいですが、ろくな治療器具もないので、応急処置のままここまで来てしまいました。


 かすり傷と言われてましたが、せめて清潔な包帯に変えるぐらいはしたいものですわ。


 なんにしても、今はお休みしていただくのが一番。それは間違いありません。


「王子様、お疲れなのでしょう? ここは私に任せて、もう少しお休みください」


「そうか……。ああ……そうだな……」


 そうして数度呼吸を繰り返し。


 ゆっくりと目を開くと、私のことを見返して口を開かれました。


「いや、もう少し喋らせろ」


「え~、そうは言われますが……」


「なに大丈夫だ。それより……そう……。お前なんだって船の漕ぎ方なんて知ってんだ?」


「船の漕ぎ方? そりゃまぁ、昔習ったことがありますので……」


「習った? 船の漕ぎ方を? 貴族のご令嬢が?」


「ええ。こう見えてワンパクでしたの」


「ハハハッ。どう見てもそうだよ、お前は」


「むむっ。失礼ではありませんこと?」


「怒るな怒るな。どっちかって言うと羨ましがってんだ」


「え~? ほんとですの?」


「ああ。ほんとだ。この俺だって船の漕ぎ方なんて知らない」


「それはやったことがないからでしょう? やろうと思えば誰だって出来ますわ」


「ハハッ、中々そこまで思い切りよく行かねーよ」


「ははぁ、そうでしょうか?」


「そうだよ、ハハハッ」


 そうしてひとしきり笑われた後、おもむろに口を開くとクロムウェル様は真面目な表情で語り出しました。


「悪かったな、レイリィース」


「えっ? きゅ、急になんです?」


「あのお見合いの席で、お前を選んじまって悪かった」


「はぁ?」


 急に謝罪し始めた王子様を前に、小首を傾げながら問い返してみると、クロムウェル様は私から視線を逸らしつつ、再度口を開きました。


「今回の件の責任は全て俺にある。俺がお前を巻き込んだんだ」


「それは……」


浅慮せんりょだったと言うほかない。責任ある大貴族たちがこうも徒党を組んで、お前を殺そうとするとは思いもしなかった。さっきの追手にしてもそうだ。全て俺の想定外のことばかりが起きている」


 顔を右にそむけ、水面みなもに視線を落としながら眉根を寄せ、自責の念に身を焦がす王子様が、こぼすようにして言葉を続けます。


「俺が……俺がもっと……もっと注意していれば……。もっと……もっと……」


 消え入りそうな声が宵闇に溶けていき。


 その声が消え果ててしまう前に、私は船板を足で叩くと声を上げました!


「そこまでにしてくださいまし!」


「ッ!?」


 驚いた表情で目を見開き、王子様が私を見返します。


 力を失った灰色の瞳が揺らめいているのが見えました。


 普段とは違い、弱りきり、自らを責め続ける王子様に、何故か私は無性に腹が立って、声を抑えるのも忘れて言い放ちます!


「卑屈になるのはおやめください! 今回の件で悪いのは王子様ではございませんわ! 悪いのは私をおとしめ、謀略を巡らした人間です! 王子様が負うところは、ただの一つもございません!」


「だ、だが――」


「――お黙りなさい!!」


「お、おぅ……」


「何度でも言います!」


 二の句のために息を吸います。


 何も知らなければ私だって王子様が悪いと、安易に非難していた事でしょう。


 中途半端に知っていてもやはり王子様が悪いと、非難してしまっていた事でしょう。


 ですが、私はもう知っています。


 このお方のことを。


 今、ただ己の不出来を呪う王子様の事を。


 ただ一人、全てを背負い込もうとしているクロムウェル様のことを。


 私は知っています!


 このお方がどれほどの努力を積み上げて来たか!


 このお方がどれほどの孤独を感じて来たか!


 私はもう知っているのです!


「何度だって言いますわ! 王子様は悪くありません! 悪いのは私をハメた大貴族の連中です!! あなたほど、この国のことを想い、先々を考え! 民を愛し! 兵を愛し! 土地を愛し! 自らの全てを国家に捧げている人間が! 他人の罪の責任まで負わねばならないと言う者があれば――!」



「――天が許しても、この私が許しませんわ!!」



「――――――」


「フーッ!フーッ!フーッ!」


 言葉を失い、目をまんまるに見開いて私を見る王子様。


 そのお方が、一度何かを堪えるように瞳を閉じた後、またゆっくりとこちらを見て、儚げな笑みを浮かべて口を開かれました。


「…………俺自身が言ってても許さねーのか?」


「許しませんわ!!」


「フフッ……。そうは言うがな。俺はお前が今言った全てを投げ出した男だぞ? 俺個人の願望のために、責任を投げ捨て、国家を混乱に陥れたダメな王族だ。そんな俺を許すって?」


「それでも許します!」


「ハハハハッ! なぜだ? なんでそんなことを言う?」


 国も土地も国民も。


 おのが全てを捧げて奉仕していたありとあらゆる物を。


 その全てを投げ出して、王子様はここにいる。


 そして何故そうなってしまったのか。


 原因は二つある。


 一つは『大貴族たちの非道な行い』


 そしてもう一つは――


「――私自身が、あなたに全てを捨てさせた原因の一つだからです」


「…………違う。それは違うぞ、レイリィース」


「いいえ、違いません。私こそが、あなたをここまで導いた。クロムウェル・クォーツライト・アイリスと言う国家の要石かなめいしを、誘惑してかどわかし、逃亡の手伝いをさせた。私はたぐいまれなる悪女です。それに間違いはありません。ですから、クロムウェル様……」


「……なんだ?」


「責任を取らせていただきます」


 櫓から手を離し一歩前に出ると、薄く揺れる船の上、片膝をついて王子様の前にこうべを垂れます。


「共に生きさせてください。私と、このレイリィースと。ヴィランガード家の一人娘としてではなく、ただ一人のレイリィースとして、あなたの側で共に生涯を歩ませてください」


「――――――」


 返答はない。


 ただ、息を詰め体を硬直させる王子様の気配だけがあります。


 私は顔を伏せたまま、答えを待ち続けました。


「顔を上げろ、レイリィース」


「はい」


 少しして、王子様の声が響き、言われるがままにおもてを上げます。


 月明かりの下、こちらを見るクロムウェル様。


 それを真っすぐに見返す私。


 すると王子様が、薄く頬に笑みを浮かべて目を細め、何かまぶしい物を見るかのように私に語りかけました。


「やっぱすげーな、お前は。ほんとすげー女だ……」


「な、なんですの、それ? い、今私結構マジメな話をしたつもりだったんですけど……」


「ああ、分かってる。俺も真面目な話をしてるつもりだ。だからいいか、よく聞け、レイリィース」


「な、なんです?」


「このまま川を下り、港についたら、町の北端にある黒い屋根の小屋に向かえ。そしたらそこに住む人間に『ステイル村の古くからのよしみにより、船を一つ、用立てて欲しい』と伝えるんだ」


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