第12話『暗闇』
ブルリと背筋が震え、呼吸が詰まります。
死ぬのはもはや怖くありません。
数十回も死を経験したから、死ぬこと自体に、今はもう恐怖を感じなくなっています。
ただ、ただ……。
ただ、失ってしまうのが怖い。
私がこのループで手に入れた物を。
今まで手にした事のなかったこの関係を。
ゼロにしてしまうのが怖い。
ただ。
ただひたすらにそれだけが怖い。
ただそれだけが恐ろしくてたまらない。
「…………フギャッ」
ドン、と突然立ち止まった王子様にぶつかり、ブサイクな悲鳴を上げてしまいます。
文句を言おうと見上げて見ると、背後を振り向いた王子様が燭台を高く掲げながら、私の背後を見つめていました。
「お、王子様?」
「レイリィース、前に出ろ……」
「な、何です急に?」
「分からん。だが……何か……ッ!!」
瞬間、響く風切り音!
「ッ! 行け! レイリィース!」
ガシャンッ!と音がして灯りが消える! 王子様が飛んできた何かを燭台でとっさに払い落とし、そのせいでロウソクが消えたみたいですわ!
暗闇の中、背中を押されて前へとたたらを踏む私。
辺りは全くの暗闇で、目の前も見えないような状況ですが、音だけなら聞こえます。
暗闇の中、振り返って何事かと目を見開く私の呼吸音。
王子様が腰の剣を引き抜く音。
そして――
『トットットッ……タタッ!』
――足音!
そして金属が空を切る風切り音!
「フッ!」
続いてガキィン!と言う剣同士がぶつかり合う音!
散る火花! 一瞬だけ映る王子様と黒づくめの人間!
それが意味するのは一つ! 襲撃ですわ!
王族しか知らない秘密の地下道に、もう既に追手が!?
『トッ! タッタッ!』
軽快な足音が止まらない!
仕掛けて来た刺客の足音ですわ!
暗闇の中で足を止め、防衛に徹する王子様に対し、押すと思えば引き、引くと思えば押す、変幻自在の足運びで撹乱し。
そして――
「チッ! グゥッ!」
――攻めに転じれば、猛火の如き剣技で王子様を攻め立てる!
幾つもの火花が散り! 鉄と鉄が打ち合わされる鈍い音が響き!
それでもなお戦いが終わらず次の音が響き続ける!
な、何者ですの!?
暗闇の中、自らに向かってくる剣を凌ぎ続ける王子様も王子様ですが。
王国でも有数の実力者である、かのお方を前にこれほど一方的に攻め立てるなんて!
どれほどの実力者ですの、この追手は!?
いや――
「グゥッ! ッ!」
――違う。
私が邪魔なのですわ!
聞こえる音から察するに、王子様の足運びが普段とはまるで違う!
背後にいる私を守るために、道の中央に陣取ってそこから極力動かないように努めていらっしゃる!
敵を背後に通さないよう、足止めするような動きをされ続けている!
「王子様! 私のことは気にせず! 全力を出してください!」
暗闇の中、戦闘音から遠ざかろうと動きながらそう叫びます。
すると敵の剣を払い落しながら、苦し気な王子様の声が返ってきました。
「それが出来たら苦労はしねんだよ……! ウッ!」
ザシュッ、と鈍い音が響きました。
続いて地下道に何かが飛び散る、水っぽい音が響いて。
香る匂いが鼻に突き刺さる。
「――――――!」
血。
血の匂い。
王子様が……。
王子様が……!
私の、私のッ!!
私のッ!!!!
「よくも! よくもッ!!」
突然の大声に驚く二つの影。
その一つ。
軽快な足音で、王子様の周囲を飛び回り、幾つもの剣閃を叩きつける一つの影。
その足音。その息づかい。その脈動。
音。
音。
音!
『トッ! ダッ!』ガキィン!『スッ……ダダッ!』キィンキィン!『トトトッ! ダッ――』
「ッ!!」
一瞬離れた音が勢い込んで前に出たその瞬間!
胸に抱えていた本を一冊!
分厚い方のそれを振りかぶると、音に向かって思いっきり投げつけます!
風を切って飛ぶ本が暗闇の中、狙い通りの位置、狙い通りの場所に突き刺さり!
そして――!
「グッ!」
――ドゴッ、と音がして小さな悲鳴を刺客が上げて。
「ッ! せええええええや!」
その隙を見逃さなかった王子様の一閃が、鈍い音を立てて敵のどこかを切り裂きました!
「ングゥッ! …………チッ!」
『トッ、トッ、トッ! タタタタタッ……』
小さな悲鳴と舌を打つ音。
そして急ぎ足でどこかへと遠ざかる音。
それを聞き、荒れた呼吸を落ち着かせながら、ホッと一息ついていると、何かを擦る金属質な音が響き、ぼんやりとした火が灯されます。
見れば王子様がどこかに持っていた火縄に火をつけて、敵が逃げて行った方向を注意深く見つめていました。
先ほどまで使われていた剣は、地面に突き刺しながら保持しており、いつでも抜けるように柄頭に右手が添えられています。
周囲には戦闘の痕跡が残っていますが、飛び散っている血の量は多くありません。
恐らくは敵も王子様も、致命傷は負っていないでしょう。
傷。
そう傷です!
「王子様! お怪我は!?」
「…………大丈夫だ。かすり傷。腕を少し斬られただけだ」
その言葉を聞きながら近づき、ドレスのスカート破ると、細い布を作り傷に押し当てます。
右の前腕部。
黒の衣服が切り裂かれ、血が流れ出てるのが分かります。
確かに深い傷に見えませんが……。
とにかく私はその傷に強く布を押し当てながら、ゆるみなどがないようにきつく縛りあげました。
「グッ……!」
「我慢してください。今はこの程度しか処置できませんが……」
「分かってる……。それより助かった。よく当てたな。流石だ」
そう上から聞こえてくる声に見上げてみれば、至近距離にある王子様の顔!
ドクン!と思わず胸が高鳴るのを自覚しながら、声を返します。
「あ、足音が聞こえてましたから」
「ハハハッ。足音で俺と敵を見分けたのか?」
「そうですが、何か?」
「いや、ほんとにすげーなって思っただけ」
それだけ告げて、応急処置の終わった腕を見た後。
王子様は地面に刺さった剣を引き抜き、鞘の途中まで納め、火縄の先を剣の根元に押し当てると切り落とし、灯りを踏み消してしまいました。
また、目の前さえ見えない暗闇が舞い戻ってきます。
「クロムウェル様?」
「先を急ぐぞ、レイリィース。当てが外れた。こんなに早く追手がかかるとはな。その上、まさか俺まで諸共殺そうとするとは……」
「その……なんて言うか……」
「暗い声出すなよ。守ってやるさ。まぁ、さっきのあのざまじゃ説得力ないかもしれないけどな」
「そんなことありませんわ!」
「ハハハッ。ありがとう。大丈夫だ。肩を掴ませてくれ、俺が後ろで警戒する。灯りは付けれない。足元に気をつけながら壁沿いを進むんだ」
「はい……」
「なーに、出口はもうすぐだ。これ以上の追手が来る前にさっさとここを抜けよう」
「分かりました……」
言われるがままに進行方向へと向き直り、右手を地下道の壁に付けると、その壁の感触を手掛かりに前へと進み始めます。
左肩に暖かな感触が宿っています。
王子様の右手です。
きっと背後を注意しながら、私の後ろを進むかのお方の存在を感じつつ。
私は地下道の外を目指して進み続けました。




