第10話『脱出』
「なんだ、以外と元気そうじゃねーか」
言葉と共に牢の中へと入り込み、扉を静かに閉める王子様。
黒い衣装に、漆黒のロングコート、腰に黒鞘の剣を身に付けたその姿。
普段の衣装とは違う、まるで旅装と言った風貌ですわ。
その姿を見て、慌てて立ち上がってみれば、牢屋の窓から入ってくる光は薄く、外がすっかり夜になっているのが分かります。
また未来が変わっているのは間違いありませんわね。
しかし、とにかく今は王子様が何故ここにいるのか聞き出さないと!
「クロムウェル様、なんでここにいますの!?」
「おいおい、あんまりデカイ声出すなよ。警備をぶっ飛ばしてここにいるんだ。そうすぐに見つかりたくねーんだよ」
「警備を……ぶっ飛ばすぅ……?」
な、何を言ってますのこの人……。
煙に巻いたようなことを言われるのは何時ものことですが、今回はとびきりですわ……。
どこまで本当のことを言ってらっしゃるのか……。
いや、考える前に聞いた方が早いですわね。
「と、とにかく……! 質問に答えてくださいまし。こんな夜中に父親の暗殺を目論んだ女の牢に忍び込むなんて正気の沙汰じゃ――」
「目論んでねーだろ、お前」
「えっ?」
「それぐらい分かる」
入って来た扉から数歩左にズレ、牢屋の壁に背を当て腕を組み、視線を前に、私の方へと向けてそう告げる王子様。
そのどこか余裕とも取れる態度に眉を寄せながら、再度問いかけます。
「なら、何のためにここにいらっしゃいましたの? 私の無実を証明するためなら、もっと早く、もっと別の場所でするべきでしたでしょう?」
「その通りだ。耳が痛いな。俺は気付くのが遅すぎた。『向こう』の根回しが周到過ぎたとも言えるが、あっという間に連行、裁判、判決。そして明日には死刑執行……。はっきり言ってありえねースピードだ」
「………………」
「それに問題が根深すぎる。根回しの良さから考えて、複数の大貴族が裏でかんでるのは間違いないだだろう。貴族裁判所の長官。弁護士に検察官。そいつらを裏で操ってる奴、エトセトラ、エトセトラ……。お前の嫌疑を晴らそうとすると、その連中全員の不正を証明しなきゃならねー……実質的に不可能だ」
そう言い切り、ため息と共に視線を落とすと、王子様は闇に吐き捨てるようにして言葉を続けました。
「仮にそれが出来たとしても、国が傾くレベルの後遺症を残す」
「それは……」
……分かっていた事ではあります。
あり得ないことが起こっている。
そのあり得ないことを起こすだけの権力が動いている。
それは分かっていました。
だけど、でしたら、最終的に、このお方が、今この場で言いたいのは――
「――つまり大人しく死ねと?」
王子様を見る。
私の言葉に反応することもなく、視線を下に向けたままそっと息を詰めるクロムウェル様。
その姿を真っすぐに見つめながら言葉を続けます。
「それを言うために、ここに来たんですの? そんなことを言うためだけに、ここに……」
「………………」
痛い程の沈黙がその場を支配します。
しばらくの間、その沈黙が続いて。
ふいに王子様がこちらを見返すと告げました。
「違う」
「なら何を――」
問い返す私に、クロムウェル様が懐から何かを取り出すと、それをこちらへと投げ渡して来ました。
慌てて受け取り、よくよく見て見れば、それは見覚えのある一冊の本でした。
『クロムウェル様、絶対解読納得大全集 決定版』
「げぇっ!? こ、これは!?」
「悪いが読ませてもらったぞ。よく見てんじゃねーかよ、俺のこと」
「乙女の私物を勝手に!? な、何してくださってますのあなた!?」
「フフッ。なぁ、レイリィース」
「何です!?」
「お前、俺に惚れたか?」
「はぁっ!?」
きゅ、急にいったいぜんたい何を!?
『俺に惚れたか』なんていきなり聞かれても!?
そりゃ、王子様は素敵なお方ですけど、今この場で聞き出そうとするのは意味が分からないというか!?
そういう自信満々な態度は、好きな人もいれば嫌いな人もいるので見せる相手は選んだ方がいいというか!?
そもそもこんな牢獄で聞くような話じゃないのではっていうか!?
質問の意図が全然読めませんわ!? 何考えていらっしゃいますの!?
そうして言葉を失い百面相する私を見て、王子様は頬を緩めると言葉を続けました。
「ハハハッ。俺はな――」
また懐から、今度は一冊の手帳を取り出すと、私に投げ渡して来ます。
「な、何を……。って、ん?」
こげ茶色の、装丁のしっかりとした手帳。
その表紙に書かれている文字列。
『レイリィース嬢、調べ書き』
「んんんん?」
それから顔を上げてみれば、笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる王子様。
その切れ長な灰色の瞳がどこか優し気に揺らめくと、またその口を開かれて。
「――お前に惚れた、レイリィース。俺と共に生きてくれ」
……。
………………。
………………………………。
「はぁあああああああ!?!?!?」
な、なななななな!? ど、どういうことですの!?
惚れ、惚れえええ!? 王子様が私を!?!?
ああの王子様がああああああ?!!?
「おっし。じゃ、逃げるぞ。ついて来な。この監獄には抜け道がある。案内してやろう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!?」
「悪いが時間がないんだ」
その言葉と共にギィと言う音が響き、牢屋の扉が開かれ、顔を黒い覆面で覆った大男が入って来ました。
見覚えのあるお方。
何度も私の死刑を執り行った執行官に間違いありませんわ。
そのお方が、ヨタヨタと足を引きづるようにして、部屋の中へと入り込み、視線を右に、壁際に立つ王子様へと向けるとその大きな右手を真っすぐに伸ばして行きました。
「お、おうじぃ……」
「だから言ったろ。時間がないって……」
「この、ような、蛮行を……!」
「悪ぃ」
パシン!っと伸ばされた手を跳ねのけるとほぼ同時!
王子様が一歩大きく右足で踏み込むと、勢いもそのままに男のみぞおちへと掌底を叩きつける!
「ごはぁっ……!?」
体の中から絞り出すような悲鳴を上げた後、男が前のめりに倒れ伏しました。
そうして倒れる男を避けながら、クロムウェル様がつぶやきます。
「王子はやめだ」
その後、こちらへと向き直り、出口へと顎を向けながら私へと告げて。
「行くぞ、レイリィース。遅れるなよ」
「ちょ、ちょっ!? えっ! あの!?」
「いいからついて来い」
それだけ言って、もはや振り返ることもなく牢屋から外へと出て行ってしまいました。
「あ~もう!」
今までにない混乱の中、私は投げ渡された『大全集』と『調べ書き』を抱えて後を追います。
牢屋から廊下へと出て、いくつかのロウソクによって照らされた薄暗いその場を見渡してみれば、左手方向に王子様の姿が見えます。
「遅いぞ、こっちだ」
こちらを見返してそれだけ告げると、先ほどと同じようにこちらを顧みることもなく、真っすぐに歩き出してしまう王子様。
「ちょ、ちょっと! お待ちくださいってば!」
「悪いが待ってる余裕がなさそうなんでな」
短い会話の後、廊下の先から軽装の兵士の方が現れる!
「お、王子!? 何事ですか!? 警備の人間があちこちで!?」
「すまん」
「えっ!? ――グボッ!?」
「通るぞ」
「ッ……ガハッ……!」
先ほどと同じように掌底による当身一発で兵士を無力化し、そのまま廊下を突き進んで行きます。
「ちょ、ちょっと王子様!?」
「下だ。地下に行くぞ」
「あ、あの!? ちょっとは話を聞いてくれませんこと!?」
「なんだよ」
ため息をつきながらも、視線を前に向けたまま、ズンズンと進みつつ問い返すクロムウェル様。
そんな背中に私は問いかけました。
「ど、どういうおつもりなんです!?」
「何が?」
「こんな真似をして! 大変なことになりますわよ!」
「分かってるよ、んなことは」
「じゃ、何故!? 何を考えてますの!? 私、さっぱり分かりませんわ!?」
その問いかけに、苛立たし気に舌を打つと、それでも振り返ることなく、階段を駆け下りながら王子様は告げました。
「そうかよ! ならよく聞いて、よく理解しろ!」
「俺はお前に惚れたから! 国も家族も部下も職務も全部ぶん投げて! お前を助けるって言ってんだよ! 分かったら黙ってついて来い!」
「しょっ!? 正気ですの!?」
「多少はそのつもりだ!! いいからついて来い!!」
ばったりと出会った警備兵をぶん投げながら、王子様がそう告げて。
私はその勢いに飲まれつつも、後に続いて監獄の地下へと降りて行きました。




