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第9話『王子様は……②』


―――――― 




 思えばあの時、初めて違和感を感じたのですわ。


 何故、クロムウェル様はあのような大規模なお見合いを開いたのか、と。


 何故、おもしれーからと言って婚約者を選んだのか、と。


 違和感があります。


 他者を軽んじる姿など見せない王子様が何故。


 何故、事を荒立あらだてると知りながら私を選んだのか……。


 この私の超お嬢様級の美貌びぼうにやられてしまったのか?


 いや、そのようなお方ではありませんわ。


 なら何故……。


 王子様は――




―――――――



 コンコン。


『入れ』


『王子、ご報告したい事がございます』


『げぇっ!』


 クロムウェル様の執務室でお茶の準備をしている最中。


 部屋の中に一人の男性が入って来ました。


 濃紺の短髪を爽やかに揺らす白衣の近衛騎士、コウ・マクガイン様ですわ。


 そのコウ様が、失言に口を押えている私に目を止め、怪訝けげんそうに眉を寄せられる。


 不味いですわね……。


 この超璧ちょうぺきな変装なら大丈夫だと思いますが、正体がバレてしまうかも……。


『あ~……』


『コウ、報告があるなら聞こう』


『あっ、はい』


 天の助けですわ!


 王子様の声を受け、コウ様が執務机まで近づくと、手に持っていた書類を手渡されました。


 フゥ。クロムウェル様が仕事人間で助かりましたわね。


 内心、冷や汗かいている私をよそに、お二人が話し始めます。


『例の新式農法の開発に関してです。調べてみたところ、とにかく予算と土地の確保に難儀しているようで、このままでは立ち消えになるかと……』


『…………ほう。まぁ、理論と熱意だけじゃ、そう上手くいかないわな。代表の身辺調査は?』


『はい。いたってクリーンです。土と草と農夫仲間にしか興味のない人間ですよ』


『ハハハッ。おもしれーじゃねーか。今度、顔を見に行くぞ。援助するかどうかはそれから決めよう。予定をねじ込んでおいてくれ』


『………………』


『なんだよ?』


『いえ……。ねじ込めと言いますがね、王子……』


『だからなんだって?』


『休暇……いつ取るおつもりなんですか?』


『休暇だぁ? 大丈夫だ。ちゃんと休んでる』


『王子、執務の休憩に剣の稽古けいこをし、稽古の休憩に執務を取り、気晴らしに視察に出て、夜な夜な社交界で媚びを売るのを休むとは言いません!』


『あー分かった分かった。休暇もねじ込んでおいてくれ』


『そう簡単に言いますけどねぇ……はぁ……』


 一つため息を口にして手帳を開き、何やら書き込み始めるコウ様。


 そんな近衛騎士様に、クロムウェル様はニヤリと笑いながら言葉を続けました。


『そんなに心配ならオーバーワークしない様、稽古に付き合ってくれよ』


『遠慮しておきますよ。あなたに教える事ももうありませんし。毎回やりすぎて疲れちゃいますからね』


『中々お前以上の相手はいないんだがな……』


『手加減を知るのも稽古の内ですよ、王子。何事も学びです』


 そうしてお喋りするお二人の様子を、私は近くで興味深く見ていました。


 何と言うか、随分と気心の知れた仲のようですわね。


 手帳に何やら書き込むコウ様の姿は、まさしく敏腕秘書と言った感じではありますが、同時に手のかかる子供の世話を楽しんでいるようにも見えます。


 一方の王子様はと言うと、頬を緩め年相応なイタズラ染みた笑みを浮かべていますし。


 上司と部下と言うよりは、むしろこのお二人の関係性は……。


『えっと、どうかされましたか?』


『あっいえ!』


 お二人を見つめていたのが、コウ様にバレてしまったようですわ。


 何とか言い逃れを……。


 と思っていると、クロムウェル様が笑みを浮かべたまま聞いて来ました。


『気になったことがあるなら何でも言ってみろ。変に気を使う必要はない』


『そうですか?』


『ああ』


 むむむ……なんだか言わない訳にもいかない流れですわね……。


 まぁ、いいですわ。


 王子様の調査をする上で、こちらから行動を起こして反応を見るのも、必要なプロセスなのは間違いありません。


 そう思い、一つ息をつくとつい先ほど考えていたことを口にします。


『……ただこう思っただけですわ。お二人がまるで仲の良い兄弟みたいだなって』


 その言葉に一番に反応を返したのはコウ様でした。


『きょ、きょ、兄弟!? そそそ、そんな! 私なんかが恐れ多いですよ!! 王子にはサイアス様と言う立派な兄君がいらっしゃいますし! 各方面に失礼過ぎます!』


 続いてクロムウェル様が口を開く。


『まぁ、兄弟は言い過ぎだな。俺たちは王子とその近衛騎士だ。それ以上でも、それ以下でもない。それよりメイドさん』


『なんです?』


『蒸らし過ぎだぞ、その紅茶』


『ヴァッ!?』


 言われてみれば、お二人の話を聞くのに夢中で、お湯をポッドに入れてから随分と時間が経っています!


 これでは折角の紅茶が渋々茶に!


『ハハハッ。紅茶の腕が良くなるのは、まだまだ先みたいだな』


『フフッ。私が貰いますよ。ちょうどしぶいお茶を飲みたかったんです』


『うぅ……申し訳ございませんわ……』


 そうしてコウ様に渋いお茶をお出ししている間。


 私の脳裏からは、先ほど一瞬見えた王子様のお顔が張り付いて消えませんでした。


 両手を横に振りながら私の発言を否定するコウ様を見て、一瞬目を逸らされた王子様のそのお顔が。


 何故か心の奥底でとどまり続けていました。




――――――




『むぅ……。このモヤモヤの正体はいったい……』


『ですから、サイアス王子。あの子は親である私から見ても、そそっかしくて危なっかしい娘でして、王族の皆々様方に置かれましては――』


 むっ! この声は!


 王宮の廊下を歩いていると、正面から数人の人影が歩いてくるのが見えました。


 一人は毎日のように顔を突き合わせている殿方。


 カールした金のボブカットに、青の瞳、緑を基調とした服に身を包んだ、私の父親、パパギリス・ボヤッジュ・ヴィランガード。


 そしてもう一人。


 くすんだ銀色の、肩を超えるほどの長髪に、灰色の瞳、不健康そうな顔色に、こけた頬。


 小柄な体躯を白を基調とした豪奢ごうしゃな衣服で隠したアイリス王国の第一王子。


 サイアス・ウルニム・アイリス様。


 御年28歳。


 クロムウェル様の兄君ですわ。


 その二人が、護衛と見える黒服の男たちを引き連れてこちらに真っすぐ歩いて来ます。


 むぅ、今私は超璧な変装をしているとはいえ、さすがにお父様に見られたらバレる可能性がありますわね。


 ここはちょっと途中の部屋に入って隠れさせて頂きましょうか。


 どこからどう見ても自然な足取りで進行方向を右に向け、目の前の部屋へノックする『フリ』をした後するりと滑り込む。


 ……ここはどうやら文官さんたちの共同執務室のようですわね。


 皆さん真面目に仕事をしてらして、入り口横に大きな本棚があることもあり、こちらに気付いた様子もありません。


 好都合ですわ。


 このままちょっとドアに耳を当てて、会話を盗み聞きさせてもらいましょうか。


『ハハハッ、ヴィランガード卿。何もそう卑下することはないでしょう。あのクロムウェルが選んだのです。もっとご息女そくじょを誇りに思っていいのでは?』


『いやいや、私共といたしましても、何故あのお転婆てんばが選ばれたのか不思議なくらいでして! もう、何か失礼なことをしないか毎日不安で不安で!』


『ハハハハッ! まぁ、気持ちは分かります。クロムウェルは兄の私から見ても良く出来た奴ですから。かくいう私も頼りっぱなしで、肩身が狭くて仕方ないですよ』


『いっ!? いやいやいやいや! サイアス様という素晴らしい兄君がいればこそですとも! お二人がいればアイリス王国も将来安泰と誰もが口にするくらいですから!』


『ハハッ。そうでしょうか?』


『そうですとも! サイアス様の手腕はみなが知るところです!』


『フフッ。その期待に応えられるよう、頑張らないといけませんね』


『はい! もう家臣一同、一丸となってお支え致しますので!』


『よろしく頼みますよ――』


 その、声が段々と遠ざかりついに聴き取れなくなる。


 まさしく王族とその臣下、と言った感じの会話でしたわね。


 しかし、お父様も『お転婆』だの『選ばれたのが不思議』だの、失礼なことばかりお言いになって!


 機会を見てとっちめてやりますわ!


『あ~、そこのメイド。何用か?』


『あっ! おほっおほほほ! 部屋を間違えましたわ! 失礼いたします!』


 文官の方に声をかけられて急いで部屋の外に出ます。


 そうしてホッと一息つきながら体を右に、お父様たちが歩いて行った方向とは逆に向けて歩き出し。


 そこでふと、一つ思うことがありました。


 若くして数多くの政務に携わり。


 兵の尊敬を集め。


 多くの人間を魅了し。


 一回り年上の兄君にさえ頼られる王子様。


『それじゃ……いったい……』


 王子様は誰を頼ればいいんでしょう。


 王子様は――




――――――




 ――孤独だ。


 それこそが、今回の調査で私が結論付けたことです。


 家臣の方々、下働きの方々、兵士の方々、ひいては国民の方々。


 多くの人に慕われ、尊敬され、周囲をかこまれていながら。


 それで、それなのに。


 クロムウェル様は、どうしようもなく孤独だ。


 全ての人間に、どこか距離を置かれている。


 凄すぎる王子様に。


 何でも出来るあのお方に。


 国を統べる血脈にあるクロムウェル様に。


 誰もがどこかで壁を作っている。


 誰もがどこかで距離を置いている。


 誰もが畏怖のこもった視線で見ている。


 孤独。


 そう思えて仕方がありません。


 でも。


 それでも。


 それでも、あのお方は……。


 私は見ました。


 クロムウェル様が農場の視察で、農夫の方に笑いかける姿を。


 メイドの方に笑顔と共に礼を告げる姿を。


 訓練で倒れた兵士の手を取り、そっと立ち上がらせる姿を。


 ミスをした文官を叱責した後、暖かな笑みと共に励ます姿を。


 王子様は。


 王子様は。


 素敵なお方ですわ。


 身分の関係なく誰にでも優しく、えこひいきをしない。


 感謝の気持ちを忘れない。


 人を小馬鹿にしない。


 職務をいい加減にこなさない。


 笑うと以外にかわいい。


 呆れて目を細めるような表情も。


 年相応に焦った顔をする時も。


 驚いて目をまんまるにする時も。


 怒った時の凛々しい姿も。


 全部。


 全部全部全部全部全部。


 素敵なお方だ。




――――――




「そんなお方が、私をおもしれーからと言って選ばれた」


 違和感があります。


 その理由はきっと。


「おもしれーだけが理由じゃないからですわ」


 ならその真意は――


 バタンッ!


「レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガード! あなた、王子の婚約者でありながら外国と通じて国王陛下の暗殺を企てましたね!」


「……時間切れ、ですわね」


 突如響く、近衛騎士コウ・マクガイン様の声。


 読んでいた本を閉じ、声の聞こえて来た方、背後へと振り返る。


 時間は夜。場所は王都の別邸、私の部屋。


 視線の先にいるのはいつも通り、コウ様とその部下十数人。


「抵抗いたしませんわ、早い所連れて行ってくれませんこと?」


「ッ!?」


「なんです? それとも逃げた方がよろしいかしら?」


「……連行しろ!」


「「「「「了解!」」」」」





―――――――




「――以上の証拠により! 被告人、レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガードが国王陛下暗殺を目論もくろんだことは明らかである!」


「「「異議なし!」」」


「はいはい。異議なし異議なし。さっさと監獄に連れて行ってくださいまし」


「……判決は有罪! 国家反逆罪により死刑に処す! 監獄に連れていけ!」


「はいはいはい。さっさと行きますわよぉ~」




――――――




「ここで大人しくしてろ、この魔女め!!」


「はいはいはいはい。大人しくしてますわ」


「ケッ!」


 石造りの薄暗い監獄の中、鉄製の扉が閉まるのを見届けてから、いつもの薄汚いベッドの上にボスンと横たわる。


 明り取り用の格子付き窓から漏れてくる陽光の下、ぼんやりと上を見上げ、体から力を抜き、一つ息をつきます。


 今回のループは、ほんといろいろありましたし、さすがに疲れましたわね。


 体がジンワリと重く、考えることも多かったから頭もつかれています。


 何にしても後は明日の夜の死刑執行を待つだけ。


 そしたら次のループに突入ですわ。


「はぁ~……」


『おもしれー女じゃねーか! 気に入ったぜ!』


 ふと脳裏に響くその声。


 自信に満ちた笑みを浮かべながら、そう言い放つクロムウェル様の姿。


 でも、今なら分かります。


 その裏にはきっとあったのですわ。


 深い孤独と。


 わずかな期待。


 そして、耐えがたい程の羨望せんぼうが。


 きっとその想いこそが、今回の大規模なお見合いを開かせ。


 そして、私を選ぶ理由となった。


 まぁ、結果としては散々な物になりましたけど。


 でも、その想いを否定する気にはなれない。


 王子様は――


 きっと――


 …………。


 ………………。


 ガチャン。


 んぐっ?


 ちょ、ちょっと眠っちゃってましたか。


 しかし、なんの音でしょう?


 今、何か牢の扉が開くような音が――


「おう。元気そうだな」


 ――ベッドの上で、顔を横に向けた瞬間飛び込んでくる見慣れたお顔!?


「ク、クロムウェル様!? ど、どうしてここに!?」


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