第1話『俺の婚約者になれよ』
「おもしれー女じゃねぇか! 気に入ったぜ! お前、俺の婚約者になれよ!」
「はあっ?」
体を硬直させ、思わず問い返す私。
だってそうでしょう?
そうならないために、このお見合いの席についてから一言も発さなかったというのに。
だと言うのに、長机を挟んで私の前に座る黒衣の王子様――クロムウェル様は。
灰色の瞳を強く輝かせながら。
銀色の短髪をかき上げながら。
よく似合う自信に満ちた笑みを浮かべながら。
私にそう告げてきたのです。
『お前、俺の婚約者になれよ!』
脳内で繰り返されるそのセリフ。
混乱の中、本当に言葉を失ってしまう幼気な私。
そんな私に対して――
「聞こえなかったのか? お前に俺の婚約者になれって言ったんだが?」
――再度そう告げてくる王子様。
「おっ、おおおお!」
「お?」
「お断りですわ!!」
「ああん?」
思わず出た大声に、左右に座るお父様とお母様から声が飛んで来た。
「な、何を言っているんだい、レイリィース!」
「そうですわよ、レイ! 光栄なことでしてよ! 二つ返事で答えなさいな!」
「い、いや! いやですわ! 王子様の婚約者なんて絶対ごめんですわ!」
「なんだお前、そんなに嫌なのか?」
「いやですわ!」
再度拒絶の声を聞き、瞳を閉じ何かを思案する王子様。
ドキドキとしながらそれを見る、私と両親二人。
そのまま少しだけ時が流れて。
「この俺の申し出を受けて、まさか断る奴がいるとはな……。フッ……」
瞳を閉じたまま薄く笑い、ギラリと切れ長な目を見開く!
「ますますおもしれー女じゃねーか! お前、俺の婚約者決定な!」
「ええっ! だから嫌だとさっきか――モガッ!」
「ありがとうございます! クロムウェル様!」
「オホホホホッ! 娘も心の底では喜んでおりますわ! これからよろしくお願いいたします!」
両親が私の体と口を押さえつけ、冷や汗と笑みを浮かべつつそう告げます!
だ、ダメですわ! 完璧に抑え込まれて身動き一つ出来ない!
このままでは!
このままではぁ!!
「フッ! そういう事だ。これからよろしくな! レイリィース!」
「モガアアアアアアッ!!」
また、あの『最悪な最後』を迎えるはめになる!!
――――――
私、レイリィース・ジョゼフィーヌ・ヴィランガードが。
何故、これほどまでに王子様との婚約を拒絶しているのか。
理由は今から4時間前の――。
いや、この『お見合い』の日から12日後の出来事にあるのですわ……。
――――――
「時間だ。飲め」
黒衣を身に纏い、顔を黒い頭巾で隠した大男が。
私の座る汚らしいベッドの横に置かれた小さな机の上に、ワイングラスを置きました。
中には赤い液体が一口分注がれています。
ワインと。
そして『毒薬』が混ざった赤い液体が。
私を自死させるための真っ赤な液体が。
そこにはあります。
ここは監獄。
王都の北部にある収容所ですわ。
時間は夜。ロウソクによって照らされる薄汚い石造りの牢の中。
明り取りの鉄格子から月明かりがチラリと漏れ込んでいます。
「はぁ……」
ため息を一つ吐き、グラスを横目で見ながら男性へと問いかけます。
「そのワイン。どこの何年物ですの?」
「ああん?」
「人生最後に味わうワインですもの。それぐらい聞いても構わないでしょう?」
「……チッ」
執行官さんが注ぐときに使ったボトルのラベルを見ました。
「シャルノー・メトゥール。93年物だ」
「はぁ、メトゥールの93……。私、赤はラノワールの83が好きなのですけど……」
「黙れぇ!!」
思わず漏れたボヤキに、大男が敏感に反応して私へと大声を発ました。
「この売国奴が! 贅沢を言うんじゃない! 国家反逆罪でこれから死ぬって時に何言ってんだ!」
私、反逆なんてしてませんけど……。
「お前が国王陛下の暗殺を企てたのは全てバレてるんだぞ!」
企ててませんけど……。
「本当なら市中引き回しの上でギロチンにかけてやる所を、陛下のご温情で毒薬での自死となってるんだ!」
薬殺刑のどこに『ご温情』がありますの……?
「分かったらさっさと飲め! お前はもう死んでないといけないんだよ!」
あぁ~もう……。
「まったくうるさい方ですわねぇ……」
ベッドから立ち上がるとワイングラスを右手に持ち、男へと視線を向けます。
「私はただ単に『次はラノワールの83年物が飲みたい』とそう思っただけですのに」
「次だぁ!? そんな機会、お前にはない! 今日この時、この場で死ぬお前にはな!」
「はいはい。少し静かにしてくださいな、まったく……」
グラスに注がれたワインを上からのぞき込んでみます。
うっすらと怪しく光るワインが私自身を映し返していますわ。
美しくウェーブがかった金のポニーテール。
切れ長な深紅の瞳。
透き通るような白い肌。
間違いなく王国でも1番の美姫。
そんな私が今。
お気に入りの深紅のドレスを薄く汚して。
身なりを整える暇さえ与えられず。
一方的な自死を命じられている。
「………………」
また。
またこの展開ですのね。
身に覚えのない罪で貶められて。
薬殺刑に処されてしまう。
もうこれで5度目。
私はもう5回もこのワインを呷って死んでいる。
いわれのない罵声を聞きながら。
屈辱で身を焦がしながら。
誰かのほくそ笑む声を聞きながら。
何度も何度も死んでいる。
世の中って……。
世の中ってほんとに……。
ほんと~~~~~に……。
「クソったれですわぁああああああ!!」
「うおっ!!」
「こんちくしょおおおおおおおおお!!」
叫び声と共に、ワインを喉の奥へと流し込みます!
瞬間!
(ドクンッ!)
赤い液体が胃の底にたどり着くと同時に、体が跳ね上がるような衝撃が走り!
「うっ!」
血管一本一本が拡張しきったような感覚を覚え!
「ぐうううっ……!?」
平衡感覚と上下感覚がなくなり、視界が回転し、何もかもが分からなくなり!
「ううううううううっ!? グハアッ!!」
口から赤黒い液体を吐き出すと同時に、意識がかき消える。
何度も何度も、繰り返して来たように。
ワインの香りと毒薬のツンと尖った匂い。
そして、金属を思わせる血の味と共に。
私の意識はまるで眠りにつくかのように。
薄暗い闇の中へと落ちて行ってしまうのです。
ドサリと響く、自分の体が床に倒れ伏す音さえも、どこか他人事のように聞きながら、何も考えることが出来なくなって。
そしてその次の瞬間には――。
『ゴーン。ゴーン。ゴーン。ゴーン』
「ハッ!?」
――大きな古時計の鐘の音と共に、別宅の自室で目を覚ますのですわ。