96,無題。
冒険者ギルド本部を目指す途中で、アンデッドの集団と遭遇した。シーラが短剣を抜きながら、ライラに言う。
「君が合流してくれて楽ができる」
「シーラお姉さんも働くのよ!」
アリシアは建物の外階段に腰かけて、瞑目する。シーラとライラがアンデッドたちとバトルする戦闘音、チェットの悲鳴などを聞きながら、考える。
錬成店を畳むときがきたようだ、と。
いまや錬成スキルの影響は大きすぎる。冒険者たちの特殊効果への依存は想像以上だったし、毒耐性などは過去にさかのぼって無効化される例もあると分かった。これ以上、錬成スキルで特殊効果を売るのは、無責任というものだろう。
何より、今回の市長との契約をまとめれば、目標だった3億ドラクマの稼ぎにも達する。
目を開けると、アンデッドたちの死体の中、シーラとライラが肩で息をしている。
さすがに冒険者時代の能力を有しているアンデッドとの戦闘は、骨が折れたようだ。
ライラがハッとして言う。
「アリシアお姉さんから、『アンデッド浄化』の効果を付与してもらえば良かったのよ! いまからでも遅くはないわね。アリシアお姉さん、代金を受け取って」
「今回は無料で付与してさしあげますよ、ライラ。シーラさんもどうぞ」
「え、本当に? お姉さん、優しい」
「まぁ私は、共同経営者だから当然とはいえ。ライラまで? 珍しいことがあるものだぁね」
その後は、何事もなく冒険者ギルド本部に到着。そこに詰めていた冒険者たちがアリシアに気付き、ちょっとした騒ぎになる。
「アリシアさんだ!」
「錬成店の店長さんだぞ!」
「おおアリシアさん!」
アリシアは、冒険者たちの反応に困惑した。
どうにも救世主に対しているような。なかには恭しく跪いている者までいる。
いよいよ異常なことになってきた。
シーラが、アリシアの耳元で言う。
「君が付与する効果の有難みが、いっとき失われたことで、より強固なものとなったようだね。君の望む望まぬ関係なく、いよいよ冒険者たちにとって、君はなくてはならない存在となっている」
「それは、私の望むところではありませんがね。言うまでもないことでしょうが」
ギルマスが出てきて、何か言いたそうだったが、結局それは飲み込んだ。そのかわりに丁重に言う。
「シェパードさん。私に、何か用事でしょうか?」
「あなたではなく、市長さんに」
「市長に?」
ギルマスは、これを侮辱と受け取ったらしい。確かにここはギルマスの城のようなもので、市長は客人でしかないわけだが。とはいえアリシアは、そんなことは気にしない。市長のいる応接室に行き、さっそく切り出した。
「王都に巣くうアンデッドたちを一掃することができます」
それから、王都全域に『アンデッド浄化』の効果を付与する計画を話した。
厳密には、王都の塔を装備品と解釈し、その装備塔に付与する──というわけだが、このようなこまかい説明は省く。
ただし、値段は明確に口にした。
「5億ドラクマです」
王都全域への付与に使うエネルギーと、錬成素材である聖瓏晶の増殖を考えると、これは当然の額。
市長はゾッとした様子で言う。
「まってください、シェパードさん。王政府の国庫ならはともかく、私のところにそのような大金はございません。
シェパードさん。これは、王都の市民を救うことだ。私は、あなたに無償での効果付与を要求します。ですが、あなたは英雄として称えられることでしょう。お金よりも、名誉を取るべきではありませんか?」
アリシアは一考する。王都が税収入をため込んでいることは分かっていた。王都の公共事業自体は王政府が管理しているのだから、これは当然といえる。
ゆえに5億ドラクマを渋る理由はないはず。または、市長が個人的に使い込んでいるのでもなければ、だが。
「分かりました。では無料で、王都への付与を行いましょう」
そばにいたチェットが驚きの声を上げる。シーラは笑みを噛み殺した。
市長は満面の笑顔で、やたらと脂肪で分厚い両手で、アリシアの手を握ってくる。
「おお、さすがシェパードさんだ! 王都の英雄! アンデッドたちが全滅したら、私はあなたを表彰しますぞ!」
「では、さっそく──」
アリシアは、聖瓏晶を一個だけ使った。もちろん一個では、王都全域にまともな『アンデッド浄化』効果など起きないが。
期待の眼差しで外の様子を見ている市長。やがて何も変わらないことに気付く。
「シェパードさん? 何も変わりませんが?」
「ふむ。『アンデッド浄化』のパワー不足のようですね。パワーをあげるため、効果そのものをアップグレードするしかありません」
「でしたら、早くアップグレードをしてくだいませんか?」
「ええ、ですがね市長」
「はい?」
「アップグレード料金として、10億ドラクマいただきます」
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