94,商取引。
「暴動のようなものが起きているようですが?」
シーラは面白そうに笑う。
「そうそう。アンデッド騒ぎを聞きつけた王宮の連中が王国騎士団を引っ込ませて、王宮エリアを封鎖させたんだよ。ほら。王都内にありながらも、王宮エリアは戦時に備えて、隔絶できるよう城壁で囲われているからね。だけど、王都の市民は、自分たちだけ助かろうとする王政府に怒って、暴徒と化している」
アリシアは、なんとなく考える。シーラは、いまの事実のどこが面白かったのか。王宮側の弱気な対応か、アンデッドが大量発生しているのに暴徒まで出てきている事態か。ユーモアというものは悲劇にこそ発見できるものであり……。
アリシアはあくびしてから、尋ねる。
「では、私たちはどのように動くべきか、意見はありますか?」
チェットが挙手して、
「店長が復活したことで、アンデッド対策の効果も復活しますよね? それによって、アンデッド化した冒険者たちも元に戻りませんか?」
「不可能ですね。理由は二つあります。まず私が付与したアンデッド対策は、『アンデッドにならない』効果ではなく、『アンデッドの空気感染を防ぐ』というものでした。さらにいえば、いまのアンデッドが種として進化したのならば、そもそも我々が理解するアンデッドではないでしょう」
シーラがうなずく。
「空気感染はしなくなったかわりに、アンデッドが冒険者だったころと同じ力を使うわけだからね。まぁ、武器の扱いは下手みたいだけども。だから一番厄介なのは、元が魔導系ジョブだった者のアンデッド。自我を失い、頭部を破壊しなければ死なず、そして魔法を連打しながら、『うがー』と襲ってくる」
「今回こそ、明確にアンデッドを破壊する効果を付与する必要がありそうですね。すなちわ、『アンデッド浄化』の効果を」
「アンデッドと戦っている冒険者たちに、ですか?」とチェット。
各冒険者たちにいちいち効果を付与していては、アンデッド被害はより甚大なものとなるだろう。無駄に暴徒までいる状況では。
「ふむ…………お二人とも、王都の中央にそびえる、あの塔のいわれをご存じですか? 私が聞いた話では、王都建設が始まったとき、王城より早くに建造されたとか」
王都中央にそびえる高い塔を、アリシアは窓越しに指さす。
シーラがどうでもよさそうに言った。
「いわれは知らないけども、興奮しているときの男性器みたいだぁね」
ちょうど水を飲んでいたチェットが驚いて吹き出す。
アリシアは首を横に振った。
「それは考えたこともありませんでしたね。しかしそれでは、塔はすべて男性器の隠喩になってしまうのでは?」
チェットがうなるように言う。
「あの、お二人とも、いま、そういう話をしている場合ですか?」
「私が言いたかったのは、あの塔こそが王都を象徴するものだということです。まるで〈ソードナイト〉の装備する剣が、〈ソードナイト〉自身を象徴するように」
「ふむ。つまり、王都が『装備している』と」とシーラ。
「はい」
「だとして、君は無料では付与しないのだろうね?」
「商売ですからね」
「では、誰がその効果を購入するのだろうね。国王? さすがに王宮に引きこもっている国王と取引まで持ち込むのは至難の業」
チェットが口をはさむ。
「二人とも、なんの話をしているんですか???」
「アリシアは、アンデッドを浄化する効果を、この王都全域に付与しようとしているんだよ。だけどそのためには、『王都に付与する』では、意味の範囲が広くて曖昧。
それならば、あの王都の象徴たる塔を、王都が装備している武器として解釈してみる。剣士の剣、魔導士の杖のように」
「あっ、分かりました。王都が装備する塔に対して、『装備者にアンデッド浄化の力を与える』効果を付与するわけですねっ! すると効果は王都全域にかかる──って、そんなことが可能なんですか?! 都市に効果を付与するなんて??」
「可能なんだよ、アリシアならば」
「でしたら店長! いますぐにでも! アンデッドの犠牲者を、一人でも減らすように!」
しかしアリシアは、チェットに対して、首を横に振った。
「私は慈善事業をするつもりはありませんよ。『王都全域にアンデッド浄化の効果を付与する』ことは可能ですが、それには効果の購入者が必要です」
「……お金、とるんですか? 誰からですか?」
「市民すべて、からですね」
「えーと。市民たちにそんな買い物してい余裕はないと思うんですが?」
「王都の市民は、王政府に対する国税と、王都に対する地方税を支払っています。国王との交渉が難しいのならば、王都の市長と交渉するとしましょう」
シーラが得心がいった様子でうなずく。
「市長に、市民から搾り取った血税から支払わせるわけだね。市長としても、願ったりかなったりのはずだ。王と違い、市長はさすがに逃げるわけにもいかないしね」
「さっそく、商取引に出かけるとしましょうか」
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