93,余波。
アリシアは、渋々ながら目覚めた。死の暗闇というのは、悪くなかったので。しかしまだ死ぬには早い。
「誰もいないのですか?」
シーラの姿もない。ひとまずお手洗いに行く。手を洗っていると、外が騒がしいことに気付いた。隠れ家の窓から外を眺めると、暴徒が行進している。
アリシアはあくびしてから、ベッドに横になった。40時間程度とはいえ、死んでいたので眠い。寝すぎで眠い。しばしボーとしていると、シーラが入ってきた。
「まだ死んでいる?」
目を開けて起き上がる。
「いえ起きていますよ」
「うーん。アリシア。とりあえず君が目覚めたということは、消滅していた効果は戻ったのかな?」
「消滅していた? すると、私が死んだことで、やはり付与されていた効果は消滅してしまいましたか。ふむ。これからは効果を付与するときに、私の死で無効化されることを事前注意せねばなりませんね。クレーム対応のチェット君が大変そうですが」
「アリシア。そんな優しい問題ではないみたいだよ」
「錬成店にはすでにクレームの嵐が? チェット君がストレス死しましたか。気の毒に。新しい店員を探さねばなりませんね。次は、もっとストレスに強い性格のかたにしましょう」
入口が思い切り開いて、チェットが飛び込んできた。
「死んでませんよ! 死んでー、ません!! というか僕が死んだときの切り替え、早くないですか? もう少し悲しんでもいいんですよ、店長!?」
「チェット君」
アリシアは、チェットに握手してから、うんとうなずいた。
「……店長。これで、いまの暴言をなかったことにしようとしていますか?」
アリシアはシーラを見やった。
「さて。チェット君も健在のようですが、何が起こりましたか? 私が死んでいる間に?」
シーラは腕を組み、
「うーん、どこから話したものか。まず、錬成店へのクレームはとくにないよ。いや、一部ではあるのだろうけども、それよりも多くの冒険者たちが、君の復活を祈っている。
君はいまや、冒険者たちには欠かせぬ存在。女神のようなものになっている。これは、ゾッとすることだよ。この国の命運が、君にかかっているんだからねぇ」
「そこまでの大事になるとは、さすがに予期していませんでした。仮死状態になったことは、思慮に欠けることだったようですね」
「マリアの連帯保証人になったときといい、君はときおり、『テキトー』だよね。そこが好きだけども」
「ありがとうございます。私もシーラさんが好きですよ」
チェットが挙手して、
「店長、僕はどうでしょうか?」
「何がですか、チェット君」
「……店長っ!」
シーラが話を戻した。
「まずアリシア。君が死んだことで、付与された効果は、そう消えた。ただし例外もいて、なぜかライラ、エブリ、ケールなど一部の者の装備品の付与効果だけは消えなかったんだよねぇ。あ、私の短剣に付与された効果も消えなかったよ」
「ライラにシーラさん。ケールさんに、〈テンプルナイト〉のエブリさんですか。私と関わりの深い者は、付与した効果が『永続的』となったのかもしれませんね」
「そう。共通項はそれくらいだよね。みんなほかの依頼者より、君といろいろと付き合いが長い」
「ふむ。これは興味深い。分析のしがいがあります」
「しかし分析している暇はないよ。君が付与した効果は、ただ現在進行形で消えたわけじゃないんだよ。過去にさかのぼって、その効果が無効化されたわけ」
「ほう?」
ここでシーラは、35時間ほど前、ライラが冒険者ギルド本部で遭遇した事件を話した。〈ウォーリアー〉が、何日も前の毒で急死したのだ。
その毒は突然に現れた。
最初に毒をくらったときは、『受けた毒を無効化する』効果で無効化したものが。付与された効果が消滅されたことで、『効果によって毒を無効化した』事実も消滅し、毒をうけて死んでしまったのだ。
「過去にさかのぼっての、付与効果の消滅…………しかし35時間前と言いましたね? 私が仮死状態となったのは、40時間前」
「そう。どうやら影響には個人差があるようでね」
アリシアは、この事実の何が致命的なのか、すぐさま理解していた。
つまり『過去にさかのぼって効果が無効化される』いうことは、あの最も大きな事件がまた蘇ることになる。
「かつてアンデッド問題が起きたとき、私はアンデッド対策セットを売ったものですね」
「あぁ覚えていたね。そーだよ。アンデッド対策セットの効果も『過去にさかのぼって』無効化されたので、アンデッド対策セットによってアンデッド感染を逃れた者たちはいまや──立派なアンデッド」
「あら、あら」
「不幸中の幸いとしては、このアンデッドたちに空気感染の効力はないみたい。ただし、アンデッドは噛みつくことでも感染するからね。そして数えきれない冒険者たちは、王都内のさまざなところで突然にアンデッド化──しかも、このアンデッドの厄介なことは、ジョブ能力を引き継いでいるということ」
「ははぁ。進化しましたか」
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