91,カオス。
今回の『アリシアが死亡したらどうなるのか』実験。
のちにシーラは、これはアリシアが顧客を裏切ったのかどうか、分析してみる。
結論からいえば、微妙。アリシアはつねづね、顧客に付与した効果を自らの都合で奪ったりはしない、それは顧客への裏切りだから、と話していた。
その理屈でいえば、これは裏切りといえなくもない。ただつきつめれば──それが裏切りかどうか決めるのも、またアリシアにほかならないということだ。
アリシアが仮死状態となったことで、冒険者たちに付与された効果が消滅する。
その影響は、ちょうどクエスト中の冒険者に即、出た。
たとえば王都ダンジョンを攻略していた、ある冒険者パーティ。
リーダーのジェフリー。
『ダンジョンに入ると、行動するごとに確率で攻撃力・防御力がともに上がる』という効果を装備剣に付与してもらっていた。高い買い物ではあったが、満足だ。というのもダンジョンというのは、進めば進むほど出現魔物は強くなる。
一方、進むということは、そのぶん行動することを意味する。つまり敵魔物が強くなるのにあわせて、ジェフリー自身の攻撃力と防御力も上がっていくので、常に苦戦せずに撃破できる。
こうしてパーティを率いているジェフリーだが、実はつい先日までは、リーダーではなくただのアタッカーの一人にすぎなかった。
そんなジェフリーが、いまやかつてのリーダーであるコーリーに指示だしをする立場となったのも、『ダンジョンに入ると、行動するごとに確率で攻撃力・防御力がともに上がる』効果のおかげである。
実は親の遺産をすべて、この効果につぎ込んだ。だがその価値はあった。ジェフリーが所属しているパーティはダンジョン攻略専門なので、『ダンジョンで進むほど強くなる』のジェフリーは独壇場と至るわけだ。
ついにパーティメンバーたちの投票によって、コーリーからリーダーの座を奪い取った。気分がよい。これまで命令ばかりされていたが、これからは立場逆転だ。さっそくコーリーに命ずる。
「おいコーリー。この先に蜘蛛型の魔物が出るぞ。たしか、〈見張り大蜘蛛〉だったか。あいつらは雑魚だが、女王蜘蛛に報告されると厄介だ。お前が先行して、〈見張り大蜘蛛〉を皆殺しにしてこい」「くっ。てめぇ、おれに命令しようってか」
「当たり前だ。このパーティのリーダーは僕だぞ、コーリー。それにお前は、武器の戦斧に氷属性を付与してもらっているだろ。蜘蛛型魔物はみな氷属性が弱点だ。お前なら簡単に片付き、僕たちの体力温存になる」
「畜生!」
コーリーは怒りをおさえつつ、命じられた通りに先行する。だが今に見ていろよ、と思っている。ジェフリーにはウンザリだ。だから寝込みを襲うつもりでいる。野営中に、ジェフリーを殺す。それを魔物の仕業に見せかけるつもりだ。
そういえば〈見張り大蜘蛛〉は地中を移動できる。この〈見張り大蜘蛛〉の一体が、地中を移動して、ジェフリーを襲ったことにすれば……
「こいつらの牙をもらっていくとするか。このグロテスクな魔物どものな!」
〈見張り大蜘蛛〉は、人間ほどのサイズがあり、囲まれると危険だ。だが氷属性を付与した戦斧で戦技を使えば、無双も可能。
さっそくコーリーは氷属性付与の戦斧を振り回し、戦技を発動。弱点属性への強烈な攻撃。一気にすべての蜘蛛たちをブレイク状態へと持ち込み……持ち込み。
「な、なんだ? どうしてブレイクにならない?! まてよ?! 弱点属性への攻撃になっていないのか!? おれの斧がぁぁぁ!!」
ところで、このとき王都のある隠れ家で、アリシアが仮死状態に入ったのだった。
かくしてコーリーの戦斧から氷属性は失われる。
結果、効果的な攻撃とはならず、〈見張り大蜘蛛〉は四方から一斉に襲い掛かった。
「や、やめろ、やめてくれぇぇぇぇ!!!」
コーリーの悲鳴が聞こえたところ──ジェフリーは、別のことで頭を悩ましていた。このパーティ、女の冒険者が二人いるのだが、リーダーになってから、二人と関係を持っている。いい加減、どっちかを選んで、捨てるほうはパーティ追放にしておかないとならない。それがパーティの安泰のためであり──
「コーリーの奴。しくじりやがったな。これだから氷属性付与しか買えない貧乏人は──よーし、おれが雑魚蜘蛛どもを殺してきてやろう」
「さすがね、ジェフリー!」「頼りにしています、ジェフリーさん!」
と、どっちにしたものか悩んでいる女二人。顔は前者だが、家柄ならば後者で。
(モテる男は、悩みがつきないのさ)
モテる男を自認するジェフリーは、コーリーが生きたままハラワタを食われているところまで進む。
「コーリー。使えない雑魚が。いいか、見ていろ! これが、戦える冒険者の姿だ!!!」
ジェフリーは気づいていなかったが、当然ながら、ジェフリー自慢の『ダンジョンに入ると、行動するごとに確率で攻撃力・防御力がともに上がる』効果も消えているわけである。
ゆえに三秒後。
「なんでなんでなんでぇぇぇぇ!! なんでなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
と、情けない悲鳴をあげながら〈見張り大蜘蛛〉たちに、生きたまま食われたのも、当然といえば当然のことではあった。
ちなみにジェフリーの悲鳴を聞き、残りのパーティメンバーは逃走に成功している。最期にジェフリーも、パーティのために、ちゃんと最低限の使命を果たしたといえるわけだ。
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