9,オープン初日。
オープン日を決めたところで、それが期日の2日前。
その期日とは、アリシアが3億の1パーセントである300万ドラクマを支払わねば奴隷に堕ちる日。
これは忘れていたわけではないが、仕方のないことではある。2日で600万稼がねばならない。というのも、共同経営者となったシーラに、売り上げの半分を渡す必要があるため。
アリシアは、いまある素材から錬成スキルで可能な付与効果を脳内リストにした。
素材自体は、アリシアが所有したことによって、たとえ保管庫に入れたままでも使用できる。
この『錬成スキルには素材が必要』という情報は極秘にしていかないといけない。
さまざまな可能性を考慮した結果、アリシアは強くそう確信していた。
万が一、この情報が流出した場合、ある勢力に素材採取を独占される危険がある。この『ある勢力』とは、ほかでもない冒険者ギルドのことだ。
もちろん冒険者ギルドがそこまでする、と確信があるわけではない。ただ少なくとも、アリシア自身が冒険者ギルドの上層部にいたら、そのような指示を出す。
かなり稀少な錬成スキル──もしかすると唯一?──の使用者をコントロールするためには、錬成するために必要な素材をおさえてしまうことだ。
そうなっては錬成スキルは使えず、素材を独占した冒険者ギルドに従わざるをえなくなる。
少なくとも、借金返済が終わるまでは、そのような事態は避けたいものだ。
もちろん冒険者ギルドが、アリシアの身売りと引き換えに借金を肩代わりしてくれる可能性は、ある。
だがそれは、アリシアのやり方ではない。
オープン日までに、シーラはさらに二度、ダンジョンから大量の素材を採取してきてくれていた。
鍛冶素材とは違い、ほかの冒険者は見向きもしない素材群なので、採取も容易いという。
「採り放題だね。ただし、ほかの冒険者の目がないところで採取しないと。いくら『外国の細工師に売る』というていにしても、さすがに大量に採りまくっているところを見られたら、疑われるからね」
「ええ。ですから念のため、シーラさんが共同経営者であることはおおやけにせず、またシーラさんが錬成店に入るときは裏口から隠密に、としているわけですが」
「まぁ最悪、疑う輩が出てきたら消せばいい話だけどね」
「なるほど」
傭兵には傭兵のやり方がある。口出しするべきではないかもしれないが。
「不用意な殺傷沙汰は避けていただきたいのですが」
「最悪の手段だから、最悪の」
人は死ぬときは死ぬものだ。
「でしたら、現場の判断にお任せします」
時は過ぎ、オープン初日。
8時開店で、現在は14時ごろ。
お客は一人も来ない。
宣伝不足ということだろう。
融資してくれた〈虎の牙〉のポーラは、仲間の冒険者たちに錬成スキルの宣伝をしてくれる、と約束したのだが。
これが嘘だったということだ。
〈虎の牙〉にとって、何が最大の利益になるか。
それはアリシアを、パーティメンバーとして確保することだろう。錬成スキルの使用者を仲間にすること。
一方、ライバルの冒険者たちまで錬成スキルの恩恵に預かるのは、不利益といえる。
アリシアの借金のことを知っていれば、少しは違う判断をしたかもしれないが、教えていないので仕方ない。
ポーラたちに怒りは感じなかったが、宣伝役にならなかった事実は理解した。
「さて、閑古鳥が鳴いていますが、どうしたものでしょうか」
重要なのは宣伝。
それも、劇的な宣伝。
シーラが裏口からやってくる。
アリシアが振り返ると、意外そうな顔をした。
「君って、本当に戦闘向きじゃないの? こっちは気配を消していたのに、どうして気づけるかな?」
「気配には敏感でして。新たな素材を採取されてきたのですか?」
「それもあるけど、ちょっと報告。いま王都の外れのガードの森、そこで黒弩龍が暴れているってさ」
「魔物ですか」
「ただの魔物じゃない。ドラゴンだよ。しかもドラゴンの中でも、中くらいのランク。あ、中くらいといっても、ドラゴンの中くらいは、ヤバすぎ。いま王都にいる冒険者たちが総出で狩りにいくところ。だから今日は、もう店じまいしたほうがいいよ」
「冒険者のことは詳しくないのですが。その黒弩龍は、一人では討伐できないのですか?」
「そりゃあ、勇者クラスの冒険者ならソロで討伐できるかもだけど。まず無理だよね。私は無理だよ。傭兵で良かったって感じ。こりゃ、相当の冒険者が死ぬね」
「冒険者にもランクがありましたよね。最高ランクがSランクで──」
「最低がFランク。それで?」
「Fランクの冒険者が、ソロで黒弩龍を討伐したら、そのインパクトは凄まじいでしょうね?」
シーラはきょとんとした。
「まぁ奇跡みたいなものだからね。ありえないでしょ」
アリシアは微笑みを浮かべて、
「では、錬成スキルを用いて、その奇跡を起こしてみましょう。とても素晴らしい宣伝になることでしょう」
まずは、手ごろなソロのFランク冒険者を探さねば。
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