89,悲観的予測。
アリシアは念のため、次のことをした。
まずシーラの錬成素材の採取を終わらせる。いまのところシーラが共同経営者であることは知られていないが、ここは大事をとった。
現在のところ、錬成店が錬成素材を集めていることが発覚しているのかは不明なので、リスクは侵さないことにしたわけだ。
そもそもすでに錬成素材自体は、必要なくらいには集めてもらっていた。各錬成素材は、無ガ石に感染させることで、その錬成特性をコピーできるようになっている。
この複製作業は、以前よりもレベルが上がり、その速度はより増している。何より増殖作業がほぼ自動化できるようになったのは大きい。
いま、錬成素材を保管している保管庫は、シーラの隠れ家や、チェットの自宅などなど、複数の拠点に設置している。仮にどれかひとつを失っても、ほかの保管庫がカバーできる。
また、どれかの素材保管庫が敵に奪われても、そのときは自動で内部の素材が廃棄されるよう、特殊効果も付与してあった。錬成素材の在庫については、揺るぎがない。
あとはアリシアの身だが──拉致される分には構わないが、暗殺されると困る。困る、というのは、それは人生が終わることについて、ではない。
一人の人間として、アリシアは物心がついたときから思っていることがある。死ぬなにら死ぬで、かまわない。この場合の問題とは、錬成店の店長としての問題。顧客によい錬成サービスを提供してきたという、自負がある。
だがひとつ、厄介な事実がある。
そのことを、アリシアはとくに深い理由はなく、ある昼下がりに話した。その場にいたのは、シーラ、ライラ、チェット。
「私が死にますと、消えます」
「魂が?」とライラ。
「友情ですね店長」とチェット。
二人とも検討違いのことを言ったが、シーラだけはぴんときた。
「効果が?」
「はい。私が死にますと、錬成スキルで付与したすべての効果が消滅します」
ライラは意外と冷静に受け止めた。
「そうね。これは借りものの力なわけだし、消えてしまうのは仕方ないかもしれないわね」
シーラが皮肉っぽく言う。
「クレイモアに付与されたチート効果で無双しているくせに?」
「だーからこそよ、シーラお姉さん。アタシだって、バカじゃないのよ。クレイモアに付与されているチート効果が消えたらどうしようとか、いろいろと考えているわよ。いうなれば、覚悟はできている、ということね」
「覚悟はできていませんよ」と言ったのは、チェットだった。しかしこれはライラについて、ではなく。
「いまかなりの数の冒険者たちが、もう店長が付与した効果に依存しているんですよ。それらが一斉に消えたら、とんでもないことになりますよ」
シーラが懐疑的に言う。
「そうかなぁ~? ついこないだまで、アリシアが錬成店をはじめるまでは、どの冒険者も『特殊効果の付与』の恩恵なんてなかったわけじゃない。まぁ一部の、レジェンド級の武器を装備していたSランクは別としても。ようは元に戻るだけ」
ライラが難しい表情で、
「アタシ、面白い話を聞いたことがあるわよ。とある村の話。そこの村の水源は、竜の死体によって汚染されていたのね」
「竜の死体を廃棄すればいいのに」とシーラが指摘する。
「地下にあったのよ。それに竜は、死体でも一般市民では対処できないものよ。とにかく長いあいだ、そこの村人は、汚染した水を飲んでいたの。みんな体調は優れなかったけれど、ただ生活に差しさわりがでるほどでもなかったのよ。みなさん具合が悪そうですね、程度」
「それでも、ろくでもなさそうだけどねぇ」
「まあ、そうね。シーラお姉さんと同じように考えた、旅人がいたの。その旅人は、ある白魔導系のジョブの冒険者だったのね。その冒険者は、水源を浄化したわ。そして村人たちに感謝されながら、立ち去った」
「水源は浄化されて、めでたし、めでたし?」
「数年はね。村人たちは浄化された水を飲めるよにうなって、元気になったわけ。ところが、ついに浄化魔法の効力が切れることになったのよ。水源はまた汚染されるようになった。で、村人たちは全滅したわけ」
「ふーん。つまり、生まれたときから汚染された水を摂取していたので、村人には最低限の免疫はできていた。それが汚染水が浄化されたことで、その免疫がなくなってしまった。だというのにまた水が汚染されたせいで、こんどは免疫もないものだから、速攻で死んでしまったと」
「ちなみにこの話、実話よ。アタシの故郷、この村の近くだったの。とにかくアタシが言いたいのは、簡単なことよ。人間、一度便利な環境に慣れると、もう戻れない」
「汚染した水は、もう飲めなくなると」
「ええ。大半の冒険者たちにも言えることよ。みんな、効果付与の便利さに浸っちゃった。これまでは火炎属性が弱点の魔物と戦うとき、いろいろと知恵を絞ったものよ。でもいまは、錬成店に行き、『火炎属性』を付与してもらうだけで済むようになってしまった。ところが、その便利さが消滅してしまったら──」
「みんな困る?」
ライラは重い口調で言う。
「そんな生易しいものじゃないわよ。集団パニックが起きるわね。冒険者という文化が、滅亡するかも」
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