84,海戦。
クラーケンという隠し玉を早々に潰されたドラツ船団。
その後、人魚側はさくさくと攻略を進めることができた。
リハーサル通り、人魚たちは各標的の船へと、攻撃されない程度の距離まで接近。それから決めた歌( ルビーいわく、私の子守歌)を歌いだす。
『歌声を聞いた者を幻惑させる』効果によって、次から次へと、船員たちが催眠状態となり、とても気持ちよさそうな顔で海へと誘い込まれ、落ちていく。
あとは海の底へと沈んでいくまで。
これこそが、人魚の伝説の実現。
ドラツ船団側も、これは予測していた攻撃であり、クラーケン以外にも対抗策は用意していた。
とはいえそれはアリシアが考えていたよりも、中身のないもの。つまり『消音魔法』などではなく、ただの騒音による歌声妨害や、耳栓。
『幻惑の歌声発声時、その歌声は必ず標的に届く』効果に抗えるはずもない。
いまやアリシアは、チェットばりのカウント係となっていた。ルビーの船の知識によって、だいたいどの船に、最低何人の船員が必要か分かる。
この『最低船員』は必ずいるわけだ。だからまず『最低船員-1』までは、どの船も船員を海に落としていい。ただし最低船員しかいない、ということは、海戦を想定してきているはずなので、ありえない。
あとはそれぞれの船の状態を確認し、甲板上に最低でも一人は船員が残るまでは、歌声を届けさせる。
ここでアリシアは、さらに工夫して付与しておいた効果によって、『歌声の領域』を操作する。つまり人魚たちの歌声を、指定した船には届かないよう除外範囲にできるわけだ。これの目的は、最低でもひとつの船に一人か二人は生存者を残したい。
理由は二つあって、まず人魚の伝説が本当であり、かつ対抗できないことを知らしめる生き証人は、何人かいたほうが良い。もう一つは、それらの生存者が最終的には、船団の一番小さい船へと乗り移り、その船の最低船員数を満たして、自力で帰還できるようにすること。
これはかなり繊細な操作であり、ただ歌っていればよい人魚たちよりも、数倍はアリシアは仕事をしていた。とくにクラーケン討伐で満足し、自分の仕事は終えたとばかりのんびりしているルビーよりも。
やがて必要な数を残して、船員たちは海に落ちた。だがここでドラツ船長も残っていることに気付く。
そこでアリシアはルビーに命じて、一人、海に落ちた船員を救助させる。最低船員数に満たなくなるから──つまり、ドラツ船長は生かしておくわけにはいかない。
もちろんドラツ船長に恨みはないが、これも仕事の一環である。
アリシアはイルカに乗り、ドラツ船長が甲板にいるガレオン船まで向かった。ドラツ船長もアリシアに気付き、船端まで来た。
「お前だったか! お前が人魚たちに手を貸し、クラーケンも殺させたんだな!!」
「ドラツ船長、お久しぶりですね」
ドラツに対して錬成スキルをかけて、分析する。というのも、ドラツ船長に歌声が効いていない理由を探りたかったからだ。
確かに、それぞれの船にはまだ生き残りがいるが、これらの船員たちも、歌声を聞いたことで、催眠状態のとろんとした顔をしている。
ドラツ船長だけが正気であり、というより怒り狂っている。
分析の結果、興味深い事実が判明した。ドラツが装備している、カットラスという刃が湾曲した刀。このカットラスには、『精神にかかわる状態異常を打ち消す』という効果が付与されているのだ。どうりで、『精神にかかわる』人魚の歌声の幻惑効果が、効かなかったわけだ。
はじめアリシアは、その装備したカットラスにもともと付与されている効果だと思った。つまりレジェンド級の貴重な武器なのだろうと。だがそれから、アリシアはその効果が、なぜか鈍く輝いていることに気付く。
この輝きの意味することは、アリシアの効果付与である、ということ。アリシアは思わず笑ってしまった。
「何がおかしい! この人類の裏切り者がぁぁ!!」
「申し訳ございません、ドラツ船長。あなたは、私に人魚の歌声の効果対策を依頼する前にも、私に効果を依頼してきたことがあったのですね。
毎日、何十人ものお客様に効果付与しているもので、つい忘れてしまっていました。ええ、まさしくそのカットラスにかかっている『精神にかかわる状態異常を打ち消す』は、私が付与した効果ですね」
アリシアが付与した効果なので、アリシアは好きに解除できる。しかし、この効果はドラツが顧客として依頼してきたものであり、それを売り手のアリシアが勝手に解除するのは、道義に反する。そのことを、アリシアはルビーたちに伝えた。
「ですので、ドラツ船長に歌声は聞きません。どうされますか?」
ルビーは、ほかの人魚たちを見回した。それから〈ポセイドン〉片手にガレオン船によじのぼり、カットラスを振り回すドラツ船長と対峙。刺し殺して、その死体を海に捨てたのだった。
「結局、最後だけは暴力で片付きましたか。まぁ、いいでしょう」
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