81,幻惑。
アリシアの提案は、あっさりと受け入れられた。
つまるところ、これは海の王の決断力──と、『王の言葉が絶対』という人魚の国のシステムによるものだ。
アリシアの住まう王国も君主制だが、王独断でここまでの選択はできない。
またアリシアの提案した、『歌声だけで船員を海に誘い込む効果の付与』についても、海の王は疑いを口にしなかった。
これはアリシアの錬成スキルに疑いを抱いていない、ということを意味する。
どうやらアリシアという人間が、こうして海底都市で、海の王に拝謁している事実──溺死することも水圧で死ぬこともなく──だけで、説得力は充分だったようだ。
準備のため、ルビーとともに王宮を後にする。
ルビーは感動した様子で言う。
「陛下を説得されるなんて、アリシアさん、やっぱりただ者じゃないね」
「騎馬隊のイルカ版は見てみたかったですが」
「イルカねぇ。私、乗るのが下手だから、あまり好きじゃないんだよね」
「私も馬には乗れませんよ。子供のころ落馬したことがあります」
ところが意外なことに海の王から与えらたれイルカは乗りこなせたので、ルビーは不満そうだった。
アリシアは精鋭部隊として、ルビーには容姿の良い人魚を選別してもらった。
別に見た目の美醜は効果付与に関係はないが、船団の生き残り(船団に何があったのか広めてもらうため何人かは生かす予定)には、やはり『美しい人魚の歌声でみなが海に誘い込まれた』と見てもらいたい。
ちなみに見た目重視なので、戦闘力などは不要。
そもそも戦いが起こった時点で、アリシアの計画は失敗となる。
精鋭部隊がそろうまで、アリシアは海底都市を探索してみた。
その経験は面白いものであったが、錬成店の行く末とはまったく関係がないので省く。
途中、ドラツ船団の人魚海域への到着時刻を、聞いた。
現在の天候と海上の様子、船団の船種と帆の張り方から、かなり正確に予測できるという。残り80分。
ところでアリシアは、海底でありながらも視界良好であることにも気づいていた。
実際の海底は、少なくとも人間には真っ暗なものだろう。
これもまた『環境に適応』した結果だろう。
この『環境に適応』が、どこまで効果を及ぼすのか、実験してみたい。
ルビーが優雅に泳ぎながら、やってくる。こんなに素早く動けるのだから、イルカに乗る必要もなさそうだが。
ところで当然ながらアリシアの場合は歩行するわけだが──
(歩行している? ふむ。あまりに自然と海底王国に来たため気づきませんでしたが、そもそも海底で地上のように不便なく歩行できているとは。これも『環境に適応』効果のおかげですね)
「ルビーさん。精鋭部隊のかたがたの準備は?」
「オーケイだよ」
精鋭部隊のもとに案内してもらう。男女比は2対8。期待したどおり、全員が美しい容姿をしている。
「人魚の世界でも、美醜の基準が同じで良かったです。あぁそれと精鋭部隊はルビーが率いられるのですね?」
「え? それはつまり、わたしが可愛すぎるから? もうアリシアさんたら~」
「ええ、そうですね」
ルビーも確かに容姿端麗ではあるが、率いるよう指示したのは、単純にアリシアの効果付与のことをよく分かっているからだったが。
精鋭部隊の人数はルビー含めて32人。
船団の船数は15隻ということなので、だいたい一隻にたいして二人。
とはいえ船種はすべて同じではなく、船の規模によっては船員の数も違ってくるので、そこは事前にもう少し詰めたほうがよさそうだが。
王宮から、小型の鯨を連れた人魚がやって来る。この小型鯨は、荷運びに使われているようだ。引っ張ってきたのは、荷車。
その中には、金塊が入っていた。
これは効果付与のための支払い。アリシアの母国とは当然ながら通貨が異なるうえ、両国に交流がないので両替もできないというわけで、こうして金塊で支払ってもらうことになった。
受け取った黄金をまず、アリシアは『収納100倍』効果付与の袋に詰める。
ちなみに袋自体は現地調達で、先ほど効果を付与した。
海底都市から、王都にあるシーラの隠れ家の素材保管庫への接続。
距離がありすぎるので一抹の不安もあったが、接続に問題なく、この海底都市にいながら必要な錬成スキルを発動できたわけだ。
さらに黄金を入れた袋を、〈外に出る〉の改良版〈家に帰る〉で、先に自宅の金庫へと転移させた。
それから、精鋭部隊に向き合う。
肉体付与はリスクがあるので、全員には何かしらの装備品を持参してもらった。ようは、何か持っていてくれればよい。
「では皆さんの装備品にこれより、『歌声を聞いた者を幻惑させる』効果を付与いたします──」
アリシアはルビーに言った。
「効果付与後は、まず練習したほうが良いでしょう」
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