79,究極効果。
基本的にアリシアは『タダ働き』はしない。
だが同時に、責任というものは重くとらえている。マリアの押し付けられた借金を完済しようというのも、その責任によるもの。
同じ思考経路で、『人魚という他種族に害を及ぼす同じ人間』を排除せねばならない、と至ったにすぎない。
とはいえ、さすがに『一度は依頼者としてやってきた相手』たがらこそ、そこまでの責任を抱いたわけだが。
ルビーは怪訝そうに言う。
「歌声に関する効果、とはどういうこと?」
「つまり、伝説を現実にしてさしあげます。『歌声で幻惑し、標的を海に落とす』効果を、付与してさしあげると。もちろん、あなたが望めば、ですが」
錬成素材としては、催眠効果を及ぼす催困晶を使うことになるだろう。
その発動条件を『歌』にする。とても良いことに、音痴でも問題ない。
ルビーは熟慮してから言った。
「やっぱり、わたしの独断じゃ決められない。アリシアさん。できたら、一緒に来てほしいんだよね。われらの族長に会ってもらいたいんだ」
「族長さんもこちらに来ているのですか」
「え、この王都に? まさか。わたしは、潜入訓練を受けた工作員だから──あ、かわいてきた」
ルビーの頭上に水の球が生成され、はじける。
とたんルビーの全身を水でぬらした。
水属性……
「海の民の国まで来てくれるかな? 安全に送迎するって約束するよ」
責任……責任……責任……アリシアは溜息をついた。
「かまいませんよ」
「やったっ! じゃ、さっそく行こー!」
「はい」
店を出るとき、朝食のパンを買いに行かせたチェットが戻ってきた。朝食抜きだったのは本当なので、アリシアはありがたくパンを受け取る。
これから、ちょっとした長旅になるので、エネルギーを補給しておかねば。
「チェット君。しばらく旅に出てきます。出張ですね。数日の予約はキャンセルしておいてください」
チェットが仰天する。
「えぇぇ、王都を留守にするんですか!? どこに、なにをしに?」
「海を見たことがないと思いましてね」
「……僕も一緒についていっても?」
「留守は任せましたよ。シーラさんにもよろしく。あぁ、それとライラが『捜し人』を連行してきたら、くれぐれも丁重に扱うようにと」
「はぁ……ライラの『捜し人』ですか?」
「いえ。私の『捜し人』ですが、ライラに探し出すように頼んでおいたのです」
「……なんて名前の人なんです?」
「マリア。私の古くからの友人です」
「はぁ……」
こうして後のことはチェットに任せ、アリシアはルビーとともに王都を出た。
乗り合い馬車で最寄りの港町まで移動。
ここから海に入るようだが、どのような方法を取るのか。
「わたしたち人魚族は、海の中での移動を省略することができるんだよね。通常は人魚にしか使えない手段なんだけども。人魚の客人ならば、人間も可能なんだ」
「移動を省略。なるほど、ファストトラベルですね」
「ファストトラベル? ふーん。地上の民は、そういう言い方をするんだね」
「では、お願いします──まずは海中に入りますか?」
「そうそう」
ここでルビーが驚いた顔をし、自分の頭を殴った。
「うう。ごめんなさい、アリシアさん。わたし、とんでもないことを忘れていたよ」
アリシアも気になっていたのだ。
「そうですね。かわいてきたのではありませんか?」
「かわく? ああ、そうだったよっ!!」
ルビーは慌てて、自分の身体に水をかけた。
「ふぅ。だけど、このことじゃないんだ。地上の民は、海の中じゃ生きられないんだよね。われわれの国は、海底にあるんだよ。どうしたって、あなたは来られない」
「そういうことでしたら、ご安心を」
はじめアリシアは、自分の肉体に『水中で活動できる』効果を付与しようとした。
だが考えてみると、『水中で呼吸できる』からといって、『海底にある人魚の国に行ける』わけではない。
たとえば水圧の問題もあるし、海中ではすぐに体温が奪われるだろう。
もちろん、それらの問題をいちいち解決する効果を付与することもできる。
だがそれでは面倒だし、手落ちがあると致命的だ。
そこでアリシアは、ここはシンプルに解決することにした。
錬成素材の中でも、レアリティは神の領域。
無限晶を使っての錬成。
『どのような環境、どのような状態異常にも適応することができる』効果を、自分の肉体に付与した。
実は、この効果こそまさしく、〈究極の効果〉ともいえるものだ。
が、アリシアはとくにそんな意識も抱かずに、淡々と付与した。
そして言った。
「さてルビーさん。これで私は、海底だろうと問題なく活動することができます」
「えぇっ! 本当に?! アリシアさん、なんかデタラメな力を持っているの???」
「では、あなたの国に連れていってください」
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