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79/105

79,究極効果。

 

 基本的にアリシアは『タダ働き』はしない。

 だが同時に、責任というものは重くとらえている。マリアの押し付けられた借金を完済しようというのも、その責任によるもの。

 同じ思考経路で、『人魚という他種族に害を及ぼす同じ人間』を排除せねばならない、と至ったにすぎない。

 とはいえ、さすがに『一度は依頼者としてやってきた相手』たがらこそ、そこまでの責任を抱いたわけだが。


 ルビーは怪訝そうに言う。

「歌声に関する効果、とはどういうこと?」

「つまり、伝説を現実にしてさしあげます。『歌声で幻惑し、標的を海に落とす』効果を、付与してさしあげると。もちろん、あなたが望めば、ですが」


 錬成素材としては、催眠効果を及ぼす催困晶を使うことになるだろう。

 その発動条件を『歌』にする。とても良いことに、音痴でも問題ない。


 ルビーは熟慮してから言った。

「やっぱり、わたしの独断じゃ決められない。アリシアさん。できたら、一緒に来てほしいんだよね。われらの族長に会ってもらいたいんだ」

「族長さんもこちらに来ているのですか」

「え、この王都に? まさか。わたしは、潜入訓練を受けた工作員だから──あ、かわいてきた」


 ルビーの頭上に水の球が生成され、はじける。

 とたんルビーの全身を水でぬらした。

 水属性……


「海の民の国まで来てくれるかな? 安全に送迎するって約束するよ」


 責任……責任……責任……アリシアは溜息をついた。

「かまいませんよ」


「やったっ! じゃ、さっそく行こー!」

「はい」


 店を出るとき、朝食のパンを買いに行かせたチェットが戻ってきた。朝食抜きだったのは本当なので、アリシアはありがたくパンを受け取る。

 これから、ちょっとした長旅になるので、エネルギーを補給しておかねば。


「チェット君。しばらく旅に出てきます。出張ですね。数日の予約はキャンセルしておいてください」


 チェットが仰天する。

「えぇぇ、王都を留守にするんですか!? どこに、なにをしに?」

「海を見たことがないと思いましてね」

「……僕も一緒についていっても?」

「留守は任せましたよ。シーラさんにもよろしく。あぁ、それとライラが『捜し人』を連行してきたら、くれぐれも丁重に扱うようにと」

「はぁ……ライラの『捜し人』ですか?」

「いえ。私の『捜し人』ですが、ライラに探し出すように頼んでおいたのです」

「……なんて名前の人なんです?」

「マリア。私の古くからの友人です」

「はぁ……」


 こうして後のことはチェットに任せ、アリシアはルビーとともに王都を出た。

 乗り合い馬車で最寄りの港町まで移動。

 ここから海に入るようだが、どのような方法を取るのか。


「わたしたち人魚族は、海の中での移動を省略することができるんだよね。通常は人魚にしか使えない手段なんだけども。人魚の客人ならば、人間も可能なんだ」

「移動を省略。なるほど、ファストトラベルですね」

「ファストトラベル? ふーん。地上の民は、そういう言い方をするんだね」

「では、お願いします──まずは海中に入りますか?」

「そうそう」


 ここでルビーが驚いた顔をし、自分の頭を殴った。

「うう。ごめんなさい、アリシアさん。わたし、とんでもないことを忘れていたよ」


 アリシアも気になっていたのだ。

「そうですね。かわいてきたのではありませんか?」

「かわく? ああ、そうだったよっ!!」


 ルビーは慌てて、自分の身体に水をかけた。

「ふぅ。だけど、このことじゃないんだ。地上の民は、海の中じゃ生きられないんだよね。われわれの国は、海底にあるんだよ。どうしたって、あなたは来られない」

「そういうことでしたら、ご安心を」


 はじめアリシアは、自分の肉体に『水中で活動できる』効果を付与しようとした。

 だが考えてみると、『水中で呼吸できる』からといって、『海底にある人魚の国に行ける』わけではない。

 たとえば水圧の問題もあるし、海中ではすぐに体温が奪われるだろう。

 もちろん、それらの問題をいちいち解決する効果を付与することもできる。

 だがそれでは面倒だし、手落ちがあると致命的だ。


 そこでアリシアは、ここはシンプルに解決することにした。

 錬成素材の中でも、レアリティは神の領域。

 無限晶を使っての錬成。


『どのような環境、どのような状態異常にも適応することができる』効果を、自分の肉体に付与した。


 実は、この効果こそまさしく、〈究極の効果〉ともいえるものだ。


 が、アリシアはとくにそんな意識も抱かずに、淡々と付与した。

 そして言った。


「さてルビーさん。これで私は、海底だろうと問題なく活動することができます」

「えぇっ! 本当に?! アリシアさん、なんかデタラメな力を持っているの???」

「では、あなたの国に連れていってください」

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