74,〈ウィッチドクター〉。
敵は、人間だったころの自我をもつ火炎。
しかもただの火炎ではない。
100年以上前に虐殺されたユード村の〈ウィッチドクター〉。
その呪術師の怨念が、こうして『呪術火炎』となって人型をなしている。
よって、特別な戦いかたが必要。
というより、おそらく現役冒険者でこの〈ウィッチドクター〉を討伐できる者はいないだろう。
(では、勝利の準備をしておきましょう)
アリシアは脳内で、シーラの隠れ家にある素材保管庫にアクセス。
いまや425種類ある錬成素材の中から、必要なものを取り出す。
適切な素材同士を、無ガ石を媒介にしてかけあわせていく。
ただしどの場合も、重要となるのは、ただひとつの素材。
沈牢草。
呪術対策が可能な唯一の素材であり、すでに増殖済み。
この沈牢草を用いることで、防御だけでなく攻撃にも転ずることが可能。
まず火かき棒の〈槍〉には、『呪術による火炎形態を攻撃可能』の効果を付与。
その上で、『特殊状態の敵に攻撃をヒットさせた場合、確実にクリティカルヒットになる』と『クリティカルヒットになった場合、敵に与えるダメージ3倍』、さらに『クリティカルヒットした敵を10秒間フリーズにする』と、『フリーズにした敵に与えるダメージ5倍』を連続して付与した。
はじめの『特殊状態』とは複数あてはまり、『呪術による火炎形態』などは、まさしく『特殊状態』。
よってコンボとしては、『クリティカルヒット』→『さらにダメージ3倍』→『しかも強制フリーズさせる』→『その状態での攻撃は、さらにダメージ5倍』となる。
つづいて防御。
お盆の〈盾〉には、何よりも『呪術による火炎の耐性』を付与。
その上で、『特殊状態の攻撃を防御した場合、防御成功確率100パーセント』を付与しておく。
呪術による火炎の攻撃は、まさしく『特殊状態』。
よって防御すれば、確実に防御できる状態になったわけだ。
これらの準備を、アリシアは2秒で終わらせた。
アリシアにとっては、長い2秒だった。
この2秒間は無防備だったのだから。
アリシアが敵の立場ならば、この2秒間で確実に命をとっていた。
なぜならば敵からしたら、唯一勝利できる2秒間だったのだ。
この先には、勝利の可能性はゼロ。
しかしそれを知らない『自我をもつ呪術火炎』、すなわち〈ウィッチドクター〉は、呵々大笑した。
(それにしても、火炎なのに、どこから発声しているのでしょうね? まあ、そこは呪いですし、あまりこだわっても仕方ありませんが)
「人間。まさか、その火かき棒でわれを叩き、そのお盆でわれの火炎を防御するつもりか?」
「ええ、そのつもりですよ、〈ウィッチドクター〉さん。観念するならばいまのうちです。いまならば、あなたはご自身の意志で、成仏することができますよ」
「バカにするなよ、人間。われはまだ、復讐を果たしていない」
「〈ウィッチドクター〉さん。確かに、あなたの村に起きた悲劇は、あってはならないことでした。それをなしたクラン〈風見鶏〉の者たちは、処刑に値するでしょう。
しかし、彼らはもうとっくにこの世にはいない。あなたは復讐を始めるのが遅すぎたのです──
おそらく、あなたの怨念のつまった日誌は、長らく発見されることはなかったのでしょう。そのためあなたが起動するのがこんなに遅れてしまった。
しかし、もう復讐する時期は過ぎました。いまさら、子孫たちを焼き殺しても仕方ないでしょう? それでもあなたはもうかなり子孫たちを殺したのです。いい加減、良しとしなさい」
「人間、貴様に、われの何がわかるというのだ! 友や家族を殺された、このわれの憎しみが!」
「あなたも元は人間でしたのに──ふむ。私は、すべての復讐は意味はない、とかは言いませんよ。復讐して、死んだ者が喜ぶのか? という問いには、ほとんどの死んだ者は喜ぶでしょう、と返します。
ただ、あなたの復讐はあまりに的外れ。
私は、あまり他人に向かってこういうことは言いませんが、あえて言わせてください。あなたは、意味がないことをしている」
「焼け死ねぇぇぇぇ!!」
〈ウィッチドクター〉の呪術火炎が膨張し、アリシアに向かってくる。
まず通常ならば、防御不可の呪術火炎だ。
たとえSランク魔導士の結界でも突破される。
だがアリシアの〈盾〉だけは、別格。
『呪術による火炎の耐性』と『特殊状態の攻撃を防御した場合、防御成功確率100パーセント』の効果によって、完全なる防御。
防御されたというありえぬ事態に、〈ウィッチドクター〉が狼狽する。
「な、なんだと?」
防御されるなど想定せず、〈ウィッチドクター〉は飛び込んできていた。
そのおかげで、アリシアは簡単に肉薄し、〈槍〉を突き刺すことができた。
「ば、馬鹿め! われの身体を、そんな火かき棒が貫けるものかぁぁ!」
ところが火かき棒の〈槍〉は突き刺す。
当然である。
呪術火炎を殺すためだけに特化した効果を多数付与された〈槍〉なのだから。
「ギャァァァァァアアア!! ば、ばかな、こんな、ことがぁぁぁぁぁぁ!!」
「〈ウィッチドクター〉さん。静かに眠ってください」
「や、やめろォォォォォォォォォォォ!! われの復讐はまだ、終わって、な、」
「成仏するときです」
「ァァァァァァ………!!!」
こうして呪術火炎の〈ウィッチドクター〉は、完全に消滅した。
アリシアは火かき棒とお盆から、付与した特殊効果をすべて解除する。
それから元ある場所に戻した。
「ふむ。では、失礼します」
呆然としている執事たちに声をかけて、アリシアは立ち去った。
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