73,ブラムウェル。
大広間に戻ると、ブラムウェルがしびれを切らした様子で待っていた。
「この下民が、いつまで僕を待たせる気だ?」
アリシアは小首をかしげる。
少々、鍛冶ギルド本部で長居しすぎたようだ。怪しまれるのも何なので、ここは冗談で返すとしよう。
「申し訳ございません。自慰行為をしていました」
変な空気になった。
(ふむ。冗談とは、難しいものですね)
ブラムウェルは咳払いして、
「用が済んだのなら、帰ってもらおうか。おい」
と控えていた執事に向かって、
「清掃係を呼んでおけ。この女が使用した化粧室を綺麗にしておくんだ。それにこの女がさわったすべてをな」
「私は清潔ですよ、ブラムウェルさん」
「そういう問題ではない。さっさと消えろ。お前の顔を見ていると、虫唾が走る」
しかしアリシアは椅子に腰かけて、
「ブラムウェルさん。もう一度、考え直してください。いまならばまだ間に合いますよ。『呪術による火炎の耐性』をお買い求めください。そうすれば、まだ助かるチャンスはあります」
ブラムウェルは身を乗り出し、吐き捨てるように言った。
「お前は、詐欺師だ。詐欺師の言うことなど、誰が聞くものか」
そうしてアリシアを指さしながら、
「いいか。お前がインチキであることを、僕はみなに証明してみせよう。残念だが、お前がどれほど錬成スキルとやらに長けていようと関係ない。
いいか。この世界では、情報をコントロールできる者が勝者となる。僕は、王都新聞社の重役と繋がりがある。このコネを使って、お前が詐欺師であるという記事を書かせる予定だ。
いいか、シェパード。もうじきお前は、町ゆく人たちから、詐欺師と罵倒されながら石を投げつけられることになる。それが嫌なら、店には戻らず、王都から立ちさるがいい。ふん。とはいえ、もう錬成店には戻りたくとも戻れないだろうがな」
「はい?」
「いまごろ、僕の手下たちが、錬成店を燃やしに行っているころだ」
その手下とは、〈竜紀隊〉とはまた違うのだろう。
錬成店にはいまごろ、シーラとライラがいるはず。
(皆殺しにしてしまわなければいいのですが。シーラさんもライラも、とまらなくなるところがありますから)
と、アリシアはブラムウェルの手下の身を案じたが、ブラムウェルはその表情を別に解釈したようだ。
「いまごろ心配してももう遅いぞ。お前は、ここにいて手遅れだ! あぁ?」
ブラムウェルはきょとんとした顔で、自分の右手を見た。
燃えている。
「な、なんだ、これはぁぁぁ????」
アリシアは立ち上がり、退去することにした。
「確かにあなたの言う通り、手遅れのようです。ではブラムウェルさん。あなたとは出会いが違ったならば、良き友になることもできたかも、しれませんが。
可能性を語ることは自由ですからね。それでは、さようなら。
あぁそれと、ブラムウェルさん。先ほど、あなたの鍛冶ギルドを解散させてきました。これから焼死されるかたにわざわざ報告する必要もないのですが。これも義理というものでしょう。私は、義理堅いので」
ブラムウェルが立ち上がる。その右腕は、すでに火炎で包まれていた。今回の人体発火は、だいぶのんびりだ。
「ま、まままままま、まってくれぇぇぇぇぇ!! この、炎を消して、けし、消してぇぇぇぇぇ!!!」
「残念ながら、いまから効果を付与しても遅いのですよ」
「お、お願いだぁぁ!! いくらでも、お金はいくらでも払うからぁぁぁ!! だから僕を助けてくれぇぇぇ!」
「もう遅いと言いましたよね? 諦めてください、ブラムウェルさん」
「僕を助けろぉぉぉぉこのクソ女ガァァアアアアアアアアアア…………!!!!」
口の中から火炎が噴き出、ついにブラムウェルの全身を燃やしだした。火達磨となったブラムウェルは、さまようようにして大広間を歩いていたが、ついに力尽きて死んだ。
アリシアは首を振ってから、立ち去ろうとする。
しかし、ふいにブラムウェルを焼死させた火炎が、独自に人の形をとる。
人型の火炎は、想像できないほど流暢に話し出した。
「女。特別なスキルを有した女よ。お前、なぜわれの復讐を邪魔する?」
アリシアはすぐ、この火炎の正体を理解した。
「おや、ユード村で犠牲になった〈ウィッチドクター〉のかたですね。厳密には、日誌に宿った怨念が自我をもった個体、というところでしょうか」
「われの復讐の邪魔をするならば、容赦はせんぞ!」
人型の火炎は、間違いようのない敵意を放っている。
アリシアは溜息をついてから、周囲を見回した。
まず、驚きで腰を抜かしている執事の手から、お盆を取る。
つづいて暖炉から火かき棒も取った。
つまり、火かき棒が『槍』で、お盆が『盾』である。
「さて。冒険者の真似事でもしてみましょうか?」
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