72,革命進行。
当然ながら、鍛冶ギルド員たちからは批判の声があがった。
「鍛冶ギルドは終わりだと? ふざけるなよ、貴様は何様だ!」
「錬成店の店長ですが」とアリシア。
「そういうことを言っているんじゃない!」
アリシアは淡々と説明する。
「どのような商売においても、材料を抑えられてはなりたちません。ただの武具ならばともかく、魔物を倒すための武具ともなれば、魔物から採取する鍛冶素材は必須。それがあなたたちの手に渡らなくなった以上、鍛冶ギルドという組織に未来はありません」
「鍛冶素材を破壊したのは、貴様だな! それは犯罪だぞ!」
と、鍛冶ギルド員の一人が弾劾してくる。
「いえ、私は破壊などしていませんが。鍛冶素材が破壊されたのですか。それはお気の毒に。私はただ、事実を述べにきただけであり、それらの所業を行った、などと証言しにきたのではありません」
「そんなことが通るものか! この犯罪者が! 捕まえろ!」
鍛冶ギルド員の中でも大柄な男が、突進するがごとく向かってくる。
アリシアはその大男の両足の靴に、『装備者にかかる重力30倍』を付与した。とたんその大男は悲鳴をあげながら、床にへばりつく。
「失礼。30倍は少し重すぎましたか? ではいったん効果を外しましょう」
その大男は泣きながら、這って逃げていった。
「申し訳ありません。驚いてしまったので、加減を間違えました。次もまた驚いたら、こんどは『重力30倍』どころか『重力100倍』効果を付与してしまうかもしれませんね。おそらく全身の骨がへし折れることでしょう」
アリシアのわかりやすい脅しで、鍛冶ギルド員たちが数歩、怯えた様子で下がる。
「皆さん。冷静になっていただきたいのです。あなたたちは、何も鍛冶ギルドに属さずとも、武具を作ることはできるはずです。もちろん『鍛冶ギルド員』という既得権益は失われます。
そして、これまでは鍛冶ギルドに属していなかったため、少なくとも鍛冶素材を使った武具を作ることができなかった鍛冶職人たちも参入するので、腕のない者は食べていけなくはなるでしょう、が。
しかし、それこそが正しい状態では?」
鍛冶ギルド員の一人が、用心深く言う。
「……鍛冶素材がなくなったというのに、どうやって鍛冶素材を使った魔物用の武具を作れるというんだ?」
となりの者も激しくうなずいて、
「そうだ。冒険者たちも、どうやら鍛冶素材を採取できなくなったようだ。これでは、もう魔物対策の武具は作れなくなる」
アリシアは複数の羊皮紙を取り出した。法律事務所の友人が作成した書類を。
「こちらは、鍛冶連盟に加入するための書類です。いまは見本に数枚置いていきますので、人数分をお求めでしたら、のちに鍛冶連盟本部でお受け取りください。あ、住所はこちら」
すると鍛冶ギルド員たちは、
「鍛冶連盟だと!!」
「なんだそれはふざけるな!」
「既得権益がどうのと言っていたくせに!」
と、また怒声を上げだした。
「ご説明します。こちらの鍛冶連盟は、誰もが参加できます。こちらの書類に署名し、『他者の鍛冶を妨げない』という文に同意したとチェックを入れてくれるだけで良いのです。そうすれば、鍛冶連盟から鍛冶素材を受けるとることができます」
鍛冶ギルド員たちが、しばし静まり返ってから、尋ねた。
「鍛冶素材は、購入することになるのか? つまり、あんたから?」
「私からではありません。鍛冶連盟からです」
鍛冶連盟の第一代会長は、たしかにアリシア・シェパードではある、が。
「値段は、相応のものになるでしょう。鍛冶素材にも、ランクがありますからね。いまの冒険者ギルドと同じやりかたになるでしょう」
ここである鍛冶ギルド員が、冒険者ギルドのことを思い出したようだ。
「おい! 鍛冶素材を採取できなくなった冒険者たちが、黙ってないぞ!」
「おや、そうですか?」
「当然だ。冒険者たちは、たしかに討伐クエストなども報酬を得るが、何よりも鍛冶素材を売ることで収入を得てるいんだ」
別の鍛冶ギルド員も続いた。
「鍛冶素材を冒険者ギルドに売り、それを冒険者ギルドが鍛冶ギルドに売り、鍛冶ギルドで魔物対策の武具を造り、それを冒険者が購入する。この循環を崩すつもりなのか?」
アリシアは、入ってきた扉に歩いていき、ノブを回した。
通常ならばその先は、鍛冶ギルド本部の物置部屋らしい。
空間転移によって、いまはブラムウェルの邸宅になっているが。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
転移ゲートを通り、ブラムウェル邸宅のトイレに戻る。
転移ゲート状態を解除してから、鍛冶ギルド員の指摘はもっともだと考える。
循環を壊すことになったのは、別に残念ではない。
鍛冶ギルドが不買運動をあおりはじめたとき、こうなることはだいたい予想ができていた。鍛冶ギルドは、冒険者ギルドとともに大きくなり、権力を得たのだから。
「さて。借金返済のための努力の過程として、ちょっとした革命を起こすことになりました、か。まぁ不可抗力ではありますが」
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