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70/105

70,十手先。

 

 ブラムウェルとしては、堂々とアリシアを殺せるチャンスがあるなら、それにこしたことはないわけだ。


 というわけで、アリシアが「ブラムウェルの命が危ない」という主旨の発言をしたところで、悦び勇んで利用することにした。


「貴族を脅すとは、どんな了見だ! その命をもって償ってもらおうか! その女を殺せ!」


 慌てたボーが止めに入る。

「バカなことはよせ、ブラムウェル!」

「黙れ下級貴族が。僕の判断に疑いをはさむのか? そこをどいていろ!」


 アリシアと、いまにも失神しそうなチェットを、ブラムウェルの部下たちが取り囲む。

 アリシアは、取り囲んだ私設兵たちを見回す。


「ブラムウェルさん。あなたの自慢の私設隊ですね。名前は、〈竜紀隊〉でしたか。代々つかえる者たちも多くいると聞きます。なかには冒険者だったならば、ランクAもいるとか」


 ブラムウェルは勝ちを確信した様子で──そもそも、なにをもって勝ちと判断するのかは、当人の自由だが──命じた。


「〈竜紀隊〉隊長に命ずる、その女を殺せ!」


 だが隊長は、剣をおろした。

「申し訳ございません、閣下。ですが、私はこの者を害することはできません」


 はじめブラムウェルは、ずっとアリシアを見ていた。いまにも隊長が、その首を刎ねるものと信じて。

 ところがここで、自分の耳が信じられない、という顔で、〈竜紀隊〉隊長を見る。

 それから怒りに顔を真っ赤にして、

「な、なにを言っているんだ? ……くそ。副隊長、この女を殺せ!」


 ところが副隊長も首を横に振った。

「私にもそれはできません」


 隊長が部下たちに命じる。

「アリシア・シェパードは、侯爵閣下の客人だ。丁重にお通ししろ」

「はっ!」

 と部下たちが一斉に武器をおさめて、横にどいて道を作った。


 その道を、アリシアはてくてくと歩いていく。

 ちなみにチェットは立ったまま失神しており、ボーは唖然としている。

 一方ブラムウェルは、すっかり恐怖した様子で、アリシアを見返す。

「き、貴様、〈竜紀隊〉に何をした? 僕の手下たちに、いったいどんな魔術をつかって操ったんだ?」


 操る。

 確かに催眠効果を自身の武器( アリシアの場合、武器はもたないので、たとえば指輪)に付与することはできなくなはない。だがアリシアは、とくにそのようなことはしなかった。


「いえ。ただのちのちブラムウェルさんと、このように直接お話しする機会もあるかと思いまして。そのため事前に、〈竜紀隊〉のかたとお近づきになっていたのです。私が鍛冶ギルドより王都を追放される前に」

「な、なんだと?」


 実のところ、〈竜紀隊〉との接触は、鍛冶ギルドが錬成店の不買運動を煽っている、と判明した時点で、行い始めていた。


 鍛冶ギルドのギルマスと、いつか直接会うことになるかもしれない。

 そのときのために。転ばぬ先のなんたら。

 お近づきといっても、指揮権をもつ隊長、その隊長に何かあったとき指揮代行をする副隊長だけで充分だったが。


 まずシーラに頼んで、この二人の身辺を調査してもらう。

 人間とは、この世に生まれてから、あるものから逃れられない生き物だ。

 それは『困りごと』。

 困りごとのない人間は、実は存在しない。

 鍛冶ギルドのギルマスであり、侯爵の爵位をもつブラムウェルでも、『錬成店』という困りごとがあるように。


 竜紀隊の隊長の困りごとは、幼い娘が病気ということだった。

 いますぐ命にかかわるわけではないが、とても治療困難な病気。継続した治療費もとてつもない高額になる。

 だからアリシアは、ある日の仕事終わりに隊長のもとを訪れ、あなたの娘を治癒してあげようともちかける。

 はじめは隊長も怪しむが、やがて希望にかけてみようとなる。

 アリシアはただ、隊長の剣に『装備者に治癒能力を授ける( 一回限定)』効果を付与するだけでいい。

 ただし難しい病の治癒なので、素材の治癒晶も大量に必要としたが。

 娘の病が全快したとき、隊長は泣いて感謝の言葉を述べた。

 そのときアリシアは、別に何も約束することはしなかった。たとえば、いつかブラムウェルのもとを訪れたとき見逃して、とかは。

 それでは取引になってしまう。ときに人は、取引したことを裏切る。

 だが受けた恩義を裏切るのは難しい。

 よほど冷酷な人間でなければ。ゆえに恩に見返りを求めてはいけない。すると、ちゃんと見返りがくる。


〈竜紀隊〉の隊長と副隊長は、仁義にあついほうと見越してのことだが。

 飢えた者にパンをあげるとき、『感謝してくださいね』と言ってはいけない。

 それでは、パンを受け取った者の感謝の念は半減する。何もいわずにパンをあげたとき、そして何も言わずに立ち去ったとき。

 パンをもらい飢えをしのいだ者は、いつかはあの人に命を捧げてもいい、というくらいの恩義を感じるものだ。


 ちなみに副隊長( ちなみに女性)は、長らく元夫からのストーキングに悩まされていた。

 だからアリシアは、その元夫に、二度と副隊長に近づかないと約束させることに成功した。 

 シーラが、この元夫の両足のアキレス腱を切断する必要があったが。まぁ切断されたアキレス腱は、そのうち治る。

 たぶん。


 現在。

 アリシアはブラムウェルの前に立つ。


 ブラムウェルは、いまだ『信じられない』という顔をしている。


「さて、ブラムウェルさん。あなたとは、商談する必要があります。これも、あなたの命のためですよ。信じてください」

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