63,第一段階。
その夜。
アリシアは、王都で最も高い建物の頂上にいた。
塔のてっぺんから、王都を見下ろし、瞑目する。
王都内にいるすべての冒険者の、装備品と接続する。
それは特殊効果を付与済みではなく、すべての装備品。
錬成店とは縁のない冒険者の装備品も含めて。
それらと接続するためには、だいぶ疲れるが、可能。
ただし接続環境を維持するため、できるだけ障害物の少ない場所からが必要( たとえば、この塔のてっぺんのような)。
それから、まず脳内で接続先の素材保管庫より、無ツ晶を取り出す。
ここからが難しい。
無ツ晶を、感染によって無ガ石で増殖させる。
ひたすら増殖させるわけだが、これは脳のエネルギーを使う。何度か気絶するほどに。
それでも必要な個数を増殖したら、こんどは、接続している冒険者の装備品すべてに、ある特殊効果を付与していく。
もちろん冒険者たちは、自分の装備品に何が付与されたか気づかない。
いやもしかしたら、『みやぶる』スキルの持ち主ならば、自身の装備品に夜のうちに不可解な効果が付与されていると気づくかもしれないが、それは考慮しなくてよい。
王都唯一の『みやぶる』スキル持ちは、昼ごろ不審な死を遂げているので。不審な……
すべての仕事を終えたころには、日が昇ろうとしていた。
ひとまず、これで第一段階は終わった。
鍛冶ギルドを解体するための第一段階は。
ほかにもやることは多い。一睡もせずに錬成店へ向かう。
ただし店は開けないことにした。今日の予約に入っている冒険者たちにはキャンセルを伝える。鍛冶ギルドは思っていたより暴力的なので、放火でもされたら困るので。
その昼すぎ。
アリシアが仮眠をとっていると、ライラがやってきた。
「見つけたわよ、捜し人。王都外れの小屋で、木こりをしていたわ。話をしたところ、アリシアお姉さんが手筈を整えてくれるのなら、その人は元の仕事に復帰する気持ちはあるって」
「そうですか。ではライラ、次のお仕事を頼みたいのですが。素材を集めてきていただきたいのです」
「錬成スキルに使う素材ね」
「いえ、そちらはチェット君が頑張っていますので、ライラはもうひとつのほうを」
「もうひとつ?」
「おもに魔物から採取することができる鍛冶素材です」
「ふーん。いいわっ、任せて」
ライラが「任せて」と請け合っていたころ──
チェットは死にそうな思いで走っていた。
王都ダンジョン最下層よりひとつ上。
そこの魔物たちは、チェットがフル装備でも、まず瞬殺されること確実。
そんな魔物に見つかれば走って逃げるしかない。そして走り出すと、まわりの景色が一瞬ですっとぶ。
「うわぁぁぁ!!」
あまりの速度に、そのまま壁に激突──しそうになったところで、壁をかけあがり、天上で立ち止まった。
チェットの『ただの皮靴』には、アリシアによって『A点からB点まで超最速で移動できる』と『重力方向の移動』効果が付与されていた。
まず前者の『A点からB点まで超高速で移動する』は、ただの『AGIを増加する』の類と違い、敏捷性を上げることはしない。
ただただ結果としての、装備者が行こうとしたポイントまでの、超速移動。
また『重力方向の移動』によって壁や天井も通常移動が可能となる。
アリシアとしても、チェットのようなできる店員に死なれてほしくはないので、最低限の支援はしてあったわけだ。
説明するのを忘れていたが。
「僕は生きてる、おー、僕は生きてるぞ、生きて、る? 生きているらしい」
自分の生存をしつこく確認してから、素材集めに戻る。
しばらくして、何やら激しい戦闘音が聞こえきたので、いつでも超高速で逃げられる安心感から、見にいってみた。
王都がすっぽりと入りそうな開けた場所に出る。
そこでは動く巨神像( その身の丈は50メートル)と、激しく戦うソロ冒険者がいた。
小柄な少女ながら、大きなクレイモアを振るっている。
ぽかーんと眺めていると、〈破動撃裂斬〉という必殺技名を宣言したかと思えば、巨神像の頭部を両断してしまった。
その切断面に立ち、クレイモアを肩にかける。
「さてと。この巨大な石の魔物、どこに採取するべき鍛冶素材があるのかしらね? まぁこれだけ強かったんだし、鍛冶素材のレア度は高いと思うけれど」
この少女こそ、つい半日前にアリシアから鍛冶素材を採取してくるよう頼まれたライラ。
とりあえず王都ダンジョンの深いところまで行ってから採取をしはじめようと、あっというまに最下層ひとつ上まで降りてきていた。
そうとは知らないチェットはぞっとしながら最下層に戻り、〈滅却せし獣〉に言って、外から入れないよう封印してもらう。
「どうしたのだ、人間?」
と〈滅却せし獣〉が怪訝そうに尋ねる。
「あの化け物は、あなたでも秒殺されますよ、〈滅却せし獣〉殿。いやぁ、恐ろしいものがいるものだ」
と、チェットは頭を振りながら錬成店に戻った。アリシアの満足のいく錬成素材を採取できたことを願って。
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