57,暴徒。
アリシアは脳内でカウントした。
1、2、3……燃え出したビクターは、火達磨と化し、とぼとぼと歩く。
絶叫が聞こえないのは、はじめに口を開いたとき気管や肺が燃えたからだろう。
そもそも体内から燃えだしたのかもしれない。
凄まじい火力──にしては、あまり近くにいても熱を感じない。
アリシアは一考する。
(やはり、特殊な火炎……魔法でさえないのですから、これは滅多にお目にかかれない火炎でしょう)
知的好奇心。
8秒後。火炎は消えた。
残ったのは、炭の塊のようなものになったビクターの焼死体。
しかも立ったままで硬直している。興味深いのは、ビクターが装備していた巨大斧も焼けて崩れたことだ。
(装備品まで燃やすのですね。ですが断言してもかまいませんが、たとえば燃えているビクターに誰かが抱き着いても、その者にまで火が移ることはなかったでしょうね)
しばらくして風が吹き、黒焦げのビクターの死体を倒す。
とたんバラバラになって転がっていった。
アリシアの足元には、ビクターの炭化した右手。
ここまで呆然として見ているだけだったまわりの冒険者たちが、ここではじめてパニックになり、叫びだす。なんとも遅い。
この騒ぎに乗じて、アリシアは『炭化した右手』を回収しておく。あとで錬成スキルをかければ、人体発火の正体を分析できるかもしれない。
ケールがハッとして、アリシアに言った。
「ここまずいですよ、アリシアさん。ここに集まった冒険者は、ビクターについてきた連中ばかり。つまり大半がアンチ錬成店と化している。つまり、誰かが点火すれば」
「ふむ」
ケールの懸念通り、冒険者たちの中に、いわば扇動者といえる者が前に出る。そしてアリシア(またはその後ろの錬成店)を指さし、声を大にした。
「見ろ! あの女だ! あの女のせいで、ビクターまで犠牲になったぞ! あの女が、インチキの特殊効果なんぞを売りつけたせいで、ビクターが死んでしまったぞ!」
まるでビクターを燃やしたのが錬成スキルであるかのような言い草。
まともな思考回路ならば、こんなへたな扇動には乗らないはずだが。
何人かは鍛冶ギルドの『サクラ』が混ざっているようで、一気に『アリシアのせいでビクターが焼け死んだ』の空気となる。
はじめに扇動した男が、満足そうに周囲を見回す。
「壊せ! あの錬成店を、壊しちまえ!」
「そうだ! 壊せ!」
「詐欺師の店なんぞ壊してしまえ!」
「そしてこの詐欺女をひっ捕らえるんだ!」
「そうだ! 詐欺女を晒しものにしちまえ!」
すっかり暴徒と化した冒険者(そのうち一割程度はサクラ)が、襲いかかろうとする。そこに白銀の鎧を身にまとった女騎士が飛び込んでくる。
「こら、やめなさい! あたしの恩人に指一本触れようものなら、ただじゃおかないわよ!」
エブリだ。
冒険者の一人が、エブリへと装備していた槍を向ける。
「この〈ブラックナイト〉が!」
エブリが激高する。
「ブラックって……どう見ても、鎧の色からして違うでしょ。あたしは〈テンプルナイト〉です。アリシアさんの効果付与によって生まれた、新たなジョブです!」
「ジョブを創ったのですか?」
ケールが仰天した様子で、アリシアに言う。
アリシアは、このエブリが『秘密契約書に署名した重み』を理解していないようでガッカリした。ただしほとんどの暴徒化した冒険者たちは、エブリの発言を流している。
「ケールさん。この件は、他言無用でお願いしますね」
「え、あぁ、もちろんです。ジョブを創造したとなっては、ただごとではないですからな」
チェットがアリシアの右手を握って引っ張る。
「と、とにかく店長、いまは逃げましょう!」
「では錬成店の裏側へ」
ケールがエブリの隣に立ち、
「ここはおれたちに任せてください!」
「ありがとうございます」
チェットと錬成店の裏側へまわり、そこの裏口から店内へ入る。
「え、店内に籠城するんですか?」とチェット。
「いえ、まったく遠くへ避難しましょう。シーラさん」
アリシアと一緒にいるところを見られてはいけないので、シーラは地下室の近くで待機していた。
「やっ、無事で何より。最悪、私が飛び出すところだったよ」
アリシアはいったん地下室の扉を閉めて、ドアノブのメモリを回す。
アリシアがどこに避難しようとしているのか分かって、チェットがげんなりした。
「うっ。あそこ、ですか」
地下室の扉のゲート機能を起動して、空間転移。
アリシア、シーラ、チェットの三人は、ひとまず王都ダンジョン最下層へと避難することになった。
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