56,争点。
二件つづけて『火炎耐性』が意味をなさなかったということらしい。
アリシアは、その理由がだいたい予測がついてはいた。
だからといって、それを説明する義務もないのだが。
「『火炎耐性』は絶対ではありません。それは付与するときに説明したはずですがね」
ケールはうなずくも、
「しかし誰だって『火炎耐性』を得たら、少しは火炎に抵抗してくれる、と思うものでしょうな。あ、アリシアさん、おれはそんなふうには思っちゃいませんぜ。あなたから購入した特殊効果は、すべて満足がいくもので、おれの冒険者ライフにはすでにかかせないものになっている。だが、冒険者の中には、騙された、と思う輩も出てくることでしょう」
「ふぅむ。ところで今回、犠牲となったかたは? Sランクという話でしたが、どなたですか?」
「ドニーという〈ローアマスター〉です」
ジョブが多すぎる問題……。
「ドニーさん。ふむ」
予約帳の過去の記録から、いつ錬成相談を受けたかを確認した。
ロンと同じ日──人体発火が騒ぎになってきたころ。
「冒険者に対する無差別とされる人体発火が起き始めてから、何人もの冒険者に『火炎耐性』を付与してはきました。かといって、冒険者全体の割合では、まだまだ少ない方です。現にケールさんには、『火炎耐性』を付与してはいませんね」
ケールは肩をすくめた。
「正直、冒険者全体の人数と、人体発火の頻度からして、おれが燃える確率は低そうでしたからね」
「そうですね。そのなかで、なぜ『火炎耐性』を付与したかたが連続して燃えたのか。確率的には、かなり低いとは思いませんか?」
「……つまり『火炎耐性』を付与された者が狙われていると?」
「その可能性も否定はできません。ですが、私はもうひとつの可能性を支持しますね」
「つまり?」
「それは──おや。何やら、店の表のほうが騒がしいようです」
錬成店の表では、巨大な戦斧を装備した男がわめいていた。
ケールがアリシアに教えたところでは、この冒険者はAランクの〈バーサーカー〉、名前はビクター。
「どうされましたか、ビクターさん?」
「出てきたな、詐欺女め! おい、昨夜はついにドニーまで燃えちまったじゃないか! あいつは『火炎耐性』をつけてもらったから安心だ、そう言っていたんだぜ!」
「しかしながらロンさんが燃えた時点で、すでに『火炎耐性』は安全ではないと明らかになっていたでしょう。何をいまさら」
「このアマ! 開き直りやがったな!」
ビクターが前に出ると、ケールが間に入った。
「おい、落ち着けビクター。ちょっと頭を冷やせ。何もアリシアさんが、ドニーに火をつけたわけじゃないだろうが」
「お前は、この詐欺女の肩をもつのかケール?」
「何が詐欺だ。知っているぞドニー。お前は攻撃力重視のジョブのため、これまでは防御に不安があった。それをアリシアさんの『防御力増加』の効果付与によって助けられたことをな。それでいながら、今回の一件だけで詐欺呼ばわりとはな」
「……だがな、ドニーは燃えやがったんだぞ。いいか。錬成屋。お前がおれに付与した『火炎耐性』に、もしも意味がないのなら、いまここで白状しろ!」
周囲にいた野次馬的な冒険者たちも興味の目で、アリシアを見やる。
アリシアはビクターを見返して、溜息をついた。
「『火炎耐性』は、人体発火には効果を発揮しません」
とたんビクターが、まるで戦いに勝利したかのように拳をつきあげる。
「どうだ、みんな! こいつはいま、『火炎耐性』を謳いながらも火炎には効果がない、と証言したぞ! 詐欺であることを白状したんだ!」
まわりの冒険者たちがどよめく。
ケールが頭を振る。
「アリシアさん。あなたも変なところで正直者ですな。これで一気に、錬成店への風当たりが」
「しかしながら、真実ですからね。人体発火には効果がありません。ただビクターさんは、まるで『火炎耐性』そのものに意味がない、かのような言質をとったかのようにしていますが」
「確かにあなたは『人体発火には効果がない』と、『人体発火』に限定しましたがね。すぐに広まるのは、あなたが『火炎そのものに効果がない』と白状した、という話ですよ。噂というのは、そういうものでしてね」
「ふーむ。そんなことより、ビクターさんにはひとつお聞きしたい。ビクターさん?」
ビクターがアリシアを見返し、侮蔑をこめて言ってきた。
「なんだ詐欺女?」
「私は、あなたにも『火炎耐性』を付与しましたね?」
「ああ。意味のないクソ効果をな。騙されたもんだぜ」
「確か、あなたが付与を依頼してきたのは、人体発火がはじまってかなり早い段階でした」
「だからなんだ?」
「いえ、ロンさん、ドニーさん、そしてあなた。もしかして、確信があったのではないですか?」
「確信、だと?」
「ええ。自分たちが人体発火に狙われる、という確信が」
ビクターが動揺を示すも、なんとかバカにしたような笑みをつくって。
「何を言ってやがる。自分が詐欺師だからって、そんな言いがかりのようなことを──うっ」
ビクターの身体が硬直する。
アリシアは目を見開き、
「あらっ、凄いタイミング」
とつぶやく。
ビクターが燃えだしたのだ。
お読みいだたき、ありがとうございました。ブックマーク登録、評価などお願いいたします。




