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55,不買運動。

 

 予約帳の依頼者が減ることはなかった。

 とはいえ錬成店がまとっていた、いうなれば『神話』のようなものが剥がされようとしているのも事実。

 すなわち、『錬成スキルによる特殊効果に間違いはない』という信頼が。


『火炎耐性』の返品を求める客たち(そのうち半数は、シーラによると雇われの偽客のようだが)は、昼頃には散っていった。


 アリシアは静観したが、シーラは独自に動くことにする。

 雇われの偽客のひとりを、路地裏で拉致。

 王都内にある複数の隠れ家のうち、ひとつに連行する。

 ちなみに、その隠れ家は素材保管庫があるのとは別だ。この手の尋問用に使っている、一室。

 偽名で借りた者で、後腐れなくいつでも解約できる。


 拉致ってきた偽客は、椅子に拘束済み。顔に覆面はかぶせていないので、シーラの顔を見ることができた。その意味を当人が気づいているかどうか。

 

 とにかくこの急展開ですっかり怯えた様子で、いまにも漏らしそうだ。漏らされるのは困るので、シーラは極力、優しく語り掛ける。


「怯えることはない。君が聞かれたことに答えれば、指を切断したりはしない。これはつまり、君が聞かれたことに答えずに抵抗するならば、指を切断する、という意味だよ。だけど私は優しいので、いきなり親指を切断したりはしないよ。親指は切断されると、凄く日常生活が不便になるからね。私はまず小指から切断する。優しいね? しかも利き手ではないほうの小指から切断するのだから、私の優しさは、私自身がぞっとするほどだよね。では切断するぞー」


 右手の親指にナイフの刃をあてると、拘束している男が叫んだ。


「そ、それは利き手の親指じゃないかぁぁぁ!」

「知らん。切断する」

「ま、まってくれ、質問に答えるのに! 質問してくれたら、答えるのにぃぃぃい!」

「切断する。切断したい気分だ。この右手の親指を三秒以内に切断してくれる」

「だから質問してくれぇぇぇぇぇ!!」

「あー、そうだったよね」


 いったんナイフを離して、

「先ほど錬成店に対して、『火炎耐性』を返品すると騒いでいたね。だけど君は、『火炎耐性』を付与してもらっていないはずだ。つまり偽の客。それで、誰に雇われて、返品すると騒いでいた?」

「そ、それは……」

「よーし、切断しよう」

「は、話すから、話すからぁぁまってくれぇぇぇ!!!」

「話せ」

「鍛冶ギルドだよ、鍛冶ギルドだぁぁぁ!!!」


 シーラは意外に思った。

 鍛冶ギルドとは。


(なるほど。これがアリシアの言っていた『思いがけない第三の敵』、かぁ。しかしなぜ鍛冶ギルドが?)


「あの、僕は、解放してもらえるんですよね?」

「もちろん」


 その男の首をへし折ってから、死体処理を専門とする業者に連絡を取る。

 この隠れ家はもう使えない。


 鍛冶ギルド、冒険者ギルド、〈銀行〉。

 アリシアは、この王都でけっこうな数の敵を作っている。現在のところ脅威度では、まだ鍛冶ギルドは低いほうか。


 しかしその翌日には、シーラのもとに不穏な情報が入ってくる。

 さっそく錬成店に向かい、地下室にいるアリシアに報告した。


「錬成店への不買運動が起きているらしいよー。いまのところまだ一部ではあるけれども、鍛冶ギルドが煽っている。この火だねが、どんな大炎上になるかは予測がつかないなぁ」


 アリシアは作業机に頬杖をついて、シーラを見返した。

「鍛冶ギルドが? その情報は、昨日までは共有されていませんでしたね?」

「私も、昨日、君と別れたあとに知った」

「──そうですか。鍛冶ギルドが裏にいましたか」


 ここで激高したのが、チェット。

「鍛冶ギルドが嫌がらせの首謀者だったんですねっっ! しかも不買運動をあおるなんて!」


「チェット青年、落ち着きなよー」

「はい、すみません。ですが、錬成店への不買運動なんて、成功しますか? みんな、店長の錬成スキルの凄みは分かっているはずですよ。確かに人体発火現象については、『火炎耐性』は効果がありませんでしたが。それだけじゃないですか」

「実際はね。ところが鍛冶ギルドは、嘘偽りも混ぜてきている。いわゆるフェイクニュースというものだね。

 たとえば錬成スキルで特殊効果を付与してもらったが、まったく使いものにならなかったとか。さらには『私の友達は効果を付与してもらってから数日後に不審死しました』とか」


 チェットは納得のいかなさそうな顔で、

「そんな根も葉もない嘘を信じる人がいるんですか?」

「錬成スキルのことを知らない者は信じるかな。あと厄介なのが、根も葉もない──とはいえないこと。『葉』くらはある」

「え、それってどういう?」

「たとえば『不審死』した冒険者は、本当にいたらしい。錬成スキルで効果を付与された三日後に、自宅で死体で発見されている。

 ではそれが錬成スキルのせいか? 

 分からない。原因は不明だからね。というか、人間というのは、これという死因もなく死ぬこともある。鍛冶ギルドの扇動者は、それを上手く利用している。この不買運動は、もっと広がるんじゃないかなぁ」

「そんな……」


 地下室の扉が開く。

 誰かは知らないが、店内に勝手に入ってきたらしい。シーラは影に中にひっそりと隠れた。


 驚きあわてるチェットが怒鳴る。

「ちょ、ちょっと、お客さん! 勝手に入ってきちゃダメじゃないですかっ! あ、」


 無断で入ってきたのはケールだった。

「また人体発火が起きたぞ。それも今度は、Sランク冒険者ですぜ、アリシアさん。厄介なことに、今回も、あなたの『火炎耐性』を付与してもらっていた」


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