54,第三の敵。
意外なところに敵はいる。
錬成店にとって注意するべき相手は、〈銀行〉、冒険者ギルド。
しかしもうひとつ、意外なところに敵はいた。
とはいえ──その敵が表に出てくる前に、まずは『ロンがグローブを装備したままあっけなく人体発火で焼け死んだ』の一件がある。
『火炎耐性』効果は維持されていたのに、人体発火に耐えるどころか、まったく抵抗できずにあっけなく焼け死んでしまうとは。
これは一見、『火炎耐性』が効力を発揮しなかったように思える。
実のところ、それは違うのだが。
アリシアは理解していた。『火炎耐性』とは、火炎属性攻撃や、火炎魔法、さらにいえば松明の火とかにも耐えられる。
だが人体発火の火炎は、それらとは違う。
アリシアはだいたい目星はついているが……。
とにかく『火炎耐性』が効力を発揮しなかったのは、人体発火の炎が、耐性するべき火炎ではなかったから。
『火炎耐性』からしてみたら、『あれは火炎ではなかった』ということになる。
しかし、錬成スキルを知り尽くしたアリシアでもない一般の冒険者たちに、その違いは分からないだろう。
唯一分かっただろうことは、ロンは『火炎耐性を付与してもらったから安心』と言っていたのに、あっけなく人体発火で死んでしまった事実。
しかもグローブを装備していたことから、『火炎耐性』は効果を発揮していたはずなのに。
つまり、これは『火炎耐性』が欠陥商品なのではないか?
少なくとも、一部の冒険者たちはそう思ったことだろう。
そもそも『火炎耐性』があるからといって、火炎攻撃すべてに完璧に耐えられるわけではない。
ただロンは『あっけなく燃えて死んで』しまったことが問題なわけだ。
実際、このニュースが広まると、何人もの冒険者たちが錬成店にやってきた。それこそ押しかけるようにして。
彼らは、人体発火に備えて『火炎耐性』を付与してもらった冒険者たちだ。
「『火炎耐性』は大丈夫なんだろうな?」
という確認だけならばともかく、その中には『火炎耐性』の返品を要求してくる者もいた。
つまり効果付与の料金を返せと。
だが錬成店は、返品は受け付けていない。
厳密には、付与した直後くらいなら、アリシアの気分次第では返品可。
だが錬成店を出てからの返品は不可。
そうしないと、たとえば『氷属性』を付与してもらって、すぐに氷属性が弱点の魔物を攻略し、その足で店に戻って『氷属性』を返品する──
などということがまかり通ってしまうからだ。
そのことを冒険者たちに伝えるのが、チェットの役目。
というわけで、『火炎耐性』の件で文句を言いにきた冒険者たちの矢面に立つハメになる。
「ですから、付与した効果の返品は受け付けていません!」とチェット。
対して、
「ふざけるな! こんなインチキ効果を付与しておいて、返品しないだと!」
「おい、店長を出しやがれ!」
「詐欺だろこれは!」
「詐欺だ! 詐欺だ!」
「金返せ!」
そのころアリシアは地下室でお茶を飲んでいた。
シーラが降りてきて、呆れた様子で言う。
「錬成店の表で騒いでいる連中さ。こっちは隠れて、連中の顔を見てたけどさ。どうも半数は、実際には『火炎耐性』の効果を付与してもらっていない奴らだったね。つまりさ、何者かに頼まれて、店の前で騒いでいるんだよ」
「何者か、ですか?」
「そう。今回の『火炎耐性』の件は、錬成店を攻撃したい者にとっては、好機なんだよ。これまで錬成スキルによる効果付与は、冒険者たちにとって高く評価されてきた。信頼も築いてきた。
それが、どうもたった一度のミスで、台無しにしよう──という何者かの画策。簡単にいえば、錬成店の評判を落としてやろうと」
「訂正しておきますが、ロンさんが焼け死んだことで、私の『火炎耐性』にミスはありませんでした」
「事実がそうでも、世間の評価は違うわけだ。というか、ミスだったと世間の評価を操作しようという動きがある」
「といいますと?」
「錬成店を潰したい連中が、この『火炎耐性』の件を利用しようと、暗躍しだした。ただし、この連中が何者かまでは、まだつかんでいないんだけどもね──冒険者ギルドかな?」
アリシアは首を横に振った。
「いえ、冒険者ギルドは錬成スキルを思いのままにしたいのであって、別に錬成店を潰したいわけではないでしょう」
「いや錬成店が潰れたら、君は錬成スキルの使いどころがなくなるわけじゃないか。それは冒険者ギルドとしてもおいしい」
「しかし私が『地下』にもぐってしまえば、冒険者ギルドは錬成スキルを逃してしまうわけですからね。少なくとも私が錬成店を構えている間は、私が消えることはない」
「なるほど。そういう考えかたもあるわけだね──なら、〈銀行〉かな?」
「〈銀行〉のやりかたでもありませんね。
思うに、この『何者か』は、新たなプレイヤーなのでしょう。私たちが想定していない敵。冒険者ギルドとも〈銀行〉とも違う、第三の敵」
「で、こっちはどう動くの?」
アリシアは微笑んだ。
「そうですね──とくには」
「とくには、か。打つ手なし、ということ? それとも、何者か分からない敵の出方を見るということ?」
「よいほうに解釈してくださって、結構ですよ」
「君は、やっぱり何を考えているか分からないね。そこが好きなんだけどねー。さてさて、どうなることか」
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