5,忘れられた素材。
〈虎の牙〉というのが、ダンやポーラのパーティ名だった。
取立人とあった日の昼過ぎ。
ポーラに呼ばれて、アリシアはカフェで会うことに。
「出資したいのよね」
とポーラが申し出てくる。
この流れは、予想はできた。
前回、店舗を借りる話をポーラにしたとき、こういう展開もありかと。
「見返りとして、あたしたちのパーティメンバーの武器を錬成してほしいのよ」
この申し出を受けるにあたって、まず店舗を持つことが本当に必要か、再度考えてみる。
錬成スキルはどこでも使えるので、店舗は不要ではないかとも。
ただやはり、店舗があったほうが『錬成店に行こう』と、冒険者という客を集めやすく思える。
「パーティ各一人に対し、ランクBの錬成。3回までの回数制限をもうけます」
「……けっこうシビアね。あと回数制限は理解できたけど、ランクBって?」
「それはのちほど、メニューをお教えします」
アリシアは内心で、(さて、ランクBとはなんでしょうね)と思っていた。
これはとっさに思いついた。
ランク制度。
錬成の値段を決めるには、ランクをもうけたほうがやりやすそうと。
最高ランクをS、いやSSRランクとして、そこまでのものなのだから、ふっかけてもいいだろう。だがいまのところ、何をもってしてSSRランクなのか、自分でもよく分かっていなかったが。
「決まりね。はい約束の握手」
右手を差し出してくるポーラに、アリシアは微笑んだ。
「知人に契約書を用意してもらいます」
こういうことは文書化したほうがよい。握手だけで済ますのは、愚の骨頂。
ひとまず店を構えるための元手はこれでできた。ある程度は、ポーラたち〈虎の牙〉にも宣伝も頼めるだろう。
冒険者たちの情報網に期待。
ところでアリシアには、このとき一考したことがあった。
素材集めの件だ。
現状、アリシアが自力で大量のかつ多彩な素材を集めるのは無理がある。だから〈虎の牙〉を雇う形にして素材集めパーティになってもらう、ということも考えた。
だがやめた。
リスクが大きい。
『錬成には各種素材が不可欠』という事実は、いってみるなら秘伝のスープの隠し味。
または、弱み。
そうそう他者に明かすものではない。
ポーラたちを信用していない、というわけではない。
が、彼らが冒険者である以上、一定の距離は取っておきたい。
アリシアはひとつ疑問を思いついた。
もともと素材となった魔法水晶などを、冒険者たちはどのような形で使っているのか?
この手の疑問は早くに解決しておくに限る。
そこで冒険者ギルドの支部に行き、親切そうな受付スタッフに尋ねた。
すると回答は、
「冒険者のかたがたが採取してきた鍛冶素材でしたら、われわれ冒険者ギルドが購入します。その後は、提携先の鍛冶ギルドに送られます。鍛冶素材は、武器の製造などに使われますよ」
「鍛冶素材? 一覧を見せていただいても?」
その一覧には、ほとんどが魔物などから採られる素材が並んでいた。
魔物の心臓や目玉が、どう武器になるのかは知りたくもないが。
「……火焔晶などの魔法水晶も、魔杖などの素材になるのでしょうね?」
「いえ、魔法水晶などは、われわれは買い取りはいたしません。鍛冶素材ではありませんので。ただ細工師のかたに売られるかたが多いそうです。細工師がアクセサリの材料などに使いますので」
「そのアクセサリには、特別な効果が付与されているのですね」
「いえ、ただのアクセサリですが……魔法水晶といってもただの石ころですし」
アリシアは小首をかしげた。会話がかみ合わない。
「……でしたら、なぜ魔法水晶というのでしょう?」
受付の女性は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になって。
「それは『魔法のように輝く』ことからとられたようですよ。ですので、実際の魔法とは関係ありません」
それからアリシアの勘違いが微笑ましいというように笑っていた。
アリシアは冒険者ギルド支部を出てから、考える。
魔法水晶には魔法効果、つまり錬成スキルを用いることによるさまざまな効果付与があることを先人は知っていたのだろう。
だから魔法水晶と名付けた。
ところが錬成スキルが廃れたか何かしたため、誰も効果付与には使うことなく、名称だけが残った。
(鍛冶素材は、錬成スキルには使えないでしょう。錬成スキルに必要なのは、魔法水晶あたりと見て問題ないかと。いまのところ魔法水晶は、細工師のもとに渡っているようですが)
細工師のもとに行き、さらに聞きこんでみる。
すると魔法水晶を使うことは稀という話だ。
理由は単純で、冒険者は魔法水晶を採取してくることが滅多にないため。
鍛冶素材のほうが冒険者ギルドに高く売れるし、冒険者ランク上げにも使える。
一方、冒険者ギルドが見向きもしない『綺麗なだけ』の魔法水晶は、採取してくるだけ無駄だとか。
しかも魔法水晶は、ダンジョンの深い階層のみに生成されている。階層が深くなれば、それだけ魔物なども脅威となる。そこまで潜って、わざわざ二束三文にしかならない魔法水晶を採取してくるのは、よほどの変わり者だとか。
「おかげで、魔法水晶のアクセサリはレアだから、それなりの値段で売れるがね」と細工師。
「なるほど理解しました」
模索するべきは。
魔法水晶をたくさん集める方法。
しかも魔法水晶の価値を他人に知られずに。
または、協力者以外には。
(誰か、必要ですね)
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