48,ジョブチェンジ。
翌日。
アリシアは、まだ迷っていた。
エブリを回復系統にジョブチェンジするための錬成について。
人体への効果付与は、昨夜の暗殺者のおかげで、少し勉強できたが。
チェットが驚いた顔で駆けこんできて、
「聞きましたか、店長?」
「おそらく聞いていませんね」
「ガボットさんが、今朝がた、死体で発見されたそうです!──浴室で、固形石鹸に足を滑らせて頭を強打して事故死したとか!」
アリシアはチェットを見返し、小首をかしげた。
「誰ですか?」
「……ガボットさんです。オークションのとき、アリシアさんとひと悶着あったかたです……忘れますか、普通?」
脳の活動領域は有限であるため、余計なことは忘れるようにできている。少なくともアリシアの場合は。
「そうでしたか。あぁ、お気の毒に。ガボットさんの魂が安らかに天国へのぼりましたように」
「……」
このときアリシアの脳内で、『昨夜の謎の暗殺者』と『固形石鹸によって事故死したガボット』がつながりそうになる。
その間に、シーラの存在が入れば、方程式ができあがりそう──
だがアリシアは、面倒なのでそれ以上、そのことを考えることはやめた。
それよりも、エブリの依頼を達成することだ。
昼過ぎに、そのエブリがやってきた。
予約帳は何十日も前から一杯だが、エブリのように、後日また来店してもらう依頼者も出てくる。そういう依頼者のためにあらかじめ、何か所か予約に空きを作っている。
「さて、エブリさん。心の準備はできましたか?」
「ええ。あたしは、このときのためずっと準備していたんです」
「いえ、それはないでしょう。私が現れたのはついこの間のことです。私の錬成スキルを知ってから準備したとしても、『ずっと』ということはないでしょう」
「あの、いまのは気持ちの問題でして……」
「ではこれより、あなたの肉体に特殊効果を付与します。ですがその前に、一点注意しておきたいことがあります」
「失敗したら死ぬかも、ということですね?」
「いえ、その心配はもうありません。実は昨夜、あるかたのおかげで、人体への効果付与について学ぶことができました。ですので、あなたの命は心配ないでしょう」
へたしたら命が、と思っていたためか、エブリはほっと安堵の溜息をついた。
「そ、それなら何も心配ないですね」
「はい、心配はありませんが、注意していただきたいのは、これが装備品への付与とは違うということです。装備品の付与は上書きできますし、取り外すこともできます。取り外すのにも別途料金をいただきますが。
ですが肉体へと付与する効果は、取り外すことも上書きすることもできません。つまり、あなたは二度と、〈ブラックナイト〉に戻ることはできないということです」
「大丈夫です。あたしは迷いません。立派な回復担当になってみせます」
「では──」
いろいろと複雑に考えたが、最終的には次のようになった。
治癒晶と間取石を無ガ石でかけあわせる。
間取石という素材は、一風変わっている。
『組成を変換する』という効果を付与できるのだ。
が、この『組成変換』については取り扱いが難しく、そもそもが使う機会もなかった。
だが今回、人体に錬成するにあたって、その人体の組成変換として使用できる。
そして治癒晶は、その名称から考えられるように、『回復効果』の付与を行える。
それにしても、これまで治癒晶の可能性を考えもしなかった冒険者たちは、なぜこの水晶素材が治癒晶と呼称されるのか、考えたこともないのだろうか。
同時に、この水晶素材を治癒晶と名付けた者は、その真価を知っていた。誰が名付けたかは、それこそ王国が建国されたころまでさかのぼるため、明らかではない。
ただその人物は、きっとアリシアのように錬成スキルを使えたのだろう。
するとアリシアの祖先だろうか。
「ではエブリさん。あなたのジョブ素質を変換し、回復系統ジョブの適性にします。そのための効果を人体に付与します。少し違和感があるかもしれませんが、それもすぐに慣れるでしょう──」
「あ。まってください。そういえば、これ、おいくらですか?」
「120万ドラクマですが、いつもとは違い、成功報酬でかまいません」
「あの……本当に命は大丈夫なんですよね?!」
「ご安心ください」
アリシアがいざ実行しようとしたとき、男が一人、駆けこんできた。
エブリの知人らしく、驚いた様子。
「ダリル、どうしたの?」
「大変だぞ、エブリ! ノアが、ゴブリンたちにさらわれてしまった!」
「なんですって! 弟が?!」
アリシアは効果付与を中止し、何を言おうかと一考した。それから、あたりさわりのないことを口にしておいた。
「弟さんがいらっしゃったのですね」
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