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47,固形石鹸。

 

 固形石鹸。


 シーラは個人的に、この固形石鹸が好きだった。

 暗殺者を生業としていた10か月ほどは。


 しかし毎回、固形石鹸というのも、時おり自分の創意工夫のなさにガッカリしたものだが。

 とはいえ、固形石鹸の利便性は、たとえばアリシアがこの話を聞いても感心することだろう。話せないのが残念でもある。


 なぜか──浴室で頭を強打して死んでいる裸の死体と、足元に転がっている固形石鹸を見ると、王都警察のやる気のない連中は、こう即判断する。

『ああ石鹸を踏んで転んで頭を打って死んでしまうとは気の毒に』。


 捜査報告書記載。暗殺の疑いあり、とは間違っても記されない。

 だからシーラは固形石鹸が大好きだったが、今回、久しぶりに使わせてもらう。


 とはいえ相手は、性根が腐ってもSランク冒険者。いや元Sランクらしく、いまはBランク。冒険者のランクに降格制度があるとは知らなかったが。実力が落ちればその分下げるのは、ある意味では当然か。

 このあたりが、元Sランク冒険者のガボットが、アリシアの命を狙った原因のようだ。つまり逆恨み。


 あのオークションのとき、ガボットはレアリティがレジェンドという剣〈修羅炎の剣〉を装備していた。

 これが〈ソードナイト〉のガボットが、実力よりも高いランクに上り詰めることのできた要因らしい。さすがレジェンド級だけあって、もともと多数の効果が付与されていたという。

 もちろんシーラはそんなことは見ても分からないので、あとからアリシアから聞いた話に過ぎないが。


 だがガボットは、アリシアのオークションルールを破ろうとしたため、制裁を受けた。

〈修羅炎の剣〉に数多のデバフ効果を永久に強制付与されたことにより、『ひのきの棒』以下にさせられる、という制裁を。

 これによってガボットは、Sランクを維持できなくなったようだ。どれだけ〈修羅炎の剣〉のおかげで、その地位にいられたか、という話である。

 そもそもが実力でSランクに至り、そこで〈修羅炎の剣〉を装備した、ということだったならば、〈修羅炎の剣〉が『ひのきの棒』にされても、ランクを落とすことはなかったのだから。

 つまり、当人の責任。

〈修羅炎の剣〉を『ひのきの棒』にさせられたのも、そのためにBランクまで落ちたのも。

 だがアリシアに逆恨みしたようで、エルロイに殺し屋を依頼した。

 そしてその殺し屋はアリシアに返り討ちにあい、ガボット自身も生涯を終えようとしている。


 シーラの手によって。


 物事は単純。

 共同経営者の命を狙う者は、誰だろうと排除する。

 錬成店の未来のため。シーラの利益のため。


 ガボットの住所を入手し、夜間のうちに到着。

 集合住宅の三階の一室に住んでいるようだ。

 外壁をよじのぼって、窓から侵入。窓が開いているとは不用心。物陰に隠れる。

 人の気配がする。一人だけだ。

 ガボットがエルロイのように女と楽しんでいなくてよかった。余計な犠牲は出したくない。


 ここでシーラは瞑目して、5秒ほど考える。

 本当に消すべきか? それとも、脅すだけで済ますべきか? 

 人の命は惑星より重いものだ。人命というものは……人命というものは……人命……


 面倒なので殺すことにした。


 問題は、首尾よく殺せるか。短剣を使っていいのならば簡単だが、それだと王都警察が殺人として捜査をはじめてしまう。

 だからといってシーラは、自分のところまで辿られる心配はしていない。

 懸念は捜査の流れが、

『冒険者のガボットが殺された→どうやらガボットはアリシアという錬成店の店長を怨んでいたようだ→ガボットは殺し屋を雇ったようだぞ→その殺し屋は大浴場で謎の死を遂げている→さては犯人はアリシアか』

 となること。


 とくにアリシアは、実際に大浴場で殺し屋を返り討ちにしている。

 そっちは正当防衛で済むだろうが、ガボット殺しの容疑をかけられたら困ったこにとなる。

 それにできれば、このまま大浴場での殺し屋の件でも、アリシアに捜査の手がかからないようにしたい。

 いまのところ運よく目撃者もいないし、殺し屋の死因も理解不能なので、アリシアが疑われる心配はなさそうだし。


(固形石鹸。固形石鹸……)


 気配を殺して廊下に出る。

 ガボットはまだ就寝していなく、書斎に立っていた。窓を見ながら、酒を飲んでいる。

 そばには、剣がたてかけてあった。〈修羅炎の剣〉ではないようだ。あちらは『ひのきの棒』だもの。


 シーラは気配を消し、窓に姿がうつらないよう気をつけつつ、接近する。

 相手は、腐ってもBランク。

 どのような反撃があるか……


 シーラは、鈍器を取り出し、ガボットの後頭部を殴りつけた。


 死んだ。


 衣服を脱がし、死体は脱衣所に転がす。

 脱がした衣服はちゃんと、『風呂に入るため脱いだ』ようにしておく。

 死体を水にぬらし、固形石鹸を床に置いた。


 肩をすくめてから浴室を出ると、宝箱が目に入る。ダンジョンで見かける宝箱。なぜ部屋に置いておく? 

 蓋をあけてみると、〈修羅炎の剣〉が入っていた。

 アリシアによって『ひのきの棒』以下にされたレジェンド級の剣。だがアリシアがデバフ効果を解除したら? 


 シーラはつぶやく。

「よせ、よせ。そういうところから、バカな犯罪者は足がつくんだぞー」


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