45,浴場にて。
その夜。
アリシアは公衆浴場にいた。
王都の上下水道の発展は著しく、自宅でもシャワーを浴びれるが、たまには王都自慢の大浴場で、広々とした気持ちで身体を洗い、湯につかりたくなる。
それに身体を機械的に洗っているときは、頭もよく回転する。
アリシアが考えているのは、ジョブにおける役割、回復担当。ヒーラー。そして白魔法。
この回復魔法というのは、魔法系統の中でも特徴的のようだ。
属性効果とも違う。たとえば火炎属性と、赤魔法の《ファイヤボール》にさほど違いはない。
そして回復魔法は光属性なのだが、同時に光属性付与とはまた、回復魔法とは異なるわけだ。
この回復魔法を使えるようになる肉体へと、エブリの肉体を改変なければならない。どのような素材をもちいるべきか。
どこまでの人体負荷をかけることが、倫理的に許されるか。
背後に気配を感じて振り返ると、豊満な胸をした女性が立っていた。
知り合いではないが、なせが目があう。
その女の左手には、小さな短剣が、手首に隠れるようにして持たれている。
アリシアは面白いものだと思う。この女は暗殺者のようだが、なぜ狙うのが、大浴場なのだろう。
自宅でもいいのに。
とはいえ湯気が満ちた大浴場では、意外と他人には見られていないものかもしれない。
そもそもみな裸なので、あまりじろじろ見るのも失礼だから、自然と視線を他人から逸らしているものだ。
ここでアリシアが頸動脈を切られて倒れても、すぐには気づかれなさそう。
裸で死ぬというのも、あとあとの遺体処理がラクそうではある。
しかしまだ借金を完済していない以上、ここで死ぬことはゲームオーバー。
途中脱落は避けたいところ。
ところで暗殺者の女は、少し驚いている様子。
気配を殺していたのにアリシアに気付かれたからか。
本来なら、アリシアの背後から頸動脈あたりを切り裂いて、そのまま立ち去る予定だったのだろう。
シャンプーが、目にしみる。
「これも神の采配でしょう。エブリさんの前に、あなたで試してさしあげましょうか。人体に対する効果付与が成功するのかどうかを」
女暗殺者が気を取り直した様子で、短剣を振るってくる。
「死ねっ」
(死ねと言われても困れますね。『死ね』と命じたら標的が本当に死ぬデバフ攻撃でもないのなら、わざわざ『死ね』という必要がありますか?)
そんなアリシアは右手にもってい固形石鹸で、女暗殺者の刃を受け止めた。
女暗殺者が、こんどは明確に驚愕する。まさかアリシアに防御されるとは、思っていなかったようだ。
アリシアは申し訳なさそうに言う。
「ええ。私、反射神経はよいものでして」
脳内で、素材保管庫にアクセス。
あまたある素材──シーラがせっせと多種多様な素材を補充してくれるため。それらの素材の中から、いま目の前の女暗殺者に付与するべき効果を熟慮する。
熟慮とはいっても、それは一瞬で行われたが。
アリシアの脳内では、それは何百時間もかけて考えたようなもの。
実際は、1秒に満たないが。
膨茸という素材を錬成する。
この錬成による効果は、たとえばシーラの袋などにも付与している。
シーラがいつも、大量の素材を袋に入れて持ち運べるのも、この特殊効果のおかげ。
『収納効果が10倍になる』の効果のおかげ。
しかし、これを人体に使うとどうなるのだろう?
人体の『収納効果が10倍になる』ということは──たくさん食べられるようになるとか?
実際は、人体の場合、別の効果となった。
収納が10倍になるわけではなく、すでに体内にあるものが10倍になる。
つまり内臓が。
10倍化した内臓を穴という穴から噴き出して、女暗殺者は息絶えた。
アリシアは髪の毛のシャンプーの泡を洗い落として、今回は湯につかるのは諦めて、脱衣所に向かった。
これは良い勉強になった。
武器に付与するときと、人体に付与するときでは、効果の内容が少しばかり変わるようだ。
そこを注意してあげないと、せっかく人体への効果付与が成功しても、それがエブリの望む結果にはならないかもしれない。
錬成スキルの奥は、いまだ深い。
ところで──大浴場のほうでは、複数の悲鳴が聞こえてきた。先ほどの女暗殺者の死体が、よやく見つかったのだろう。
(18秒ですか。思ったより、早かったですね)
その帰り道。すでに女暗殺者のことは頭から消え、思考はエブリへの効果付与についてのみ使われていた。
『装備者のダメージを時間で回復する』という効果が、けっこう人気だが。
このときに使う素材、治癒晶が、やはり鍵となるだろう。
(ふむ、どのようなレシピにするべきか、こういうことを考えるのは、嫌いではないですね)
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